第6話 二度目のサーカス
放課後、僕と真琴は通学路にある路地の前で彰くんを待ち伏せすることにした。
「授業中、いろいろ考えたんだけど。このチケットで気持ちが冷めるんだとするよ? 彰くんはたくさんチケットを作ったせいで、いろんな気持ちが冷めてるんじゃないかな」
そんなことあるはずがない。
いつもなら、そう思っていただろう。
真琴だって、僕を笑ったはずだ。でも、いまは笑っていない。
「そうなのかもしれない」
僕たちは実際にチケットを手にして、気持ちが冷めてしまったから。
無気力とまではいかないけれど、心が落ち着いてしまったのだ。
「そういえば、クラウンのやつ……」
「クラウンってのは、あの男のことか?」
「うん、そういう名前みたい。たしか舞台に近づきすぎないようにって言ってたよね。あと扉の中は覗かないようにって」
「ああ、そこに秘密があるのかもしれないな」
サーカスや手品の裏側を見るのはいけないことだとわかっている。
けれど僕たちは、裏側を知る必要がある。
「ねぇ真琴……覗いてみる?」
「覗かないことには、先に進めそうにないな」
僕たちは顔を見合わせうなずいた。
正直なところ、少しワクワクしていた。
たぶん、真琴も同じだろう。
彰くんのことはもちろん心配だけれど、元々僕たちは好奇心旺盛で、ダメだと言われたら覗きたくなってしまうタイプなのだ。
テープをくぐってテントを覗いたのだってそう。
してはいけないことだけど、ついやってしまっていた。
あの不思議な音楽が、僕の感情を高ぶらせたのだ。
「舞台に近づかないようにってのは、危ないからかな」
「手品のネタがバレてしまうからだということも考えられる。近づいたところでわかりそうにないけどな」
「僕たちでサーカスの秘密を暴いてやろう!」
そうこうしているうちに、彰くんがやってきた。
「あ、彰くん!」
僕が声をかけると、ゆっくり顔をあげてこちらを見る。
真琴の言う通り、少しぼんやりして見える。
まるで風邪でもひいたみたい。
「悠一くん。久しぶりだね」
彰くんはぼんやりしたまま、僕に答えてくれた。
「真琴から聞いたんだけど、彰くん、最近サーカスによく行ってるんだって?」
「行ってるよ。もう何日も通っている」
「そのサーカス、楽しい?」
「ああ、楽しい……と思う」
楽しいと言うわりには、あまり楽しそうじゃない。
「いまはサーカスくらいしか、楽しいと思えるものがないんだ」
去年までは一緒にゲームをしたりして、楽しんでいたはずなのに。
なんだか寂しくて、僕はすがるように真琴に視線を向ける。
「……兄さん、俺たちもサーカスのチケット手に入れたんだ。今日は3人で行こう」
彰くんは、真琴の誘いに少しだけ頬を緩める。
「そうか。2人もあのテントを見つけたんだな。いままで誰ともサーカスの話が出来なかったから嬉しいよ」
ぼんやりしているけれど、彰くんはちゃんと嬉しいって思ってくれている。
些細なことかもしれないけれど、いまの僕たちにとって、それは些細なことではなかった。
不思議な音楽に引き寄せられながら、僕たちは路地に入り込む。
そこにはまた一匹の黒猫。
「ウェルカム!」
そしていつものようにクラウンが僕たちを迎え入れてくれた。
舞台の上では音楽隊がアコーディオンを演奏している。
「おや、今日は3人一緒なのですね」
「ちゃんと3人ともチケットを持っています」
「それなら大歓迎だよ」
彰くんが入った後、僕と真琴が続く。
飴がたくさん入ったオブジェの前に立つと、僕たちはそれぞれチケットを取り出した。
彰くんのチケットは、僕たちのチケットとは違っていて、少しだけくすんでいるように見える。
彰くんは、飴玉がたくさん入ったオブジェに慣れた手つきでチケットを差し込んだ。
チケットはシュルシュルと細い糸に変化した後、飴玉に。
ほんのり温かな色味を帯びていたけれど、ほとんど透明に近かった。
僕が入れたチケットは、オレンジ色の飴玉に。
真琴のチケットも、今日はオレンジ色の飴玉に変化していった。
「それでは、舞台には近づきすぎないように。扉の中は決して覗かないように。他、見回ってくださって構いません」
クラウンは僕たちにそう言い残すと、奥にある扉の方へと向かう。
昨日は確認していなかったけど、今日はしっかりとその背中を目で追いかけた。
黒い扉、白い扉、オレンジ色の扉、青い扉。
クラウンが入って行ったのは、一番左にある黒い扉だ。
「ねぇ、真琴。あの4つの扉、中で繋がってるってことはないかな」
「ないとは言い切れない」
「どうやって調べればいいんだろう」
「とりあえず近くまで行ってみるか?」
「行こう。彰くんは……」
彰くんは、舞台に目を向けたまま、ぼんやりしていた。
「兄さん、サーカスの裏側について、知りたくない?」
「サーカスの裏側?」
「どうしてあんな芸が出来るのか。その秘密を探るんだ」
本当はどうして彰くんがぼんやりしてしまったのか、その秘密を探るつもりだけど、直接言うわけにはいかない。
「……知りたい」
彰くんの瞳に光が灯ったような気がした。
やっぱり、僕たちと同じで好奇心旺盛な彰くんはまだ残っているみたい。
ほっとしながら、僕たちは扉の方へと向かった。
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