第4話 素質

     ◆


 エリアはなかなか、見るべきところがあるかもしれない。

 こちらは構えは最初のままで、隙だらけなのに、打ち込んではこない。

 きっと僕の発している気をしっかりと読み取っているのだと思う。

 何も知らない、素養のない素人は、この気というものを感じ取れない。

 気を感じることは、それだけ危険に敏感であることを示すし、そのまま相手の隙を突くきっかけを知る可能性がある。

 なので、僕は五分ほどの対峙の後、わずかに棒の先を横にずらし、あからさまな隙を作ってみた。

 一瞬だ。

 想像よりも早い踏み込みで、エリアが飛び込んでくる。

 懐に飛び込むつもりだっただろうけど、あからさますぎる。

 最短距離で僕の棒が動き、突っ込んだ勢いそのままにエリアが、僕の棒の先に胸を突かれ、弾き飛ばされた。

 ものすごい音がして、背中からエリアが倒れこみ、動かなくなる。

 おっと、やりすぎたか。

 少女の体をうつ伏せにして、僕は背後に回り、背中を短く、しかし強く圧迫することで活を入れた。

 咳というには濁った音を立てて、エリアが意識を取り戻す。

「ゲホッ、エホッ、ゲェェ」

 咳き込んだりえずいたりしているのは、ちょっとイメージダウンだから、僕は直視しないようにそっぽを向いていた。

 よく見ると、結構、可愛い顔をしている。今は見る影もないけど。

「何を、したのよ、あんた」

 やっとエリアの呼吸が整ってくる。彼女は座り込んで、胸を押さえて顔をしかめている。その顔はほとんど土気色だ。

「ただ軽く突いただけだよ。ほとんどはきみの飛び込んできた勢いを逆用したけど」

「あれは誘いね。迂闊だった、まったく」

 そう言ってから、エリアが立ち上がろうとしてふらつく。反射的に僕はその腕を掴んで、支えていた。

 掴んでみると、細いけれど意外に筋力が付いて硬い腕をしている。

 引っ張り上げるけど、エリアは足がふらついて、安定しない。

「こういう訓練を、剣聖はあなたにするわけ?」

「その前段階だよ。こういう稽古は、朱雀様に会うより前、剣術を修める時にうんざりするほど、やったかな」

「私もそれくらいはしているつもりだけどね」

 どうにか自力で立ち上がり、僕をエリアが見上げてくる。

「あなたにぜひ、剣術を教えて欲しいわね。それも手加減なしで」

「少しは経験がありそうだったけど、誰に教わったの?」

「前、ここにいた人。今は王国軍の騎馬隊で上級将校をしているけど」

 へぇ、と思わず声が漏れていた。

 イーストエンド王国の騎馬隊は最精鋭の五百騎が一番有名で、他に千五百騎の騎馬隊が五隊ある。その騎馬隊で上級将校となれば、最低でも、百騎は任されるだろう。

 並みの腕前ではないはずだけど、そう、王都にいるときに名前をちらっと聞いたな。

「カムラギ、っていう人?」

「兄様を知っているの?」

 急にエリアの表情が明るくなった。

「兄様が乗ると、どんな馬でも言うことを聞くし、疾駆させると不思議と足が早くなるのよ」

「馬の扱いは、まぁ、僕もそれほど自信はないかな」

 えっへん、とばかりにエリアが胸を反らすが、別にこの子が馬の扱いに長けているわけではない、と思う僕だった。言わないでおこう。

 下男が呼びに来て、昼食の準備ができていると教えてくれた。

「午後には武術の訓練をちゃんとしてもらいますからね、サク。あなたの技は、しっかり盗むからね」

「別にいいけど、そう簡単にはいかないよ」

「秋が来る頃には、そうも言っていられないからね、覚悟しなさい」

 秋か。

 今は冬の空気が去ったくらいで、つまり、春と夏が過ぎる間に、相応の技量を身に付けるという宣言らしい。

 まぁ、見守ることにしよう。

 僕としてはその間はとりあえず、このエリアという女の子に調練をつけることで、自分の存在理由を意識せずに済みそうである。

 そういう矜持の持ちつ持たれつも、悪くはないか。

 二人でそれぞれの部屋に戻り、着替えて食堂へ行った。今度はエリアが部屋の外で待ち構えていて、食堂に案内してくれた。

 食堂では、すでに伯爵が席に着き、他に、道場へ行く前に顔を合わせた、花壇に水をあげていた青年がいるだけだ。

「こっちへ来なさい、サク。ここへ、ここへ」

 伯爵が手招きして自分のすぐ横の席を示すので、そちらへ歩み寄った。視線はさりげなく青年の方を見るけど、彼は目元だけに笑みのようなものを見せ、表情全体は変わらない。

 伯爵の横の席で、僕は食事をしたけど、その間、伯爵が頻繁に僕の足や腰にこっそりと触れるので、笑いそうで大変だった。

 今も、トワルさんがすぐそばでじっとこちらを見ている。

 よく知らないけど、エリアはトワルさんのことをスパイと言っていた。

 僕がシルバイグル伯爵の元へ送られたことを考えれば、イーストエンド王国には派閥争い、権力争いがあって、それは大なり小なり、領土中のありとあらゆる場面に根を張っているのは、想像に難くない。

 食事が終わり、僕は伯爵に引っ張られる形で、彼の私室に入った。この屋敷に来た時の部屋とは違う。いくつかそういう部屋があるらしい。

 何が起こるか、妄想したらしいトワルさんは部屋には入ってこない。

「まぁ、私が飽きたと思われるまで、この調子だ」

 椅子に座った伯爵が、申し訳なさそうに笑う。

「いえ、気にしませんので、お任せします」

「わかったよ。それで、エリアの件だが」

 僕は直立していて、伯爵は興味津々という顔でこちらを見ている。

「見所があるかないか、どう思った? 少しは力量を見る機会もあったのだろう?」

「ええ、まあ、そうですね」

 頭の中で、少女の握る棒の先が動く。

「あるいはひとかどの使い手にはなるか、と思います」

 そう答えると、伯爵は何度か頷いた。

「エリアはきみに任せるよ、サク。いいように手ほどきしてやってくれ」

 それでね、とわずかに伯爵が姿勢を変える。

「朱雀の剣聖殿は、今、どういう立場だね?」

 僕はさすがに、緊張した。

 イーストエンド王国の中枢に関わる話を、しなくてはいけない。



(続く)

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