第6話 それぞれの救い

 荒々しくノックをして、返事も待たずに強引に扉を開け、家の中に転がり込む。


「ああ、お前たちか。

本当に戻ってきたんだな」


急いで走ってきて肩で息をしているアルドとは対象的に、中にいた男は疲れた様子ではあるものの、ゆったりとしていた。

ゆっくりと歩み寄ってきた男に、半ば押し付けるように薬包を突き出す。



「薬を持ってきたんだ。

早くのませないと……」



男にとっては、まさに一秒でも早く手に入れたいはずの薬だ。

しかし彼は受け取ろうともせず、アルドから目を背け窓の方に視線をやった。



「……」



どうにも様子がおかしい。

嫌な予感がする。

まさか既に呪法に手を染めてしまったのだろうか。

そんな不安が胸をよぎる。



「どうしたんだ? 

急いだ方が……」



アルドが彼を急かすと、彼はゆっくりと目を伏せた。

その表情はどこか穏やかだった。



「妻なら亡くなったよ」



彼は淡々として言った。

既に全てを受け止めているようだった。



「そんな! 

間に合わなかったのか!? 」



決してゆっくりしていたわけではなかった。むしろかなり急いで行動していた上に、

時間も移動してきたのだ。それなのに間に合わなかったというのだろうか。

アルドが言うと、男は目を開き、何処を見るでもなく窓の外を眺めて言った。



「あれからそう間もないことだ。

限界だったんだよ、とっくに……。

死ぬに死ねなかっただけかもしれないが、最期までよく頑張ってくれたよ」



彼の言葉には妻への愛情や優しさだけではなく、アルドへの労りも含まれていた。

それを感じて無力感に肩を落とす。



「くっ……。

待っていてくれたのに」



「いいんだ、もう。

これでよかったんだ」



男は目を閉じゆっくりと息を吐くと、アルドに背を向けた。



「よく話合ったよ。

彼女が病気になってからは、どこかに何か手はないかと治療法を探すばかりで碌に話すこともなかった。

今にして思えば俺は弱っていく妻と……。

その死に向き合うのが怖かったんだな」



そう言ってうつむく。



「彼女は自分と引き換えに数代先の命が蝕まれるようなことは望まなかったよ。

そういう人だって、わかっていたはずなのにな……」



もっとそばにいてたくさん話をするべきだった。

そう言っているようだった。

そのあまりに細くやつれた肩に、掛けるべき言葉は見つけられなかった。



「すまない。

力になれなくて……」



そう言うと、男はこちらを振り向いて真っ直ぐにアルドを見据えた。



「俺も彼女も、お前が何とかできるかもしれないというのを信じて、

ただ待ちたいと思ったんだ。

結果がどうあってもな。

最期は安らかだった。

きっとお前のお陰だと思う」



彼の目に光が宿り、潤んだ。



「そんなことないよ。

きっとあんたが最期まで寄り添ったから安らかだったんだ」



彼は、どうかなという風に鼻で笑うとソファに座り込んだ。



「そいうことでね、疲れているんだ。

お前も色々走り回って大変だったところ悪いが……・。

少し、休ませてくれ」



男はソファに体を預けると、目を瞑り眠りにつこうとしているようだった。



 玄関扉が閉まるのを背中で感じながら、アルドはうつむいた。



「結果的に、

オレたちは何もできなかったな……」



再びどうしようもない無力感に苛まれる。

今さら悔やんでも詮のないことだとわかっていても、

これで良かったのかも知れないと心のどこかで思っていても、

もっと急いでいれば、もう少し昔の時間に行っていればとつい考えてしまう。

アルドは透明なうろこを取り出すと、じっと眺めた。


「うわあ、きれい。

それなあに? 」



突然家の影から声をかけられ、驚きのあまりうろこを取り落としそうになるのをなんとか留めた。



「うわ!? 

ああ、これはうろこだけど……」



ほっと一息吐いて振り返ると、幼い少女の姿があった。

いかにもお転婆らしく、服どころか顔にまで泥をつけている。

その微笑ましい姿に知らず知らず顔が綻ぶ。



「どうしたんだ?

泥だらけじゃないか」




言うと、少女は掴んでいたエプロンの裾をぐっと広げて見せた。



「あのね、ママにあげるお花を集めていたの。」



見れば色とりどりの花が陽光を浴びてきらきらと輝くようだった。



「よく集めたな。すごくきれいだ。

その、ママっていうのは……」



「ママはもう苦しくないんだって、お墓にいるんだけどいつも見守っててくれるんだって、

ママはお花が好きだったからお墓に飾ろうとおもって」



少女は屈託なく笑った。

人魚となった少女も本当ならこういう風に笑っていたのだろうか。



「そうか、きっと喜ぶよ」



「そうだ、このうろこも飾ってくれないか」



言うと彼女は目を輝かせた。

うろこを手渡すと早速日の光に透かせて楽しんでいる。



「いいの?ありがとう!

これなら夜もきらきら光って、ママもよくみえるよね」



天を仰ぐ。

もううろこからすすりなく声は聞こえないだろう。




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カランコエ けろけろ @xuxuxuxuxuxu

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