第7話 かもめとのりり

「ねえねえこれなにがあったの?」

「なんか死体が動いたんだってー」

「え? それって――ゾンビってこと?」

「分からないけど、もしかしたら幽霊かもしれないって」


「死体から抜け出た幽霊が、死体を操ってるって?」

「それ、普通の幽体離脱から戻っただけじゃないの?」

「――で、危ないから避難してるって?」


「うん。感染したりしたらやばいらしい」

「いや、バ〇オハ〇ードじゃないんだから」

「でも、学校はそういう処置してるし」

「噂によれば霊媒師さんもくるらしいよ」

「うそー。なんだか実感わかないよねー」


 などと、ざわざわとうるさい会話を両耳が拾う。

 まさか、『死体が動いて密室の部屋から出ていった』と報告しただけで、

 ここまでの事態になるとは思っていなかった。


 さっきから、小さな石を蹴ったら、土砂崩れが起きたみたいな急変が多い気がする。

 先生たちも、疑うという言葉が頭の辞書にはないのか、宝の言うことを全て信じている。

 まあ、実際にあり得ないことが目の前で起きていて、

 その光景を見ているのが複数人であった場合は、現実感は増すのか。


 校庭から校舎を見つめる宝は、

 隣にこそこそとやってきた小朽に、肩を叩かれて振り向いた。


「さっきの、やっぱり幽霊なんでしょうか……」


「死んだのに、生き返った……、でも、密室の部屋から消えていた。

 いまもまだ、相楽は校舎内でうろついていると思いますよ……。

 彼女に危険性はありませんよ、とは言えませんよね……、

 だって、密室から抜け出ている時点で、人間とは思えませんし――」


「ですよね……。扉は鍵が閉まっているし、

 職員室へ続く道も、通れば必ず誰かが気づくはずですし……」


 鍵を閉めて密室にし、そう言い張っているのは宝であるのだが、誰も疑っていない。

 疑うような要素を抱かせていない、普段のおこないの結果がいまに出ていると思うと、

 宝はなんだか、してやったりな顔をしたくなった。


 まあ、無表情でいまは維持しているが。


 相楽に伝えてあげたかった。

 普段のおこないは、こういう時に役立つ――と。


「……月森さんの幽霊……、うわっ、ぞくりとしました、いま!」

「ははは……」


 愛想笑いを振り撒きながら、辺りを見回す。

 そろそろ救急隊員と霊媒師がくるらしい。そう小朽から聞いている。

 霊媒師まで呼ぶとは、学校側は今回の件に、本気で取りかかっているらしい。


 まあ、死人が出たというのは、学校側としては大きなマイナスだ。

 全力を尽くすのが世間的には良い目を向けられる可能性が高い。


 結局はそこかよ! と思わなくもないが。


(……これ、もうどの時点でネタ晴らしをしても、まずいと思うなあ……)


 救えない相楽のこれからの展開に、両手を合わせる宝。


 しかしまだ、気が早いかもしれない。

 相楽がここから先、なにもしない、などという展開はないはずだ。

 だから、期待を込めて――。

 手を合わせた時の意味には、それも入っている。


 すると、遠くの方から声が聞こえてくる。


 下級生が、暴れている? 

 教師の、

「危ないから校舎の中に入るのはやめなさい!」という声と、


「離せー! あたしはかもめを助けにいくんだー!」

 という声が聞こえてくるので、どうやら下級生が、

 鴎というのが名前なのかどうかは分からないが、

 とにかく校舎の中の『なにか』を助けにいこうと暴れているらしい。


「…………」


 なんとなく気になったので、宝は近づいてみることにした。


 暴れている下級生の少女は、男性体育教師に羽交い絞めにされていながらも、

 手足をばたばたとばたつかせて、暴れていた。

 だが、全然まったく、振りほどけていない。

 振りほどけそうな気配もない。


 これはいつまで経っても好転しないと思った宝は、自分でも分からないけれど、


「あの」

 と声をかけていた。


「なんだ? 見ての通り、いまは忙しい」


 男性体育教師がそう返す。


 少女と教師は、

 関わりたくないから離れていよう、というひとりの心理が働いて動いた結果、

 ひとりが動いたら自分も動くという集団的心理によってぽっかりと空いた、

 宇宙人が吸い上げたような円のスペース、中心地点にいた。


 そこに突撃する宝に、おおー、という声が上がったが、彼女は気にしていない。


 宝は、教師、ではなく、下級生の少女を指差して、


「その子、中にいきたいんですよね? 

 だったら私が連れていきます。二人なら、構わないですよね?」


「しかし――、中は、危ないだろう?」


「私は第一発見者です」


「…………そうか」


 と、教師は自己的に完結したのか、ふむふむと頷いてから、

 羽交い絞めにしていた少女を離した――そして、


「――お前は中に、なにか用でもあるのか?」


「はい。相楽……、例の彼女の、持ち物です。必要だと言われたので」

「分かった。こいつを頼む」


 少女の頭をぽんと掴んで、頭を下げさせる。

 少女の方は、「――触んな加齢臭!」という、

 失礼で、しかも男としては的確に傷つく一言を浴びせた。


 教師は、はっはっは、そんなこと言うもんじゃない、と笑っていたが、

 内心、酷く傷ついているだろうことは、表情で分かった。


 ああ、この子に少し情があるのかぁ、と、

 気づかなくてもいいことにまで気づいてしまって、

 実際にはしていないが、はぁ、と溜息を吐いた。


 教師の傷心はともかくとして、突き出された下級生を受け取る。

 宝は校舎に歩みながら、


「それじゃあいこう」

 と、下級生に手を伸ばした。


「……はい」


 出された手を反射的に掴んでしまった下級生の少女は、頬を赤く染めて、照れて。

 

「い、いきますよ!」


 と、急激に加速して、宝を追い抜いた。



 一年生、冥土めいど法理のりり――、

 黒髪のショートヘアだった。

 雰囲気はどこか、相楽に似ているように感じる。

 だからこそ、気になって見にきたのだろうか? 


 心中が分からない気持ちに、精神が振り回されたが、

 それも一瞬で、二人はひっそりと、校舎の中に入っていく。



 そして、ほぼ同時刻。

 月森相楽も、初対面である少女と合流していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る