第3話 いざサーカスへ

「おい階堂、席に着け!」

 後ろから声をかけられハッとする。

 周りの生徒がクスクス笑っていた。

 担任の新圧先生が、教卓から呆れたようにこちらを眺めている。

「す、すみません……」

 僕は慌てて、真琴の席とは少し離れた自分の席に座った。


 彰くんがおかしい。

 しばらく遊べていなかったのは、高校が理由ではないようだ。

 絶対にそうとは言い切れないけど、真琴はたぶんサーカスが関係していると思っている。

 あんなに楽しそうな場所なのに。

 彰くんだって、最高の空間だって話しているのに。

 だけどあそこは『立ち入り禁止』のテープが張られていた。

 いったいどういうことだろう。


 放課後、真琴と一緒に校門を出た。

 昨日も途中までは一緒に下校しているけれど、真琴の家の方が中学校に近い。

「昨日、真琴と別れた後、少し歩いたところで音楽が聞こえてきたんだ」

「それが、サーカスの音楽なのか?」

「たぶん。テントから聞こえてきた」

「俺の家と、悠一の家の間くらいにあるってことか」

 今日もまたたどり着けるとは限らない。

 けれど、僕は招待されている。

 チケットだって持ってきている。

「本当は、悠一を止めるべきなのかもしれない。けど、兄さんがあんな風になった理由がそこにあるなら、俺は知らなくちゃいけない」

「……彰くんは、何度もサーカスに行ってるのかな」

「最初は悠一と同じで、サーカスを見つけたって話してくれた。そのときは、いつもの兄さんだったよ。それから、俺がサーカスについて聞くたび、行ったって話してくれた。聞いたのは5回くらいだったかな」

「真琴は行きたいって言わなかったのか?」

「言ったよ。でも招待された人しか入れないって言われたんだ」

 サーカスの人は、特別に招待すると言っていた。

 彰くんは、それで真琴を誘えなかったのかもしれない。

「悠一は招待されてるんだろ?」

「うん。昨日、気づいたらチケットを持ってたんだ」

「気づいたら? それが招待されたってことなのか」

「たぶんね。僕はチケットより先にサーカスのテントを見つけたよ。だから真琴も、そこまで行けばチケットをもらえるかもしれない」

 とりあえず、僕は昨日と同じように家に向かうことにした。

 いつもなら真琴と別れる交差点を通り過ぎ、一緒に歩きながら耳を澄ませる。

「ここら辺だったと思うんだけど……」

 カバンからチケットを取り出してみる。

 すると、まるで僕を誘い込むように、あの音楽が流れてきた。

 昨日聞いた、不思議な音楽。

 自然と心が弾んでしまう。

「こっちだ、真琴!」

 はぐれないように真琴と手を繋ぐ。

 普段だったらこんなことはしないけど、手を繋いでいないと、僕だけが路地に入り込んでしまうような、そんな気がして。

「……こんな路地、あったか?」

「昨日、僕もはじめて来た」

「やっぱり、ここはないはずの路地なんだな」

 お互い握る手に力がこもる。

 少し歩くと、音の出どころであるテントが視界に入り込んできた。

 一匹の黒猫が、また見張り番のようにこちらを見ている。

「ここがサーカスか」

 少しだけめくれたテントの入り口から、温かなオレンジ色の光が漏れていた。

 学校で真琴と話していたときは、少し怖い気もしたけれど、徐々に恐怖心が薄れていく。

 きっとこの音楽と光が、そうさせているんだ。

「行こう」

 真琴に声をかけて、立ち入り禁止のテープを潜り抜けた先、入り口の前に立つと、心臓の鼓動がドクドクと音を立て始めた。

 これは緊張なんかじゃなくて、興奮しているんだと思う。

 真琴と一緒に、入り口から中を覗いてみる。

「ウェルカム」

 帽子を乗せた派手なメイクの男性が、僕たちと同じように、向こうからこちらを覗き込んできた。

 クラウンだ。

「うわぁっ」

 真琴が驚いて声をあげる。

 その拍子に、繋いでいた手も離れてしまう。

「おや? 君は招待したけれど、君は招待していない子だね? どうしてここに?」

「その、悠一に連れてきてもらいました。俺にも、チケットください」

「うーん……」

 クラウンは、わざとらしく首をかしげてみせる。

 どういった基準があるのかはわからないけど、ここまで来たのだから、真琴と一緒に入りたい。

「真琴にチケットをあげられないのなら、僕も今日は入りません」

「それはそれは……せっかく用意したチケットが台無しになってしまう」

 入り口から出て来たクラウンは真琴の前に立つと、どこからかスティックを取り出す。

 たしか昨日もあのスティックを見た。

 スティックの先が、真琴の胸元に触れる。

「不安、不信、恐怖、期待、興奮、緊張……いろんな感情が渦巻いているね。とりあえず1枚、君のチケットを作ろうか」

 そう言うと、クラウンは2回ほど真琴の胸元をスティックでつついた。

 一瞬、視界がぼんやり歪んで、なにか起こったのかよくわからなかったけど、次の瞬間、ひらひらと1枚の紙きれが真琴の目の前に落ちてきた。

「これ……」

 すかさず真琴が紙切れをキャッチする。

 僕とは違って銀色だけど、キレイな模様が描かれたチケットだ。

「さぁさぁどうぞ、おふたりさん。チケットをお持ちなら大歓迎」

 真琴と顔を見合わせ、お互いうなずく。

 クラウンがめくるテントの入り口から、足を踏み入れた。

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