第7話 新しい技

     ◆


 午後になると、エリアと剣術の稽古になる。

 彼女は前に屋敷にいたという人物から、五月雨流という剣術を習っていたと話していたけど、試しに型をやらせてみると、どうにもおかしい。

 ちぐはぐというか、理論的ではない。

 型だけじゃなくて、実際的な技も不自然だった。

 ちょっと試しに本気で打ってきてよ、と思わず声をかけていた。

 それも初日の、最初の最初に。

 怪我しても知らないわよ、と得意げだったエリアの表情も、しかし向かい合えば、すぐに変わることになる。

 打ち込ませることはする。でも彼女の攻撃が僕には掠りもしない。

 先が読めるし、こちらの動きを読んでいるようでもない。

 剣術は必ず何かしらの理屈から成り立つ。

 例えば、相手より早く攻撃を当てる、とか、相手の剣を受けてからの反撃で仕留める、とか、ざっくりと言えばそういう感じだ。

 そのために相手の動きを先読みすることが、大抵の剣術に共通する。

 何かしらの誘いで、読みやすい状況に引きずりこむことさえもある。

 そのはずなんだけど、エリアの技は一直線で、こちらの動きを読むこともなければ、こちらに読まれないようにする素振りもない。

 結局、エリアは僕を追いかけまわし、僕は逃げ続け、最後の最後で、一撃でエリアの棒の手元を打ち、それを叩き落とした。

 ゼエゼエと荒い呼吸をしているエリアの前で、僕はちょっと考えたものだ。

 僕は五月雨流には詳しくない。

 五月雨流という剣術を捨てさせることから、始めるしかないのかな。

「新しい剣術を教えたいけど、だいぶ苦労すると思う。どうする?」

 そう訊ねると、膝に手を置いて呼吸を整えているエリアが、強烈な視線を返したものだ。

「五月雨流は使えないってこと?」

「僕が精通していたら、教えられるけど、全く知らない。それにだいぶ、元の形から乱れていると思う。これ以上、変な癖がつくと命取りだよ」

 命取り、という表現は、わざと選んだ。

 イーストエンド王国で大規模な戦争や紛争は、今のところ、起きていない。

 剣士、剣術家が真剣勝負をするのも珍しい。

 エリアもそれは頭にあるだろうけど、彼女は間違い無く、本気だった。

「いいわよ、五月雨流は捨てる」

 あっさりと、彼女は決断した。

 それだけ真剣ということだと僕は解釈した。

 この日から、僕はエリアに桜花流の剣術を教え始めた。

 桜花流はイスタル師が僕に教え込み、最後には十二歳で免許皆伝ということになっている。道場にいた誰よりも僕は強かったけど、でもそれが、武挙に合格してからは、王都で全く歯が立たないのだから、世界は広いと思ったものだ。

 とにかく、僕は棒の構えから足の送り方から、初歩の初歩からエリアに教えて行った。

 毎朝、エリアと山の中を走ることもした。二日に一度、シュバルトさんもそうしている。でも彼はゆっくりと走り、代わりに長い時間を走る。走り始める時間は僕とエリアが走り出すより、だいぶ早いのだ。

 前からそうだったらしい。エリアが走り込みをしていたのは、単純にシュバルトさんに影響されたかららしい。

 僕はエリアと一緒に、毎日走ると決めたので、シュバルトさんがいない朝もある。

「下男が怯えているよ」

 そう伯爵が僕に声をかけてきたのは、屋敷に来て一ヶ月が過ぎた頃だった。

 場所は伯爵の私室の一つで、昼食の後だった。

「何がそんなに怖いのですか?」

「山の中を駆け回り、道場を覗けば、サクがエリアを打ちのめしている。まぁ、それくらいなら問題ないけど、君が裏の林で、木を切ろうとしている、と下男たちが噂している」

「別に、木を切ろうとはしていないのですが」

「ひと抱えよりも太い木を切ることができる、とまことしやかに話が膨らんでいるよ」

 思わず僕は笑うしかない。

 王都の見世物を思い出した。

 それは大道芸のようなもので、岩を切る、という触れ込みだった。

 どうやって運び込んだのか、それこそ人が三人、手をつないでいっぱいに手を伸ばしてぐるりと囲めるような岩を、切るというのだ。

 僕がそれを見た時は、同じように朱雀様に稽古をつけてもらっている仲間の一人と一緒で、見物しながら二人で笑ったものだ。

 朱雀様なら簡単にできるし、僕たちにもできると話して笑ったわけである。

 大道芸自体は、確かに岩を切った。

 僕と仲間は帰り道に、岩にも筋がある、と話し合った。

 その筋さえ見定めれば、それほどの力を必要とせずに岩は切れる。

 もっともそんなところで話は終わらず、僕と仲間の話題は、筋を無視してどうやって岩を切れるか、というところへ進んだのだけど。

 全ては気、という結論になった。

「切れるようだね、その様子では」

 思い出して笑ってしまう口元を押さえるしかない僕に、伯爵も困った顔になった。

「まぁ、いつかは見せて欲しいが、どうにかならんかね」

「稽古をしないわけにはいきませんので、続けさせていただけると、助かります」

「剣士というものを知っているつもりだが、君は生真面目なようだな。バカ真面目と言ってもいい」

 かもしれません、と応じると、それでいい、と伯爵も笑った。

 道場へ行くと、エリアがすでにそこにいて、僕が教えた桜花流の基礎の型を繰り返している。僕が入っていっても、なかなか止めない。

 動きが全部終わってから、僕はもう一度、繰り返させた。細かな重心の移動、姿勢の変化、足の位置の調整をさせて、さらにもう一回、繰り返す。

 これが終わるとエリアは汗びっしょりだけど、まだ調練は始まってもいない。

 僕とエリアは棒を持って向かい合い、エリアが棒の先をこちらへ向ける。

 これからはエリアが倒れるまで、ひたすら打ち据えることになる。

 飛び込んできたエリアを避けざまに打ち、すれ違う。

 姿勢を乱すエリアをまた打つ。

 無様な反撃にもまた打ち据えた。

 エリアが呻き声を上げ、それでも諦めずに、向かってくる。

 こういうところは、素晴らしいじゃないか。

 負けん気がない人間は、すぐ諦める。

 諦めなければ、たどり着く境地があるのだ。



(続く)

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