第10話 サーカスの扉の先

 僕たちは、オブジェから飴を取り出すことはやめにして、オレンジ色の扉の前に立つ。

 音楽隊を気にしつつ、そっと耳を扉にくっつけてみた。

 バリ……ボリ……。

 音楽隊の演奏に紛れて、聞こえて来たのはなにかをかみ砕くような音。

「飴だ……飴をかじってるんだ」

 真琴も僕を見てうなずく。

 この中にきっと飴はあるに違いない。

「いつもの子たちが出てきた後、入るぞ」

 そのまま、僕たちは扉の前で待つことにした。

 見回っていいと言われている以上、ここにいても大丈夫なはずだ。

 待つだけの時間がやたらと長く感じられる。

 しばらくして、ようやくガチャリと扉が開かれた。

 演者が出てくる隙間から、横目で中を確認してみる。

 これもクラウンが言っていた『扉の中を覗くこと』になってしまうのかもしれないけれど。

 これから中に入るのだから、こんなことで怖気づいてる場合じゃない。

 出て来た男の子と女の子は、僕たちがこんなにも扉の近くにいるというのに、気にしていないみたいだった。

 あまりにもこっちを見ていないもんだから、逆に気になってしまう。

 つい、まじまじとその姿を見ていると、また違和感を覚えた。

「ねぇ真琴。昨日、人形みたいだって話したけど……本当に人形に見えるね」

「ああ……人形だと思って見ると、それにしか見えなくなってくる」

 やっぱり、この子たちはどこかおかしい。

 歩き方、透き通った肌、そして瞬きしない飴玉のような瞳。

 背筋がぞっとして、思わず隣の真琴の腕を掴む。

「……俺たちはあの飴のせいで、物事を不安に考えすぎているのかもしれない。なにも怖いことはない」

 女の子たちが芸を始めるのを確認すると、僕たちはそっとオレンジ色の扉を開いた。

 少し奥の方にテーブルが置かれている。

 そこには透明の器と、オレンジ色の飴。

「あった、真琴!」

「よし、もらってこよう」

 僕たちがしようとしていることは泥棒だ。

 してはいけないことだというのはわかっている。

 でも、あの飴で彰くんを助けたい。

 昨日は1人で入れたはずなのに、今日はなぜか一歩が踏み出せないでいた。

 きっと昨日舐めた飴のせいだ。

 そのせいで、怖くて仕方ないんだ。

 でも彰くんはいま、その何倍も怖い思いをしているに違いない。

「真琴……」

「一緒に行こう」

 僕たちは2人で、部屋の中へと足を踏み入れた。


 器に入っている飴をいくつか鷲掴みする。

 そのときだった。

「その飴は、そんなに一気に食べるものではないよ」

 突然、背後から声をかけられ、体が固まってしまう。

 掴んだはずの飴も、手から零れ落ちてしまった。

 ゆっくり声がした方へと視線を向ける。

 開いた扉で隠れるような位置に、1人の少年が立っていた。

 舞台にいる子たちと同じで、まるで人形みたいに綺麗な顔をしている。

 怒っている様子はない。

 ただ、僕たちの方をじっと見つめていた。

「こ、これは……」

 いますぐ飴を掴み直して部屋を出た方がいいのか。

 それともクラウンに黙っていてもらうよう話をつけるべきなのか。

「兄さんを元に戻すため、どうしてもこの飴が欲しいんだ」

 僕が迷っていると、真琴が少年に向かって頭をさげた。

 僕も、釣られるようにして頭をさげる。

「お願いします。この飴、くれないかな」

「うん、いいよ」

 意外にもあっさりと、少年は許可してくれた。

「い、いいのか?」

「クラウンは覗かないようにって、言っていたけれど……」

「悠一……!」

「あ、しまった」

 言わなくていいことだったかもしれない。

 せっかく、少年が飴をくれるって言っているのに。

 それでも、どうしても気になってしまったのだ。

 本当にもらっていいものか。

 そんなことを考えている場合じゃないのに。

「ごめん、真琴」

「いや……俺も内心、気になってはいたからな……」

 少年は、僕たちの言葉の意味を理解しようとしているのか、首を少し傾ける。

「そうか。クラウンが覗いてはいけないって言ってたんだね。それで君たちはどうして入って来ているの?」

「それは……飴が欲しくて……」

 こんなのが許されるのなら、お金が欲しいという理由で泥棒に入っていいことになる。

 それでも諦められなくて、僕たちは逃げ出せずにいた。

 そんな僕たちに、少年は1つずつ飴を手渡してくれる。

「1日、1個だって僕らは言われている。それ以上はあまりよくないんだ」

「いいのか?」

「兄さんを戻すためだと言ってたね。ということは、兄さんの分も必要なのか」

 少年はもう1つ飴を手に取る。

 真琴がそれを受け取った直後、ガチャリと扉が開く音が聞こえた。

 僕たちが入って来た扉じゃない。

 気にしていられなかったけど、横にも扉がついていたのだ。

 位置的には、白い部屋から続いている扉だろうか。

「おや? おやおや?」

 中に入って来たのはクラウンだ。

 なにやらぐったりした少女を抱えている。

 僕と真琴は身動きできず、その場に立ち尽くしていた。

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