第5話 信頼

 まずは曙光都市エルジオンに降り、そこから廃道ルート99へ向かう。

何しろ廃道というだけあって、相変わらず寂れたところだった。

ざっと辺りを見回してみるも人っ子一人見当たらない。

勢い込んで合成鬼竜に飛び乗るまでは何も気にならなかったが、

移動中から胸に引っかかっていたものがここに来て大きくなりはっきりと鎌首をもたげてきた。

とても無視して歩みを進められないため、アルドは思い切って、リィカに尋ねる。


「それにしても……。

どうしてルート99なんだ?

薬っていったらこう、病院とかのイメージなんだけど……。

というよりあの、例の医者の先生に相談したかったんだが」



言いながら、薬を作っているところを想像する。

それは明るく清潔で衛生的な室内のイメージであって少なくともルート99のような荒れた道とは大分かけ離れたものだった。



「ソレガデスネ……。

コッソリレイノ医師と連絡をトッタノデス。

カの医師の言うところによると、あの女性というのは既に淘汰されてイマス ノデ。

薬もリュウツウシテイマセン」


リィカは顎に手を当て目を白黒させながら言った。

アルドにはなかなか衝撃的な言葉だった。


「えっ、薬が残ってないのか!?

でも、あの時はルート99に残ってるって言ってたよな? 」


もしかしてリィカはただ、あの妻を呪おうとしていた男とその妻を勇気づけるために言ったのだろうかと思いながら、

アルドが問いかけるとリィカはしれっとして事も無げに言う。


「ハイ。

シカシ廃棄となった薬を保管していたり、

スデニ使われなくなった薬を調合し売りさばいてイル……。

そんな人がいると教えてモライマシタ」


明らかに危ない話だ。

グレーどころかほとんどブラックである。

真面目で誠実そうで信頼できそうな医師だったが、裏の顔でもあって怪しい組織とでも繋がりがあるのだろうか。



「……それって、大丈夫なのか? 」



疑いながら尋ねると、リィカは眩しいほどに明るく言いポーズを決めた。



「信頼できる情報スジデアリマス!」



その勢いにアルドは頭を抱えるどころか頭が痛くなりそうだった。

しかし今更引き返すこともできない。


「いや、そんな薬のんで大丈夫かなってことなんだけど……。

まあ、他にあてもないし、とりあえずその人を探してみよう」



気を取り直してルート99を歩き始める。

逸る気持ちを抑えながらサーチビットや合成人間をかいくぐり、足早に進む。

奥へ奥へと進むと、コンテナの影に人影が揺らめくのを発見した。

近づいてみると屈強なごろつきといった風貌の男が何か作業をしているようだった。


「なあ、ちょっと聞きたい事があるんだけど……」


更に近づいても意に介さないようだったが、声を掛けると手を止めてこちらを向いた。


「なんだ、子どもが何の用だ? 」



あからさまに面倒くさそうな様子だが話は聞いてくれそうだ。



「あの、この辺りで薬品を扱っている人を知らないか? 」



アルドが問いかけると男は腕を組んで目だけをどこか明後日の方に向けた。



「……薬品、ねえ。

怪しいクスリなら知らないぜ」



その口ぶりや風貌はいかにも怪しいクスリを扱っていそうだった。

しかし、今怪しいクスリを出されても困るのはアルドの方だ。



「オレが欲しいのは怪しいクスリじゃなくて病気を治す薬なんだけど……。

今は作られていない薬なんだ。

少しでもいい、何か情報があったら教えてくれないか」


アルドが言うと、男はさも面倒くさそうな姿勢を正し、話を聞く気になったようだ。

顎をさすりながらこちらをまっすぐに見据える。



「そうだなあ……。

それで、何の薬が欲しいんだ?」



リィカが前に出る。

リィカが医師のこと、病に伏した女性の病状のこと、必要とされる薬のこと、もらさず説明し始めた。



「……デスノデ」



リィカの話は決して短くはなかったが、男は相槌をうったり、所々頷いたり、時に質問を挟んだりしながら真面目な様子で最後まで聴いていた。

リィカが話し終わると男はひとつ大きく頷いて唇を歪ませにやりとした。


「なるほどな。

その薬なら作れるぜ」


それは朗報だった。

久しぶりの嬉しい情報にアルドの胸は踊った。


「本当か!?

何から何まで悪いんだけど、急いでほしいんだ」


男に飛びつかんばかりの勢いで言う。

しかし当の男の方は目をそらし、ばつが悪そうに頭を搔いた。



「急ぎのところなんだが、材料が必要だ。

いくらかはおれの手元にあるがどうしてもひとつ足りないもんがある。

ラウラ・ドームまで取りにいけばあるんだが……」



無いものは無いで仕方があるまい。

ただ時間が惜しい。

待っている余裕はなかった。



「オレが行ってくるよ! 

あんたは準備の方を頼む! 」



言って駆け出し、合成鬼竜を呼ぶ。


「わかった。

連絡しておく! 」


その声は微かにアルドの耳に届いた。


 合成鬼竜でラウラ・ドームに乗り付け、降り立ったまではよかった。

次の目的地はどこだったか考えたところで、薬の材料をどこに取りに行けばよいかを聞いていなかったことに気づいた。

しかし、今更廃道ルート99の男のところに戻ってどこに行けばいいか質問しに行くわけにもいかない。

第一、虱潰しに調べた方が早そうだ。


「えーっと、確か……。

連絡しておくって言ってたよな。

よし、一人ひとりあたってみるか」


道行く人、通りすがりの人、その辺の人、手当たりしだいに声を掛ける。

外を歩く4~5人に話を聞いたが誰も怪しい薬を売っていそうな男や薬の材料の在り処について心当たりのある者はいなかった。

知っていて知らないふりをしている可能性も全くないわけではないが、彼の方から連絡がいっているはずなので本当に知らないのだろう。

再び暗雲が立ち込めようとしているのを感じ始めた頃、畑の近くで見知った顔を見つけた。


「あんたは……! 」


先方も同時に気づいたようだった。

彼は相変わらず気さくな笑顔で手を振った。


「アルドさん、お待ちしていました

頼まれたもの、用意していますよ」


人魚の女の子の主治医だった。

本当に彼があの怪しい男と繋がりがあったという事実が多少ショックではあった。

しかし再び会えたことと、気がかりだった人魚の子のその後について聞けるのは純粋に嬉しかった。



「ありがとう、助かるよ。

それと、あの子は……。

あの薬はどうだった? 」



アルドは袋に包まれた薬の材料を受け取りながら尋ねた。

医師は真面目な顔になり、頷いた。



「痛み止めがよく効いているようです。

久しぶりによく眠れたと言っていましたよ」



その言葉にほっとする。

エアポートで夜に独り泣いていた頃は痛みで眠れないという部分もあったのだろう。

人魚と出会った夜から随分長い時間が立ったような気がする。



「それは本当によかった。

それにしても先生が怪しいクスリを扱っている男と知り合いだなんて思わなかったよ。

何も危ないことはしてないんだよな? 」



訊くと医師は軽く笑った。



「ははは、まさか。

あの男は見た目こそ怪しいかもしれませんが、していることは真っ当なのですよ

無駄に思えるかもしれませんが、もう必要がないとされている薬がいつ必要になるかわかりませんから、

そのための知識や材料を保全しているのです」



医師の言う、あの男が真っ当なことをしているというのはどうも、実際に真っ当な仕事の内容をしていることだけではなく、

あの男が多少法に触れるようなことをしていたとしたら、誰かのためであるということを指しているようだった。

彼は彼なりに、あの男のことを信頼しているのだろう。

医師は言い終わると、再び真面目な顔に戻った。



「ところでアルドさん、私の方はまだ何も成果はありませんがアルドさんの方はどうです? 」


そう言われて自分のやるべきことを思い出す。

ここでじっと喋ってはいられない。



「ああ、そうだ。

もしかしたら根本的な部分で解決できるかもしれないんだけど、悪い。

説明している暇がないんだ。

急いで薬を作ってもらわないと……。

先生、あの子のことを頼む」


挨拶もそこそこに、アルドは再び走り出す。


「引き止めてすみません。

どうか心配なさらず、やるべきことに集中してください」



医師はアルドの背に頭を下げた。



 薬の材料を握りしめ、廃道ルート99を駆け抜ける。

薬を作ってくれる手はずとなっている男の元にたどり着く頃には息が上がって声もまともに出せないほどだったが、

なんとか薬の材料を手渡すことができた。


「薬の材料……持ってきた!

頼む……」


男はアルドがあまりにも早く戻ってきたことに驚いたようだったが、そのことは口にしなかった。


「わかった。

待ってろ」


それだけ言っていくつかあるコンテナのうち最も大きいものの中に入っていった。

アルドが少し小さいコンテナに寄りかかって息を整えていると、何者かの足音が近づいてくるのに気づいた。

合成人間だった。

廃道ルート99や工業都市廃墟では珍しい相手ではない。

相手は挨拶もなしに斧を振り下ろしてくる。

アルドが避けると、寄りかかっていたコンテナの一部が破壊された。

まずい。決して手強い敵ではないが、大きいコンテナを狙われると厄介だ。

小さいコンテナから斧を抜く金属の板が軋むような音が響く。

再び斧が振り下ろされるのを横に避けると、合成人間の腕を狙って斬り落とした。


「いけよ! 」


元々相手から始まり応戦しただけのことだ。

深追いする必要はない。

アルドが凄むと合成人間は怯んだのか、すごすごと退散した。

ほっと一息吐いて、剣をしまうと背後でコンテナが開く音がして、中から男が出てきた。

振り向くと男の手には薬包が握られている。


「ほら、急ごしらえでなんだが……。

持っていけ」


男が差し出してきた薬包をアルドが受け取ると、男は既にアルドがいなくなったかのように自分の作業に戻った。


「ありがとう、助かるよ。

ああ、でもその、お代はどうしたらいいかな」



「いらねえよ」


アルドが問いかけると男はこちらに目もくれずに言った。

……」



アルドが食い下がると、男はしっしっと言いながら追い払うような仕草をした。


「いらねえって

材料を持ってきた運び賃とさっきの合成人間を追っ払った駄賃で十分だ

急いでんだろ、とっとといけ」


なおも食い下がりたかったが、急いでいるのは確かだった。


「すまない。

恩に着るよ! 」


ここは彼の言葉に甘えて、後でまた礼をしにくればいい。

アルドは再び走り出した。



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