第2話 赤い花

 人魚の女の子と、彼女の病気をどうにかするという約束を交わした。

それはいいものの、アルドは病気や医療については全くの門外漢であり、未来の技術となると尚更さっぱりだった。

とりあえず、まずは詳しい経過を聴きたいということで例の人魚の子から彼女の主治医に取り次いでもらい、エルジオンの酒場で落ち合う運びになっていた。

何か事前に働きかけておいたのか酒場にはアルドの他に人はおらず普段の賑わいとは打って変わって痛いほどに静かだった。


暫く待っていると、小奇麗で気さくそうな中年男性が現れ、アルドに声を掛けてきた。


「いやあ、お待たせしてすみません。

アルドさんでしたよね? 」


言いながら男が右手を差し出す。


「ああ、こっちこそ時間を作ってもらってすまない。

助かるよ」


二人はごく自然に握手を交わすと席に着いた。

一息つくと、先に話し始めたのは医師の方だった。


「あの子から連絡を貰いました。

いつも見るに堪えないほど辛そうなのにいくらか明るい口ぶりで……。

どうかあの子の力になってください。

あの子には支えが必要なのに、あの姿を誰かに見られるのを恐れて誰とも打ち解けられないのです」


彼の話しぶりは真摯で、心から人魚の女の子の身を案じているのが分かった。

ただ、助けたいがもう自分には何もできない。そんな苦しみも伝わってきた。

彼も最初は今のアルドのように自分にできることは何でもしたい、そんな気持ちで治療にあたっていたのだろう。



「先生も同じ気持ちだと思うけど……。

オレはあの子にできるだけのことはしたいと思ってる。

でも病気について詳しいとはとても言えないんだ。

だからあの子の病気について教えて欲しい」



アルドが言うと、男は目を伏せ一度は浅く、二度目は深く頷いた。

そして滔々と語り始めた。

彼は深く考え、考えがまとまってから喋りだすタイプのようだ。



「正直に申し上げて……。

あの子の病気の原因については何も分かっていません。

遺伝子や免疫に異常があるわけでもなく、スキャン含め詳しく検査をしても何か特別気になるようなところもない」


「なんらかの菌やウイルス、寄生虫が悪さをしているわけでもありませんし、痛み等の症状があらわれても何の数値もピクリともしない……。

検査の数値上ではあの子の体に何もおかしいところなんてないんですよ」



つまりは原因不明、異常なしである。

これにはまったくの専門外でも首を傾げずにはいられない。

異常がないのが異常というものである。



「病気の原因もわからなければ、検査では何も異常がみられない……。

そんなことがあるのか、現にあの子の体は変化しているのに? 」


素直に問いかけると、

医師は眉根を寄せて頭を振った。



「あのうろこなどの成分などはね、

人体でも珍しくないありふれたものなんだが……。

皮膚や爪、骨が変化したものでもないんだ。

身体の反応、内部の働きや皮膚表面がどうこうというよりも、

むしろ外側から取り込まれて言っているような、吸着していっているような……」



医師はアルドそのものではなく自身の頭の中を見つめながら、

言葉を確かめるように、適切な表現を探るように言った。



「なんらかの病気であるというより、そういう体質であるとか、

そういう生き物に正しく変化していっているとか……。

何かオカルティックな、いわゆる超常的な力が働いているとか……。

その方が納得できる説明だと言えるぐらいですよ」



彼の顔に苦悩の色が滲んだ。

彼は彼なりに悩みに悩み抜いたのだろう。

そして自分には手に負えないことを心の奥どこかで感じながらも、気づかないふりをして諦めきれずにいる。

人情がそうさせるのか、それとも自らの矜持のためか、おそらく本人でも判別がつかないに違いない。



「色々治療を試したってことだったけど、

すこしでも何か効果があったものとかあるのか?

あと、今後試す予定で何か有効そうな治療方法とか……」



アルドがもう一度尋ねると、医師の表情からは先程の苦悩の色が消え、冷静でどっしりとした医者の顔になった。


「そうですね、多少ですが効果があるように感じられたものはありました。

今後はもう、残されているのは試すにはリスクが伴うもので、

しかも確実に有効であるとはとても言えないような治療方法ばかりです。

その、効果が感じられたものというのも、痛み止めぐらいなものでしたが……」



彼の言葉に肩を落とす。

もっとも、何か効果があったならあの子は人魚の姿になっていないだろうということはわかっていた。



「病気そのものに効果があるようなものはなかったわけか……」


アルドが言うと医師は頷いた。


「はい。

痛み止めについても、もっと効果が見込めるものがあるのですが……。

今となっては材料が手に入りません」



その言葉には引っかかることがあった。

今となっては材料が手に入らない、ということはつまり材料さえあればもっと効果のある痛み止めが作れるのではないだろうか。

痛み止めさえ用意できれば、彼女の身体的な苦痛を和らげ、精神面でも良い効果をもたらしてくれるはずだ。

それは解決策がすぐに見つけられそうにない現状で、一先ず彼女の苦しみを和らげるのに大層役立ってくれるだろう。


「今となっては……。

ってことは、昔なら手に入るってことだよな。

それならなんとかできるかもしれない。

その必要な材料っていうのは? 」


アルドが勢い込んで尋ねると、医師は不思議そうな顔をしながらも

腰のあたりから通信端末を取り出し、少しいじってからアルドに見せた。

そこには赤い花をつけた植物が映っていた。


「既に絶滅した植物ですが……。

これです。湿原にのみ生える薬草です。

当てがあるのですか? 」


アルドは急いで立ち上がった。

今すぐにでも走り出したかった。

だが、一応うまいこと誤魔化しておかなければならない。


「ええと、まあ古物だとかなんだとかに詳しい知り合いが何人かいるんだ。

とりあえず、持ってきたら薬を作れるんだな? 」


医師は信じたようだった。

また、彼の瞳の光が強くなったように見えた。


「はい、何とか用意できるようにします。

あっ、その植物には毒があるのでくれぐれも気をつけてください」


彼の言葉を背に、アルドは駆け出した。


 アルド達はカレク湿原を訪れた。

湿地とはいえ天気が良いためかいつも程じめじめしていないように肌で感じる。

早速その辺に生えている植物に目をやるも、流石に一度で発見とはいかなかった。

文字通り草の根を分けて探していると、先客を発見した。

30代から40代前後のそれなりに若い男だが、目がうつろで生気がなく水辺を眺めてぼんやりとしている。


「なあ、あんた……」


近づいて声を掛ける男はとゆっくりと顔だけをこちらに向けた。


「なんだ……? 」


思いの外普通の反応に多少動揺したが、気を取り直して赤い花について尋ねる。



「この辺りで赤い花を咲かせる植物を知らないか? 

その辺りにいっぱい咲いている赤い花とは、また違う感じの植物なんだけど」



男は再びどこを見るでもなく水辺に目をやると深く息を吐いた。


「お前が探している植物は今の時季花をつけない。

もう少し奥に行けばにおいの強い植物がある。

お前が探しているのはそれだ」


そう言うと男は顔を歪めて吐き捨てるように言った。


「全く、毒草なんて何に使うんだか……。

しかも普通人に毒草の在り処を訊くか? 」



「ち、違うって!

毒を使いたいんじゃなくて、あれは薬になるんだよ!」



アルドは慌てて否定したが男は「どうだか」とだけ呟いて明後日の方を向いてしまった。


「とにかく、においの強い植物だな?

ありがとう、助かったよ」


アルドは男の背に声をかけて早々に立ち去る。

カレク湿原の奥に向かっていると、不意に今まで嗅いだことのないにおいがぷんと鼻腔をくすぐった。

においが強い方へ歩みをすすめる。


「あった、これだな」


医師が見せた植物と比べると花こそ咲いていないものの、葉や茎の形が同じ植物を見つけた。

しかも先程のぼんやりした男が言っていた通り、独特の強いにおいがする。

そのまま引き抜こうと掴もうとして、医師や例の男が毒があると言っていたことを思い出す。

何か袋を使って採取しようとしたところ、背後にモンスターの気配を感じた。

振り返って剣を構える。

リチャードが二体、油断は大敵であるが数々の旅を乗り越えてきたアルドにとって敵ではない。

何しろここで倒れるわけにはいかない。

リチャードの重い初撃をなんとかいなすと、二体まとめて斬り伏せた。


アルドは安堵して深く息を吐くと再び植物に向き直り、袋を用意すると慎重に数本を抜き取った。


「よし、急ごう」



 アルドは再び人魚の女の子の主治医とエルジオンの酒場で落ち合うと、挨拶もそこそこに、採集した植物をいれた袋を彼に手渡した。


「間違いないとは思うんだけど……。

一応中身を確認してもらえるかな」


医師は早速袋の中身を確認すると、歓声をあげた。


「おおっ、これはすごい。

間違いありませんよ!

絶滅したはずの種がこんなにたくさん、それもまだ新しい……。

いや、本当にすごい。

一体どんな魔法を使ったんです? 」


興奮する医師に、何も対処を考えていなかったアルドは笑って誤魔化すしかなかった。


「いやあ、ははは……。

それより、薬の製作を急いでほしいかな」


そう言うと、医師は悪いことをしたという風に頭を掻いて、すぐに真面目な顔をつくった。


「ああ、失礼しました。

これからすぐに薬を作ってもらいますね。

あの子にはこちらから確実に渡しますから、どうかご安心ください」



彼になら任せても大丈夫だろうと信じさせてくれる、実に頼もしい表情だった。



「頼む。

オレたちはオレたちで、あの子の病気を治す方法をまた探してみるよ」


今度はアルドの方から右手を差し出した。

医師はアルドの手を力強く握り返すと、深く頷いた。


「私は私で、あの子を救う方法を探します。

絶滅したと思われていた植物を再び手にすることができたんだ。

きっと、ないようにみえてもどこかに道があるはずですよね。

アルドさん、本当にありがとうございました」


彼に手を振り、アルドは酒場を後にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る