第3話 実力
◆
部屋に案内されるところまで、エリアが付いてきた。トワルさんは追い払われていた。
「ちゃんと掃除してあるからね。窓から日が差すから昼間は少し暑いかも。トイレもすぐそこだし、お風呂も近いし、特等席だからね」
「うん、ありがとう、エリア」
「私が姉って言ったでしょう」
「ありがとう、姉上」
なんとも変な感じだったけど、エリアはそれを感じていないようだ。
なんとも、変な屋敷だ。
トランクを適当なところに置いて、タンスをチェックしてみる。服は作業着と訓練着のようなものがあるだけで、他は何もない。こんな山の中で服が手に入るとも思えないから、届けてもらうか、クラスナンまで買いに行くしかないらしい。
エリアは勢いよく窓を開け、そしてベッドに腰掛けた。
「サクってどこの生まれ?」
「うーん、説明しづらいけど、言わないとダメ?」
「ダメ」
ダメらしい。
「北部地方の下級農民だった。といっても、僕は農作業はほとんどそこではしなかったけど。五歳で剣術家に拾われてね」
「嘘ぉ。それ、作り話でしょ?」
「本当だよ。イスタル・オリバンという人で、僕を養子にしてくれた。そこで剣術の基礎と、他の学問を修めて、そして武挙に受かった」
本当かなぁ、と言いながら、エリアがベッドに横になり、天井を見ている。僕はトランクの中身を整理して、数着の服はタンスに入れ、他のものは戸棚の様子を見て、適当に収納した。
「朱雀の剣聖って、どういう人? 本当に指導を受けたなら、詳しく知っているでしょ?」
ガバリと身を起こした少女の動きが可笑しくて、思わず笑っていた。
「朱雀様は、まぁ、腕は立つ。剣を取れば、本当に誰にも負けないと思う」
「もっと人間的なことを知りたいんだけど」
「徳の高い方だよ」
短い言葉が逆に不自然だけど、演技は完璧だったはずだ。
実際の朱雀の剣聖、ガリバー・エリントンという人は、酒を飲むと大騒ぎをするし、女たらしだし、毒舌家で、そして浪費癖がある。
つまり、徳なんてほとんどないのだけど、そんなことを本人を前にしては言えないし、本人がいなくても、どこからか耳に入れば、それを放っておかない人物である。
実際、どこかの誰かしらが、朱雀の剣聖への陰口のせいで追放された、とまことしやかに噂が流れたりしていた。
僕は違うけど。いや、噂は流れたかな……。
それでもやっぱり、あの人の剣術は特別だ。
「あなたの剣術と、朱雀の剣聖の剣術、どれくらいの差があるのか、教えてよ」
またしても答えづらいなぁ。
「数字で表現して」
……ますます、答えづらい。
「一とゼロかな」
「剣聖が一で、あなたがゼロってこと? 謙遜のしすぎじゃないの? 百回やれば一回勝てるとか、そういう返事をしないのは、遠慮?」
「何回やっても、勝てないね」
僕が真剣に答えたからだろう、エリアはじいっとこちらを見て、何かに納得したようだ。
「とにかく、お父様はいい教師を見つけてくれたみたいね。いいわね、サク、あなたは明日から私に剣術の稽古をつけるのよ。これは絶対だから」
「さっきも剣術の教師の話をしていたけど、エリア、いや、姉上が、剣を修めるの?」
「あ、今、私のこと、バカにしたでしょ」
バカにはしていないけど、見たところ、あまり剣士に向いているようでもない。
細身だし、背丈も低い。
すばしっこさと負けん気なら及第点、と言えるだろうか。
「これでも結構、使うんだから。明日と言わず、今から腕を試してもいいわよ」
どう答えるべきだろうか。
実際、王都を追放されることを教えられた後、朱雀の剣聖には、誰かに剣術を教えてやってみろ、とは言われた。
そんなことを剣聖が口にするのだから、剣聖の弟子である僕よりも高い素質の持ち主か、そうでなければ、何か、見所のある、一点突破型の使い手がいるのか、などと想像したものだけど、まさかちっちゃい女の子に技を教えるなんて、少しも思い浮かばなかった。
「朱雀の剣聖は剣術の第一人者でしょ。そしてあなたはその弟子で、もしかして、この小娘に技を見せるのを惜しんでいるの? それともすごい吝嗇ってこと?」
「別に見せてもいいけど」
どうもエリアが引き退るようでもないので、結局、僕は彼女の誘いに乗っていた。
勢いよくベッドから跳ね起き、そのまま彼女は駆け足で部屋を出ながら「訓練着に着替えて道場に来てね!」と叫んで、廊下を走って行ってしまった。
道場って、どこにあるんだろう?
それでもタンスの中の訓練着に着替える。時間は昼前で、そろそろ十二時になるけど、食事の時間は決まっていたんじゃないか?
部屋を出て、掃除をしていた下女に尋ねると、明らかに蔑む目で見られながら、教えられた方へ向かう。
屋敷の正門とは正反対の方だ。裏にある玄関から外へ出ると、そこにも花壇があり、作業着姿の青年が水をやっている。山の中腹で、小川でも流れているのかな。
道場の場所を聞くと、その青年は無言で指差した。そちらには屋敷よりもやや新しい建物がある。あそこらしい。お礼を言うと、青年がかすかに微笑んだ気がした。
道場に入るとすでにエリアが待ち構えていた。
「遅い! 姉を待たせるなんて、弟失格よ」
何か、ここではそういうごっこ遊びが本気で行われているらしい。
エリアはすでに剣の長さの棒を二本、持っていて、片方がこちらに投げられる。宙を飛んだ棒を受け止めると、すぐにエリアは構えをとっていた。
「隙があれば、容赦なく、打ち据えますからね、サク」
上機嫌そうな少女が、間合いをジリッと詰めてくる。
どうするべきか、僕は少し考えて、片手で棒を構えた、
剣と比べれば、だいぶ軽い。
棒の先に気を乗せて、呼吸を少し楽にする。
エリアが目を見開き、一歩だけ下がる。
それでもまた間合いを少しずつ詰めてくる。
実は素質があるかもしれない、とそんな様子を見ながら、僕は考えていた。
そのうちにどちらも動きを止め、時間だけが流れた。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます