カランコエ

けろけろ

第1話 人魚

 アルド一行がエルジオンのシータ区画を歩いている時のことだった。

何故だかいつもより人が多く、辺りがざわざわと騒々しい。

何事だろう、と眺めるでもなく見ていると、一際大きな声で噂話が聞こえてきた。


「エアポートに人魚が出たらしいぞ! 」


「人魚!? 」


突然場違いな言葉を耳にして、驚きのあまり声が出てしまう。

人魚に縁がないわけではないが、いくらなんでもエアポートにいるような心当たりはなかった。

しかしすぐに考えを改める。

まさかこんな所に人魚がいるはずはない。ということは何かのパフォーマンスやイベントでもないならば、次元の穴から迷い込んだ何者かである可能性がある。

それなら自分たちがなんとかするしかない。

アルド達はひとまず、人魚が出たというエアポートに足を運ぶことにした。


 エアポートに着くとまず、辺りを見渡した。

コンテナや物が多く影となる場所は多いものの見晴らしはいいはずだが、人魚の姿は見えなかった。


「いないな……。

もうどこかに行ったのかもしれないな」


おそらく大勢が見物にいったことだろう。どこかに逃げ出してしまったのかもしれない。

或いは、ただの見間違いで人魚は最初からいなかったということも十分あり得る話だった。

もしかしたらどこかに隠れているのかもしれないと思い、暫く辺りを探し回ると視界の端に何かがきらめいた。


「うん? 

何か光ったような……」


光が見えた辺り、コンテナのそばを調べて見るとそこにはフィーネの掌ぐらいの大きさはありそうな、透明ながらも光を浴びてきらきらと七色に輝くうろこのようなものがあった。


「へえ、綺麗だな。

これが人魚のうろこなのかな? 」


ひとり感嘆しながら、これなら人魚の正体はシーラスだった、などということにはならないな、と胸をなでおろした。

それから暫くも人魚の姿を探して回ったが肝心の人魚は見つからなかった。

念のため明日また少し探すこととして、その日はエルジオンのホテルで休むことになった。


 エルジオンのホテルにて、寝入りばな何者かのすすり泣くような声に目を覚ました。はじめは気のせいかと思ったが、やはり聞こえる。心霊現象の可能性も頭によぎったができるだけ考えないようにつとめた。

無視して再度眠りにつくには、その泣き声はあまりにも切なく、胸を締め付けられるようだった。

とても放ってはおけず、身を起こす。


「何だ?

誰か泣いているのか……? 」


もしかしたら仲間の誰かが泣いているのかもしれない。そう考え確認の意味もあって声を掛けたが、同じ部屋で誰かが枕を濡らしている様子はなかった。そもそも誰もアルドの声に反応せず気持ちよさそうに寝息をたてている。

やはり泣き声は気のせいだったのだろうか、それともただの夢だったのだろうか。


「夢にしては、リアルだったな……」


アルドは眼をしょぼしょぼと瞬かせながら左手で後ろ頭を掻き、もう一方の手を荷物へ伸ばした。

荷物を掴んだ瞬間、何だったのだろうとぼんやりする頭より先に右手の方が反応して止まる。


「なんだ……? 」


強烈な違和感に、やっと頭が冴えてきた。

泣き声が聞こえる。今まさに手にしている自分の荷物から。

恐る恐る中をあさってみると、声の元はすぐにわかった。エアポートで拾った人魚のものらしいうろこだ。

七色に輝くうろこから、嗚咽の混じった泣き声が聞こえる。

貝殻から潮騒が聞こえるような類のものとはまるで違う聞こえ方だ。

この声が人魚のものであるかどうかは定かではないが、ほったらかしにして朝まで眠るにはどうも落ち着かない。

アルドは立ち上がり身支度をした。


「とりあえずエアポートに行ってみるか」


もう一度エアポートに行き、何も見つからないようなら諦めて大人しく床に就くと決め、ホテルを出た。


 夜のエアポートは昼間とはまるで違っていて暗闇の中どこから何が飛び出してくるのかわからない、そんな恐ろしさがあった。

うろこから聞こえる声はエアポートへ近づくほど大きくなっていき、今やとても気のせいとはいえない大きさになっている。

声が大きくなっていく方を目指して行けば目的の何ものかに辿りつくのではないか、そう考えて歩みを進める。

辺りを窺いながら歩き続けていると、やがて泣き声が二重に聞こえるようになり、闇夜に何者かの姿がぼんやりと浮かび上がった。

まず目についたのは透明なうろこがいくつも重なり合い連なった、魚のような下半身だった。

内側から薄っすらと発光しているのかうろこがほんのり七色に輝き、淡い光が動くのに合わせてゆらゆらと揺れ息を呑むほどに美しい幻想的な光景をつくりだしていた。

上半身は薄ぼんやりしていて分かりづらいが、若い、まだ幼いといってもいいぐらいの少女のようだ。


美しい人魚だった。


目の前に現れた、まるで一枚の絵画のようなその姿に呆けながらも近づく。

人の気配に気づいた人魚は泣くのをやめ、逃げ去ろうとしたので慌てて引き止める。


「あっ、待ってくれよ!

オレは別に何も、君を捕まえようとか危害を加えようとか、どうこうしようっていうわけじゃないんだ」


人魚は少し離れた所で訝しげに振り返る。

警戒されているようで、言葉は通じているようだったが何も応えようとはせず、逃げる体勢を崩さない。

無理もない。フィーネよりいくらか年下であろう少女が、こんな夜更けにエアポートをうろついている、未来では見かけないような古めかしい服を着た若い男に話しかけられたのではそれは不審に思うだろう。

アルドは、何か警戒を解くまでいかなくとも少しは安心させられる方法はないか、いい案を探したものの気の利いたものは思い浮かばなかった。

咄嗟に、持っていたうろこを彼女にも見えるように掲げて見せた。



「これ、君のだろ?

明るい時にエアポートで拾ったんだけど……。

このうろこから君の声が聞こてきたんだ。

だからその、もしかしたらここに来たら君に会えるんじゃないかと思って来たんだ」



相変わらず返事はなく、不審そうにこちらを見ている。

ただ、すぐさま逃げようという気配は少し緩んだようで、とりあえず話ぐらいは聞いてみようという姿勢にはなったようだ。



「君に会いに来たのは、その、このうろこから聞こえた声っていうのが泣き声だったからなんだ。

すごく……

悲しそうな泣き声だった。

何をそんなに悲しんでいるのかはわからないけど……。

なあ、オレたちに何かできることはないかな? 」



人魚は一瞬困惑したような表情を浮かべると、悲しそうに目を伏せ、自らの身体を掻き抱いた。

アルドは言葉を続ける。


「余計なお世話だと思うかもしれない。

それにオレにはなにもできないかもしれない。

ただその……。

こんな夜中に独りで泣いているなんて

放っておけないと思ってさ」



人魚が顔を上げる。その表情には悲しみと諦め、疑い等様々な感情が滲んでいたが、それは救いを求める者の顔だった。

暫くの間、場に沈黙が落ちた。

やがて人魚は訥々と語り始めた。


「わたし……」



「わたしは、こんな……。

人魚のような見た目だけど、人魚じゃないんです……。

元々はあなたと同じような、人間なんです」



不意に喋り始めた人魚の言葉に、アルドは面食らってしまった。

彼女の上半身は若い、幼いと言っていいぐらいの人間のもので、下半身はうろこのついた魚だ。

誰がどう見ても、万人が万人彼女の事を人魚だと言うだろう。そんな姿だった。

アルド自身、彼女は遠い過去から迷い込んだ人魚で元の時代に戻りたいあまりに泣いているのではないかと推測していた。

次元の穴関係の事故であれば合成鬼竜に頼むだけで済むが、彼女がそのまま未来の存在で元々は人間だというなら状況は難しいものに変わってくるかもしれない。

彼女の告げた事実に驚きはしたものの、アルドは彼女の言葉をそのまま受け止めることに決めた。


「そうなのか。

よかったら、何があったのか聞かせてくれるか? 」


人魚はうつむきながらもこくりと頷いた。

目元は痛々しいほどに赤く腫れあがっている。


「12歳になって何日か経ったころ……。

倒れたんです。

目覚めたら足が熱くて、痛くなって……。

それ以来、段々とこの姿になっていったんです。

病院にもいきました。薬ものんだし、手術もしました。

でも……」



彼女が口をつぐむと、アルドはゆっくりと目を伏せた。

言葉の先は想像に難くない。今の姿を見れば明らかだ。

彼女は元の姿に戻りたいのだろう。

それが叶わないために、こんな夜更けに独り、聞く者の心を抉るような嗚咽を漏らしている。

今回たまたまアルドが現れたというだけで、彼女がここで泣いているのはきっと一度や二度ではないのだろう。

今のところ、解決方法など思い浮かばないが、難しいことがわかっていてもせめて寄り添い、自分たちにできるだけのことはしたかった。

アルドは再び彼女を見据え、確認の意味で訊いた。


「君は、元の体に戻りたいんだな? 」


それを聞いた人魚は両手で顔を覆い、大きく頷いた。


「はい……。

姿が変わるだけじゃない、痛くて、痛くて……。

私はもう……」


たえられない。

か細く消え入りそうな声でそう言った。

どうしてこんな子どもが苦しまなければならないのだろう、行き場のない、何者かへの怒りに駆られた。

彼女を勇気づけるため、自分を鼓舞するため、アルドは胸を張った。



「わかった。

オレたちも何かできないか調べてみるよ。

だから君も待っていてほしいんだ」



殆ど諦めと悲しみに満ちていた彼女の表情に、ほんのわずかながら光が差したような気がした。

何もなかったでは済まない、アルドも腹を括った。




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