第4話 サーカスの出し物
テントの中は、温かい光で満たされていた。
明るすぎない夕暮れみたいな空間。
入り口のすぐ近くに、2メートルくらいの透明なオブジェが置かれていて、中にはたくさん飴玉のようなものが入っている。
その先には、円形の大きな舞台。
教室1つ分くらいあるだろうか。
舞台の上では4人の音楽隊がアコーディオンを演奏していた。
不思議な音楽は彼らが奏でているようだ。
そのさらに奥には、いくつかの扉。
「ここ、テントの中か?」
真琴が言うように、テントの中とは思えない。
外からは、これほど大きなものには見えなかった。
奥の扉はおそらく木で出来ていて、おしゃれな装飾が施されている。
黒い扉に白い扉、オレンジ色の扉に青い扉。
どうしてあんな扉があるのだろう。
僕たちが入って来た入り口は、シートのようなものだったのに。
「チケットを、そこの挿入口から入れてくれるかな」
クラウンが飴玉の入ったオブジェをスティックで差す。
そこにはチケットが入りそうな長方形の穴が、一か所あいていた。
さっそく金色のチケットを差し込む。
シュルルルルル――
吸い込まれたチケットは、オブジェの中で細い糸へと変化していく。
金色の糸は絡まり合い、やがて球体に。
「チケットが、飴玉の正体だったのか」
僕が呟くと、クラウンが近くで楽しそうに笑った。
「正解。とてもきれいな色をしているね」
出来あがった飴は、オレンジ色に光って見える。
続いて真琴も、チケットを差し込む。
銀色の糸が絡まって、出来あがったのは青色の飴玉。
「やはり珍しい色にしあがったね」
どこか納得したようにクラウンが呟いた。
「ステージが始まるまでもう少し待っててくれ。その間、自由に見回ってくれて構わないからね。ただし舞台には近づきすぎないこと。それと、向こうの扉の中は決して覗かないこと」
そう言い残し、クラウンは奥の扉へと歩いて行く。
どうやらついて行く必要はなさそうだ。
「真琴、どうしようか」
「自由に見回っていいって言われたな」
舞台の周りを、真琴と一緒に歩いてみる。
くつろげるようにか、そこにはいくつかソファが置かれていた。
2人掛けのものや、もう少し大きいもの。
詰めればもっとたくさんのイスを並べられそうだけれど、舞台を観れる人数は、限られているようだ。
僕たちが見回っている最中も、不思議な音楽は鳴りやまない。
誰かがウロチョロするくらい当たり前なのか、音楽隊は僕たちのことなどお構いなしで、別の方向を見ていた。
それから少しして、オレンジ色の扉から人が現れた。
僕たちは慌てて近くのソファに腰掛ける。
見た目は僕らと同い歳か、少し上くらい。
男の子が2人に女の子が2人。
4人現れたところで扉は閉められた。
女の子の方はレースのついたスカートで、まるで人形みたい。
「あの恰好でなにか芸をするのか?」
「スカートじゃ難しそうだけど……真琴、サーカスって見たことある?」
「いや、CMで見たことあるくらいだ」
僕も真琴と同じで、サーカスをよく知らない。
空中ブランコだったり綱渡りを思い浮かべていたけれど、あんな恰好でするものじゃないだろう。
場所を譲るように、音楽隊が後ろに下がる。
それと同時に、辺りが少しだけ暗くなった。
2人の女の子は、舞台の真ん中で手を繋いだ後、ゆっくりと外側に向かって歩き始める。
繋がれていた2人の手元から、赤い紐状のものが現れた。
なにか細工があるんだろうけど、まるで手の中から紐が出ているみたい。
手品だろうか。
数メートル離れると、2人は手をひらひら振ってみせた。
連動するようにゆらめいた紐が光を放つ。
ゆらめく紐に留まり切れなかったかのように、光の筋が空中へと飛び散っていく。
やがて飛び散った黄色、オレンジ色、白色の光は、自由に空中を漂い始めた。
「……ど、どういうこと?」
僕は目を奪われたまま、隣の真琴に問いかける。
「わからない……。どこかから光が当たってるのか?」
いま、僕たちはなにを見せられているのだろう。
パソコンを使っているわけでもなければ、周りに光をあてるような装置も見当たらない。
光る紐の残像が、僕たちの目には自由に飛び回っているように見えるのか。
女の子たちが縄跳びでもするかのように、ぐるぐる紐を回し始めると、今度は中から球体の光が生まれて、さきほどの光同様、ふわふわと空中を漂い始めた。
少しだけ奥が透けて見える。
光の玉はぐにゃぐにゃと形を歪ませながら、少しずつ下降していく。
地面に落ちても割れることはなく、やわらかそうにポヨンと跳ねあがった。
そのタイミングを見計らったかのように、何もしていなかった男の子が、光の玉へと飛び込んでいく。
「あっ!」
僕は思わず声をあげていた。
玉が、男の子を包み込む。
そして、もう1つ出来あがった光の玉にも、別の男の子が入り込んだ。
女の子たちは手にしていた紐を地面に置くと、男の子たちが入った光の玉を、下から優しく撫であげる。
たったそれだけのことで、光の玉は上昇していく。
「ねぇ、真琴! 男の子たち入ってるよね?」
「入ってるはず……だ。そう見えるだけなのか?」
人の入った玉が宙に浮くはずない。
見えないワイヤーで吊るしているんだろうか。
光の玉の中で、男の子たちはゆっくりと回り始める。
もう一度、紐を手にした女の子たちが、いくつもの玉を作り出すと、小さな玉は、僕たちの近くにまで飛んできた。
テントから漏れていた光はこれに違いない。
不思議な音楽と、温かな光。
そして浮遊する光の玉を目で追いかけていく。
追わされているのかもしれない。
なぜだか目が離せない。
思わず頬が緩む。
こんなにも温かくて、心の奥をくすぐられるような体験は初めてかもしれない。
気持ちいい。
ずっとここにいたい。
ここは、不思議な音楽と温かい光に満ちた最高の空間――
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