第3話 知恵袋

 初めて未来に、曙光都市エルジオンに来てからというもの驚かされてばかりだ。

何しろ信じられないような技術の結晶がそこら中に溢れている。

そんな未来の技術でも治療できないような奇病。

果たして自分に何ができるだろうか。

自分の知識だけでは早晩限界がくることは明白だった。


「なぁ、リィカ」


アルドは件の人魚のことをリィカに説明し、協力を求めた。

まずはうろこを見せ、似た症例がないか、治療法がないかを改めて調べてもらう。


「サーチしたところ、似たような病気はナイデハナイデアリマス。

……デスガ、うろこの成分が異なりマス、ノデ」


リィカは顎に手を当てると、首を傾げる。


「ということは……? 」


アルドが促すと、リィカは深く頷いた。


「原因が違う可能性がアリマス。

同じ治療をしても効果が得られないカモシレマセン。

様々な治療方法を試したのでアレバ、オソラクまっさきに、最初に試しているとオモワレマス」


「まあ、そうだよな……」


 彼女が病院に行き薬や手術など様々な手を施したと言っていたことを思い出す。

また、彼女の主治医が言っていた通り、まだ試していないであろう治療方法というのはリスクが大きく、確実に有効であるとは言えないようなものばかりなのだろう。

もっと穏やかで効果的な治療方法をどうにかして見つけたかった。


「未来の技術で治療できないのであれば……。

いっそ古い民間療法はどうでござる? 」



「わっ!? 」


まったく注意を払っていなかった背後から声を掛けられ、飛び上がらんばかりに驚いて振り返るとそこにはサイラスがいた。

改めてサイラスの姿を確認すると、何も人魚で驚くことはなかったかもしれないと脳裏によぎったが、口にはしなかった。


「いつからそこにいたんだ? 」


尋ねるとサイラスはけろけろと笑った。

そして素知らぬ顔で言った。


「最初からでござるよ」


アルドは何か言いたいような気持ちになったが、結局何も言わないことにした。


「……まあ、それはいいとして。

その、民間療法っていうのは? 」



言うと、サイラスは人差し指を天に向けて立てるとくるくる回しながら言った。



「たとえば、風邪をひいたらネギを首に巻くと良い、

頭痛には梅干しをすりつぶしてこめかみに貼り付けると良い、

……などなどでござるな」


「いわゆる、おばあちゃんの知恵袋トイウヤツデス!」


サイラスが言い終えるやいなや、リィカがいつもの如く髪を振り回しながら目を輝かせて便乗した。



「うーん。

ネギも梅干しも食べたほうが体に良さそうだけどなあ」



「科学的根拠もありませんノデ」


アルドが唸ると、リィカも光を失ったように肩を落とした。

他愛もない世間話のような会話だったが、アルドの心の内に何か引っかかるものがあった。

ネギでも梅干しでもおばあちゃんの知恵袋でもなく、何かヒントになるようなものがあった気がしてならない。



「でも、待てよ……。

そうだな、未来の技術で無理なら、いっそ古代の知識っていうのはアリ……。

なのかもしれない……? 」


アルドがそう言うと、リィカとサイラスが目をぱちくりと瞬かせた。



 古代パルシファル宮殿の酒場。

アルド達はラチェットを訪ねていた。

つまるところ、そういうのに詳しそうだから、という理由である。

アルドは再びラチェットにうろこを見せながら事のあらましを説明する。


「……というわけなんだ。

似たような病気とか、できたら治療法を知っていたら教えてほしい。

何か心当たりとかあるかな? 」



最初は人魚の話に興味津々といった体だったラチェットも、聞き終える頃には険しい表情をしていた。

腕を組んだり口元や腰に手を当てたり、暫く考え込んでいたかと思うと、意を決したのか口を開いた。


「そうねえ……。

似たような病気についてなら、わからないわね」


アルド達は肩を落として項垂れた。

再びあてが無くなり、振り出しに戻ったかに思えた。


「でもね、似たような……。

呪いになら、心当たりがあるわ」


ラチェットが再び口を開く。

それはアルドにとって夢想だにしない、衝撃的な言葉だった。


「何だって、呪い? 」


呪い、なんというおどろおどろしい響きだろうか。

今まで病気だと思い込んでいたものが実は呪いであった。

あまりにも唐突で信じがたいことではあるが、もし呪いだというのならば、

未来の知識や技術で治すことができないというのも合点がいく話ではあった。

アルドは医師の言っていた超常的な力の方がまだ説明できるという言葉を思い出す。

考えれば考えるほど、病気ではなく呪いだと言われた方が腑に落ちるような気がしてきた。



「そう。

多分、間違いないと思うの」


ラチェットが相変わらず険しい表情で言った。

その表情は、病気なら治せなくとも、呪いならなんとか解く方法が見つかるかもしれない。

そんなアルドのあまい希望に厳しい現実を投げかけてくるようだった。

アルドは気を引き締めた。


「……それでその呪いは、どうしたら解けるんだ? 」


問いかけるとラチェットは眼を伏せて首を振った。

あまりにも絶望的な仕草だった。


「難しいわね。

解く方法なんてないと言ってもいいぐらい」


ラチェットが難しいと言うなら本当に難しいのだろう。

どんなに困難であってもアルド達ならやり遂げるとわかっているはずだ。

それでもなお、難しいと言っているのだ。


「そんな……」


アルドの脳裏に人魚の儚げな姿が浮かんだ。

ラチェットが続ける。


「この呪いはね、何代も後に影響が出てくるの。

だから呪われた当の本人は自分が呪われたっていうことにも気づいていないかもしれないし、

そもそも影響が現れるころには亡くなっている。

そして使われた道具も……」



「どこにあるのかわからなくなっているってことか……」



アルドは腕組みをして考えを巡らせた。

ラチェットの話しぶりから察するに、呪いを解くには、呪いを掛けるのに利用した何らかの道具を探し出す必要があるのだろう。

未来の荒廃した大地で現存しているかもわからないものを探し出す。

マクミナルなど色々とあてにできそうな者はいるものの、あまりにも無謀に思えた。

呪いを解くのが難しいのならば、残された道はごくわずかだった。



「なあ、呪いを解くのが難しいなら……。

そもそも呪いを掛けるのをどうにかして止めるってことはできないかな? 」


呪いを解くのは無理でも、呪法を使う前に止める。

考えるより先に口走ったことだったが、我ながら中々良い案ではないだろうか。アルドは心のなかで自画自賛した。

病気や呪いに関しては門外漢だが、何しろ時空を超えるのは専売特許である。



「そうね……。

使用した呪具なんかを探すよりは難しくないし安全かもしれないわね。

うん。それなら、必要な材料を入手するところをおさえるのがいいと思うわ」



やっと希望が見えて来たのを感じて、アルドは食い気味に尋ねる。



「必要な材料っていうのはどこで手に入るんだ? 」



ラチェットはどこからか本を取り出しパラパラとめくりながら、片方の手を宙に踊らせた。


「どうしてもじめじめした所、湿地に生える植物を手に入れる必要があるはずだから、それなら場所は限られるでしょう。

狙い目はそこね。

でも気をつけないと、相手は誰かを呪おうとする人間なんだからね」



ラチェットはアルドを鼓舞するように言ったが、その言葉には少なからず心配が滲んでいた。

それがわかったため、アルドは意識してラチェットを安心させるように微笑んだ。



「わかったよ。

どうせなら誰も呪いなんて使わずに済むほうがいいもんな。

助かったよラチェット、ありがとう」


そう告げるとアルドは酒場を後にし、腕を組んで前を見つめる。


「さて、と。

ジメジメしたところといったら……。

とりあえずまたカレク湿原に行ってみるか」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る