第4話 雪だるま式

 月森相楽をお姫さま抱っこしながら、

 校舎内を駆け抜け、職員室に飛び込んだ宝。


 いちばん近くにいた、偶然だったが、担任の先生に声をかけた。


「先生! 相楽が、相楽が……死んでます!」

「……あのね、そんな冗談を言うものじゃ――って、え……」


 宝の担任である、小森田こもりだ小朽こくちは、

 血だらけの相楽を見て――色白の、生気の宿っていないような全身を見て、

 宝の言っていることが嘘ではないということを信じたらしい。


 ちなみに、相楽に付着している血は、本物ではなく当然のように偽物だ。

 彼女が自作した本物に限りなく近いものであるので、

 小朽が信じても仕方のないことかもしれない。

 専門家でないと分からない完成度だ。


 だからこそ、

 職員室の全員を巻き込む破壊力の混乱を、巻き起こすことができたのだろう。


「は、早く月森さんを! いまから救急車を呼びます! 

 あなたも一緒についてあげてください!」


「は、はい」 


 俯きながらそう答えた宝は、相楽を抱えたまま、職員室から繋がる別室に移動――、

 冷たくなっている相楽を、仰向けでベッドに横にさせ、その隣に座って、彼女を眺める。


 そして、



(さて、ここまで事が大きくなっているけど、いつ起きるのかね、この子は)



 そんなことを考えていた。


 にやにやと、

 死んでる振りをしている月森相楽の今後の動きを楽しみにしながら。


(最初は、半分くらいは本当かなと思ったけどね……、

 いや、いまも、もしかしたら本当かなって思ってるけど、

 だったら、暴いてやればいい――、

 職員室の全員を巻き込んで、この事態になれば、

 もしも死んだ振りをしているのならば、すぐにでも起きるでしょ)


 九十パーセントは死んだ振りだと思っている。

 しかし、もしかしたら、本当に死んでいるかもしれない。


 どちらなのか分からないから、答え合わせがほしいのだが、

 それをこちらから相手に訊ねるのは、なんだか嫌なので、

 こうして、自発的に相楽がネタ晴らしをする状況を作っている。


 実際に死んでいるのならば、宝の行動におかしいことはない。

 先生に報告するのは当たり前だ。

 死んだ振りをしていた相楽が起き上がっても、だとしても、

 死んでいたと勘違いしていた宝には、なにも悪いことはない。


 勘違いでした、で、済むのだ。

 どちらかと言えば、死んだ振りをしていた相楽の方が、

 優しくはあるだろうが、少しのお説教が待っているだろう。


(遅れれば遅れるほどに、出づらくなることは分かっているはずなのにねえ。

 意地なのかも。実際に死んでいるのだとしても、私にいま、できることはないし、

 救急車がくるまで見ていればいいだけ――、うん、悪いことはしていないわよね)


 うんうん、と頷きながら。


(この状況で、どう自分に火の粉が降りかからないように回避するのか――、

 存分に見せてもらいましょうか)


 相楽は未だに、ぴくりとも動かない。

 

 死体としての完成度はかなり高い。


 宝は、


「ぐ、す、うぐっ、……、ねえ、相楽ぁ……」


 継続して泣く演技を続けて、相楽の罪悪感を刺激する。




 騙し合いの偽り合い。


 先に音を上げるのはどちらなのか。


 放課後の心中激しい沈黙の戦いの、幕が上がる。

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