第6話 出来上がりつつある最悪の状況

(ぴ、ピッキングなんて久しぶりにしたよ!)


 職員室から繋がる小部屋の扉を開けて、廊下を恐る恐る歩く相楽は、

 久しぶりに動かした体を慣らすように、動きは遅いが、積極的に動く。

 それにしても、いつの間にかヤバいことになっていた。


 完全に、出るタイミングを失っていたいま、こうして逃げ出してみたのだが、

 後々になってみて考えてみれば――、

 これは、まずい方向に話が向かっていっている気がする……。


 あのままベッドの上で目覚めていればよかったのではないか――。


 しかし、そうなると宝に負けを認めているみたいで、それだけは嫌だった。


「……宝め……、わたしが死んだ振りをしてるの、完全に気づいてた……やられた。

 気づかない内にリングに上げられてたってことじゃないの……! 

 騙そうとしてたのが、逆に騙されたってわけ!? ――ふん、おもしろいじゃないの」


 変なスイッチが入ったのは宝だけではなく、相楽もだった。


 基本的に、二人は負けず嫌いである。

 やられたらやり返す――、それも倍返しではなく、

 それを越えて、三倍、四倍、酷い時は十倍返しという、

 それはもうやり返しではなく、新しい攻撃と言えるようなものも、過去にはあった。


 親友だからこそ、遠慮なくできるという背景はあるが、

 やはり第三者から見れば、親友という評価はできないものなのだろう。


 それが本人たちと周りの人たちとの認識の違いだった。


 ともかく、相楽は誰にも見つからないようにしながら、校舎を歩く。


 しかしだ、ここから先の行動として、なにをすればいいのかは、彼女の頭の中にはなかった。

 宝の勝利条件は『相楽に死んだ振りをやめさせ、全てを打ち明けさせる』ことだろう――、

 そう予測して、相楽はうんうん、と頷く。


 ならば、自分は? 相楽の勝利条件は、なにもない。


 この学校全体が混乱するという事態は、

 全て、相楽を追い詰めるために宝が作ったものである。


 とすると、この事態の中で、死んだ振りを貫けばいいのだろうか? 

 いやいや、死んだ振りにこだわらなくてもいいのではないのか? と、

 思考がぐるぐる回っている相楽は、

 さっきから人、ひとりともすれ違わないことに、違和感を覚える。


 相楽からすれば、すれ違うことを避けたいので、願ったり叶ったりな状況ではあるのだが、

 しかし不気味だ。まるで、自分以外の人間が、この校舎の中にはいないかのような……。


 そんな不気味な予想が、幻想であってほしいと願ったところで――、


 窓の外を見てみた。


 校庭には、黒い粒があった。

 まるでお菓子に群がる蟻のように、黒く見える集団が、校庭のど真ん中で集まっていた。

 ……全校生徒、恐らくは。

 自分以外の全校生徒がいま、校庭にいる。


 つまり――、自分は、取り残された?


「宝ぁあああああああああっ! ここまでやるぅううううううううううううううう!?」


 親友との友情を疑いながら、外には聞こえない程度に叫ぶ相楽――、

 しかし過去に自分も、宝にはこれレベルの嫌がらせをしたことがあるので、

 お互い様かな、とすぐに精神を落ち着かせることに成功した。


「……こうなったら、逃げのびるしかない、か」


 外は昼よりは暗い――、もう夕方である。


 その時、電気が消えた。


 ぱっと消えて、その時、小さな声。

 足音にかき消されてしまいそうな、弱々しい声だ。


「きゃっ」という、声が聞こえた。


 ひっ、と驚いて、足が少し浮いた相楽は、

 心臓の高鳴りを手で押さえながら、声の方向へ、歩みを進める。



 そこには――、

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