第7話 サーカスの演者たち
「見回っていいとは言われてるけど、扉の中を覗くのは禁止されている。クラウンに見つかるわけにはいかない」
扉の向こうのクラウンに聞こえないように、小さな声で真琴が話す。
「音楽隊にも気づかれないようにしないと」
音楽隊は、扉に背を向けるような形で演奏していた。
「大きな音さえ立てなければ大丈夫そうだな。他の客は……」
「3人いる。でも、みんな音楽隊の方を見ているよ」
感動しているようにも見えるし、少しぼんやりしているようにも見える。
「あの感じなら、俺たちのことなんて気にも留めないだろう」
真琴は少しだけ悔しそうに漏らした。
お客さんの雰囲気が、どことなく彰くんに似ているからだろう。
「オレンジ色の扉からは、昨日、男の子と女の子が出て来たね」
「控室かもしれないな。今日も中で待機している可能性がある」
そうなると、残る扉は白と青。
僕たちは顔を見合わせると、黒い扉から一番離れている青の扉の前に立った。
周りを気にしながら、僕は耳をぴたりと扉にくっつけてみる。
「どうだ、悠一。なにか聞こえるか?」
「ううん……なにも聞こえない」
「それじゃあ……開けてみよう」
そう言ったのは真琴だ。
彰くんも少しは気になるようだけど、やっぱりどこかぼんやりしたまま。
それでも、僕たちのやることを止める様子はなく、見守ってくれていた。
ゆっくりと真琴がノブをひねる。
音を立てないようにして開いた扉の隙間から、僕たちはそっと中を覗き込んだ。
「……なんだ、あれ」
部屋は、思ったよりも狭かった。
真ん中にテーブルが置かれているけれど、そこに椅子は用意されていない。
人が5人くらい入ったら、ぎゅうぎゅうになってしまいそうな広さだ。
テーブルの上には透明な器。
そして器の中には、青色の飴がいくつか入っている。
昨日、真琴のチケットから出て来た飴も、たしかあんな色をしていた。
「クラウンのやつ、真琴の飴を見て珍しいって言ってたよね」
「ああ。実際、青色の飴は数が少ないみたいだな。入り口にあるオブジェの中のものは、だいたいがオレンジ色だった」
僕は好奇心を抑えられずにいた。
チケットから作られた飴がいったいどんな味なのか。
そもそも食べれるものなのかどうかもわからないけど。
一歩、部屋の中へと足を踏み入れる。
「悠一、気を付けた方がいい」
真琴にうなずき、僕は警戒したまま器の中の飴を掴み取る。
すぐさま、足音を立てないようにして、真琴と彰くんが待つ部屋の外に出た。
扉を閉めて、深呼吸する。
「3つ取ってきた」
「よくやった。バレないといいけど……」
「何個あったかなんて、数えてるかな」
そんな話をしていると、隣にあるオレンジ色の扉が開いた。
僕たちは慌てて距離を取る。
中から出てきたのは、昨日と同じ女の子や男の子。
僕たちのことはとくに気にしていないようだ。
目を合わせようともしない。
「ずいぶんそっけないな」
「これからあんなすごい芸をするんだし、緊張してるのかも」
舞台にあがっていく子たちに目を向ける。
自分の予想とは裏腹に、その子たちが緊張している様子はなかった。
ほんのり笑みすら浮かべている。
「すごい……全然表情を崩さないなんて、いかにもプロって感じだね」
真琴は、僕の言葉に同意するでもなく、じっと舞台上の子たちを見つめていた。
「真琴……?」
そういえば、舞台に近づき過ぎないように言われていたけれど、いまの僕たちは大丈夫だろうか。
「もう少し離れた方がいいかな」
僕の言葉は届いていないのか、彰くんはぼんやりしたまま。
真琴も、じっと舞台の上の子たちを見つめたままだ。
「真琴、聞いてる? 離れない?」
「ちょっと待ってくれ。あの子たち、なにかがおかしい」
真琴に言われた僕は、視線を舞台の上に戻す。
「……なにが変なんだ?」
「なんか……人間らしくないというか……」
「人間らしくない?」
「人形みたいに見えるだろ」
光の加減なのかもしれないけれど、透き通って見える肌に、オレンジ色の瞳。
不思議な雰囲気であることには違いないけど……。
「海外には、人形みたいにかわいい子だっているよ」
「そうじゃない。少し……ぼんやりしてるんだ」
真琴はちらりとと彰くんに目を向ける。
僕も釣られるように彰くんを見た。
ぼんやりした彰くんは、なんていうか生気がない。
真琴が言う人形みたいって、そういうことなのかな。
あらためて舞台の子たちを確認してみる。
微笑みながら、光の玉を作り出す彼女たちは、真琴の言う通り、ぼんやりしていた。
あの子たちはいったいどこを見ているのだろう。
目がずっと遠くを見ているみたい。
注意深く観察していると、ふとあることに気づいた。
「……あの子たち、全然まばたきしないね」
「やっぱり、どこかおかしい」
「気になるけど……ひとまず離れよう」
もしクラウンが出てきたら、舞台に近づきすぎだと言われてしまうだろう。
僕たちは扉と舞台から離れ、設置されていたソファの1つに3人並んで腰かけた。
その後すぐ、舞台上の温かな光に心を奪われていく。
いまの僕も、他のお客さんや彰くんみたいにぼんやりしてしまっているのかもしれない。
ただ舞台だけを見ていたい、そんな風に思ってしまう。
この光の演出を見るのは2度目だけれど、やっぱり理解出来なかった。
まるで魔法だ。
そんなものあるはずないのに。
疑うよりも先に、わくわくした感情があふれてくる。
芸を披露してくれた子たちが去って行った後も、心臓がドクドク音を立て続けていた。
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