第8話 悲鳴

 教室に忘れた筆箱を取りにきていた深作ふかさくかもめは、

 いきなり電気が消えたことに驚き、声を出しながらしりもちをついてしまった。

 幽霊や妖怪など、

『現実的にあり得ないようなものが実際にそこに存在している』のではないか、

 と思ってしまうような事態には、彼女はめっぽう弱かった。


 腰が抜けて動けない状態だ。


 実際はただの停電で、いままでぴかぴかと輝いていた、

 校舎内の全ての電球が、ぱっと消えただけなのだが、

 怪奇現象というのは、人によっての受け取り方で、恐怖の形を変える。


 科学的な面でいまの現象を解明しようとする者もいれば、

 幽霊の仕業、などと、怪現象と片付けてしまう者もいて――、


 鴎は圧倒的に、後者の考え方だった。


 苦手なくせに、思考回路は直結して、怪奇現象へ向かってしまう。

 苦手だからこそ――かもしれないが。


 中毒性、のようなものがあるのかもしれない。


「わ、わわわわわわわっ」


 がたがたぶるぶると、全身を震わせながら辺りをきょろきょろと見回す。

 窓がちょうどない空間である、鴎がいるこの場所は、真っ暗だった。

 立ち上がろうとしたら、微かな、ざざっという音が聞こえて、鴎の体が固まる……、

 立ち上がりかけた中腰の状態で、身動きが取れなくなっていた。


 ごくり、と。

 唾を飲み込む音が体内で響く。


 とん、とん、と足音。

 近づいてくる。


「ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆゆゆれいぃいいいいいいいいい!?」


 もしも幽霊ならば、世間一般のイメージから言えば、足はないはずなので、

 足音など立てれないはずなのだが、

 しかし鴎は、そんな当たり前の判断さえもできていなかった。


 近づいてくる足音にびくびくと震えながら、そして――曲がり角。


 そこから人影が、ぬうっと出てくる。


 辺りが暗いからこそ、彼女の目には、

 現れた人物の形しか分からず、まるでシルエット――、

 もちろん顔など判断できず、服装さえも分からず、

 もしも分かっていれば、安心を手中に収められたかもしれなかったが、

 残念ながら、性別も判断することもできず。


 だから、響き渡る。

 彼女の、悲鳴が。


「ひ、ひゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」




「い、いまの悲鳴! 鴎だ……なにかあったんだよ! いきましょう先輩!」


「いくって、どこにいるのか分かってるの? 闇雲に走っても見つかるわけないわよ」


 それに……、と宝は窓の近くに寄っていく。

 そして、外を見た。

 遅れて、法理も、宝の背中に張り付くように位置を取り、外を覗いてくる。

 校庭の真ん中に集まっている生徒たちは、いまの悲鳴によって、

 形なき恐怖が質量を得たのか、混乱が本格的になっていた。


 それもそうか――。


 前は、幽霊などと言ってはいても、実害がなかった。

 噂が、酷い方向に先行していたようなものなのだ。


 しかし、いま、悲鳴が聞こえた。

 誰のものかはどうでもよく、どういう理由での悲鳴かも、どうでもよくて、

 ただ、悲鳴が聞こえた――つまりは、なにかあった。

 もしかしたら実害があった、という理由ができただけで、混乱してしまっている。


 パニックになっている。


 校舎の二階部分から見ていると、ごちゃごちゃと黒い粒が動くのは面白かった。


 すると隣にいた法理が、


「うわー、あの中に自分がいたらって考えると、嫌ですねえー」

「まあねー。……ん? 誰かきたね」


 見た目は、ここからではよく分からないが、和服を着ている、年配の人だった。

 手には棒、そして、白いギザギザの紙がついて、垂れている。

 まさか、はたきではないだろう。

 宝も本気でそう思っているわけではなく、ある程度の予想はついていた。


(霊媒師……かな――ほんとにきたの!?)


 嘘だと思っていたわけではないが――、

 霊媒師など、実際に見る機会などなく、こうして実際に見てしまうと、現実感がない。


 今更だが、こんな事態を起こしてしまって、多少の申し訳なさが出てくる。


 まあ、ほぼ全ての責任は、相楽が取ってくれるので、気が楽だった。


「はえー、あれが霊媒師なんだあ……。

 初めて見ましたよ――って、

 なんでこんなところでのんびりしてるんですかっ!」


「おおー、後輩にツッコまれたぞー」


 しかし、宝は動揺しない。


「ん……まあ、のんびりしていても仕方ないし……、

 じゃあ、探しにいこうか、えっと――」


「鴎……深作鴎です。

 すぐに見つけましょう! 

 あの子は私がいなくちゃなにもできない子で、本当だったらこんな場所にひとりで入るような子じゃないんですよ! 入るにしても私に声をかけるべきだし、いつもそうなんですけど、なぜか今日は勝手に私から離れちゃって。あれほどはぐれるなって言ったのに! あの子は私がいなくちゃ登校もできなくて、体が弱いんですよ。心も弱くて、だから私がいなくちゃいけないんです。小学生の時も中学生の時も道に落ちている石ころに負けるような子でしてね、いやいや、でもでも可愛いんですよこれが。すっごく、私の家にあるアルバムには、鴎専用のものがありまして、あ、先輩、見たかったらいつでも言ってくださいね。さっきのお礼にいつでも見せて」


「うん、じゃあいこっか!」


 響野宝は、動揺した――、かもしれない。


 自覚はなかったが。

 少なくとも、ドン引きはした。


 この少女――、冥土法理は、深作鴎が、好きすぎる。

 

 それは彼女の最大級の弱点であり――最高級の個性だった。

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