第9話 サーカスのオブジェ

 僕たちはくまなく辺りを探した。

 歩き回ってみたけれど、なぜだか路地が見当たらない。

「……1日1回しか入れないのかな」

「しかたない。明日だ」

「うん……。彰くん、大丈夫かな。僕が飴なんて取って来たから……」

「悠一のせいじゃない。おかげで解決の糸口が見つかった。大丈夫だと言い聞かせてどうにかなるものじゃないのかもしれないけど、俺が一緒にいる」

 真琴にくっついたままでいる彰くんと向き合う。

「彰くん、僕たちが彰くんの感情を取り返してくるから!」

「……ありがとう。不安だし悪いことばかり考えてしまうけど、2人の話を聞いて、理解は出来た。なにも協力出来なくて申し訳ないな……」

「1日、我慢してね。明日には必ず……!」


 翌日、教室に着いてすぐ、真琴のもとへと向かう。

 真琴は昨日以上に、不安そうな顔をしていた。

「おはよう、真琴……」

「ああ、おはよう、悠一」

「大丈夫か? 真琴もあの飴舐めちゃってたし……」

「……不安だよ。飴の影響も少しはあるのかもしれないけれど、兄さんを見ていたらね」

「彰くんは?」

「とりあえず、今日は高校には行かないで休んでる」

「そっか……」

「母さんたちには、少し疲れてるみたいだから休ませてあげて欲しいって、俺から伝えた。兄さんの様子が最近変だってことは、母さんも気づいていたし、すぐに受け入れてくれたよ」

 早く彰くんの感情を取り戻さないと……。

「彰くんの飴がどれか見分けるのは、難しいよね」

「たぶん、見分けはつかない。けど、何個か奪われているのはたしかだ」

「そういえばクラウンのやつ、彰くんに向かって、またサーカスを楽しめる心が生まれたら……って話してたよね。それって日を置けば、徐々にまた心が芽生えてくるってことかな」

「そうであって欲しいけど、いまの状態で数日過ごすなんてかわいそうだ」

「うん、そうだね……」

 楽しい気持ちになれる飴で、一時的に不安を打ち消すしかない。

「昨日、家に帰ってから考えてみたんだけど……」

 真琴がカバンからノートを取り出す。

 そこには、テントの中の様子が描かれていた。

「まず、飴があるのはこの入り口のオブジェだ。ここから取り出せたらいいんだけど」

「出来るかな……。取り出し口を探さないといけないし」

「次に飴がありそうな場所は、扉の中だ」

 青色の扉には、青色の飴が用意されていた。

「単純だけど、オレンジ色の扉の中かな」

「俺もそう思う。芸を見せてくれるあの子たちは、もしかしてオレンジ色の飴を食べているんじゃないか?」

「そういえば、あの子たち笑ってたね。飴で楽しい気分になってたのか」

「そうかもしれない。4人以外に誰かが控えている可能性もあるけど、舞台で芸を披露している間に、行ってみるしかない」

 真琴の提案にうなずく。

「黒色の扉はクラウンの待機場所として、白色の扉はなんだろう」

「もしかしたら、俺たちが知らないだけで、青やオレンジ色以外に、白い飴もあるのかもしれないな。透明の飴とか」

「透明の飴って、なんとなく影響力なさそうだね」

「なんの感情も持たない失敗作ってところか」

 ひとまず、僕たちはオレンジ色の扉を開けて、そこから飴をいくつか盗む計画を立てた。


 放課後――

「ウェルカム」

 今日もまた、クラウンと音楽隊の演奏が僕たちを迎え入れる。

 警戒されないように、僕は、なるべく自然な笑顔を心がけた。

「2人とも、チケットをそちらにどうぞ」

 金色のチケットを入れると、昨日と同じオレンジ色の飴が出てくる。

 すごく緊張していて、不安もあるけれど、これはチケットを作った時の僕の感情の色。

 真琴のチケットからも、オレンジ色の飴が出てきた。

 もし、今日の帰りにまたチケットを作ってもらうことになったら。

 今度は、金色のチケットにならないかもしれない。

 いくら華やかな舞台の後だったとしても、楽しい気持ちでいられる自信はない。

 そもそも、舞台を見ている余裕だってないかもしれない。

 青の飴を作り出す銀のチケットが出てきたら、クラウンはどう思うだろう。

 僕たちがなにかを探っていることに、気づいてしまうかもしれない。

 つまり、今日を逃したらかなりまずいことになる。

「それでは、舞台には近づきすぎないように。扉の中は決して覗かないように。他、見回ってくださって構いません」

 いつものように言い残して、クラウンが去っていく。

 やっぱり入って行ったのは黒い扉の中だった。

「新しく別の客が来たら、また出てくるかもしれないね」

「ああ。けどおそらく、芸をしている最中にそれはないだろう」

 これまで、僕たちが来た時点で、芸が始まっていたことはない。

 偶然、タイミングがよかっただけかもしれないけど。

 少し待たされることもあったし、ある程度、客を集めてから披露するのだろう。

「いまオレンジ色の扉を開けるわけにはいかないし、ひとまずこのオブジェ、調べてみる?」

「そうだな」

 ついさきほどチケットを入れたオブジェは、昨日と同じくらい飴を蓄えていた。

「どこか取り出す方法があると思うんだけど……」

 よく見ると、温かみのある色に紛れて、ポツンと青色の飴を見つける。

 真琴の飴じゃないだろうか。

「ねぇ、真琴の飴がまだ残ってるよ」

「上から取り出すものじゃないのかもしれない」

「下の方から取り出すのかな」

 しゃがみ込んで下の方を確認してみるけれど、取り出し口のようなものはない。

「底から取り出す仕組みか」

「でも簡単にはひっくり返せそうにないし、そんなことしたら、さすがに音楽隊がクラウンを呼びつけるんじゃ……」

「となるとやっぱり、あの扉だな……」

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