第2話 サーカスの影響

 翌日、教室のドアをくぐると、すでに席に着いている幼なじみのもとへと駆け寄った。

「おはよう、真琴!」

「おはよう。今日はいやに元気がいいな」

 真琴は少し眠そうに、あくびをかみ殺す。

 夜遅くまで、勉強でもしていたのかもしれない。

 もうすぐ1学期最後の期末テストがある。

 真琴は成績優秀で、小学校の頃からよくテストで満点を取っていた。

 こないだの中間テストでも、たしか学年で5番くらいだったかな。

 僕の成績とは比べ物にならない、自慢の幼なじみだ。

 そんな成績優秀で、一見、真面目に見える真琴だけど、幼なじみである僕は知っている。

 真琴が僕以上に好奇心旺盛だということを。

「実は昨日、おもしろいものを見つけたんだ! 僕んちの近所に! なんだと思う?」

「おもしろいもの……?」

「たぶん真琴も好きなやつだ!」

「俺が好きなやつ……隕石か?」

「そういうんじゃないけど」

 真琴が首をひねりながら考えている間も、待ちきれず言いたくなってしまう。

「時間切れ。正解は、サーカス! サーカスのテントを見つけたんだ!」

「サーカス……?」

 好奇心を刺激された真琴は、期待に満ちた表情で僕を見つめる。

 ……そんな僕の予想は外れ、実際の真琴はなぜだか眉をひそめていた。

「あ……嘘だと思ってるんんだろ? 本当だよ。近所の路地に……いや、路地はないんだけど……えーっと……」

 自分でも、おかしなことを言っていると気づく。

 真琴の家も僕の家からそう遠くはない。

 近所にサーカスなんてあるはずがないと、そう思っているんだろう。

「チケットをもらったんだ。特別に招待するって……」

「それって招待されていない者には、たどり着けない場所にあるんじゃないか?」

 いやに真剣な表情で真琴が告げる。

「そんなこと……」

 ないとは言い切れない。

 なぜなら、僕はあのとき、気づいたら通学路にいた。

 路地からどうやって戻って来たのか、わからないのだ。

 それに、なんといってもあのテントの雰囲気。

 普通じゃない。

 そもそもサーカスのテントってのが、非日常的で、僕にとっては普通じゃないんだけど。

「悠一、そのサーカスに俺も連れていってくれ」

「なんだ、やっぱり真琴も気になるんだな」

 そう思ったけど、真琴の表情はあいかわらず真剣そのもので、まるで深刻な話でもしているみたい。

 そんなつもりで話したわけじゃなかったんだけど。

「乗り気じゃないなら、別に……」

「兄さんが……悠一と同じように、サーカスの話をしていたんだ」

 真琴には、2つ年上の兄がいる。

 去年までは、真琴の家に行くたび顔を合わせていたし、よく一緒に遊んでいた。

「そういえば最近、彰くんと会っていないな」

 家に行っても、自分の部屋から出てこないのだ。

 高校生になって、勉強や部活、バイトなんかで忙しいのかも……そんな風に考えたこともあったけど、それ以上、あまり気にしていなかった。

「彰くんも、そういうの好きそうだもんな!」

「普通のサーカスじゃないんだろ?」

「うん。近所なのに真琴の知らない場所にあるしね」

「けど、兄さんと悠一は知っている」

 サーカスが普通じゃないと思えば思うほど、僕の胸は高鳴っていく。

 ただ、ニコリともしない真琴の表情を見て、なにか嫌な予感がした。

「彰くん、サーカスのことどう話してた?」

 もしかして、とんでもなく危険な演技を見せられるとか。

 そういうのは、見ててハラハラするだろうし、ちょっと怖いかもしれない。

 少し警戒したけれど、

「不思議な音楽と温かい光に満ちた最高の空間……そう聞いている」

 真琴は、そう教えてくれた。

「よかった……。やっぱりいい場所なんだ? でも、なんで真琴はそんな変な顔してるんだよ」

「楽しい場所に行ってるはずの兄さんが、楽しそうじゃないんだ」

 楽しい場所なのに、楽しそうじゃない?

「どういうこと?」

「誰にも言わないで欲しいんだけど……」

 真琴がそう前置きする。

「彰くんのこと? 真琴がそう言うなら、誰にも言わない」

「最近、悠一がうちに来ても、兄さん出てこないだろ。悠一が来た日だけじゃない。なんていうか……ちょっと、半分、引きこもりみたいで」

「引きこもり? 彰くんが?」

 引きこもりっていうのは、学校でいじめられたりだとか、精神的にダメージを受けた子が取る行動だと思っていた。

 まさか彰くんが、そんな目にあってるんだろうか。

「高校で、なにかあったのかな」

「それはわからない。全部を俺に話してくれるわけじゃないからね。一応、高校には行ってるよ。だから……半分。うちに帰ってきたらもう、部屋にこもりっきりなんだ」

 それくらいなら、真琴が思うほど、深刻じゃないのかもしれない。

「1人で勉強でもしてるんじゃない? なんか頭のいい高校行ったんだろ」

 真琴は、ゆっくりと首を横に振る。

「頭のいい高校だってのはあってるけど。たぶん、勉強とかそういうことじゃない。前に兄さんとゲームでもしようかと思って、部屋を覗いてみたことがあるんだ」

 僕を見る真琴の視線が、戸惑うように揺らめいた。

 すごく深刻で、不安そうな顔。

 釣られて僕まで不安になってきた。

 押し寄せてきた不安が、周りの音を遮断する。

 教室には他にも生徒がいて、うるさいはずなのに。

「兄さんは……なにもしていなかった」

 真琴のその一言が、僕の背筋を凍らせた。

 なんで、怖いと思ったのかはわからない。

 悪いことや、危険なことをしていたわけでもないし、安心していいはずなのに。

 なぜか、どうしようもなく、それが怖いことのように思えた。

 真琴が、怖がってるからかもしれない。

「寝てたとかじゃないのか……?」

「寝てたならまだいいよ。兄さんは、ただボーっとしてたんだ」

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