感情サーカス

りっと

第1話 サーカスとの出会い

 夕日に向かう帰り道、どこからともなく音楽が聞こえてきた。

 勝手に心が弾んでしまいそうな、不思議な音。

 僕は、その音に引き寄せられるようにして、通学路から脇道に逸れると、路地に入った。

 うちからたぶん5分くらいの距離。

 元々空き地だったかな。

 家が一軒建ちそうな空間に、大きなテントが建っている。

 僕たちがキャンプで使うようなテントとは違って、赤だったり黄色だったり、すごくカラフルだった。

 テントを取り囲むようにして、立ち入り禁止のテープが張られている。

 でも、テントの中にはだれかいるはず。

 入り口が少しだけめくれていて、そこからオレンジ色の光が漏れている。

 さっき耳にした音楽も、テントの中から流れ続けていた。

 音楽に紛れるようにして、心臓がトクン、トクンと音を立て始める。

 中でなにが行われているんだろう。

 腰の高さに張られたテープは、抜けようと思えば、簡単にくぐり抜けられる。

 ただ、それは『してはいけないこと』

 周りを見渡してみるけれど、そこに人の姿はない。

 一匹の黒猫だけが、テントの傍からこちらを見つめていた。

 僕はどうしても気になって、テープの下をくぐり抜けることにした。

 期待、緊張、好奇心。

 いまの自分の感情は、いったいなんだろう。

 テントの入り口からそっと中を覗き込むと――

「ウェルカム」

「う、うわぁああっ!」

 同じようにこちらを覗き込む存在と、ばっちり目が合った。

 突然、目の前に現れた存在は、白い肌に派手なメイクの男性。

 小さな帽子をちょこんと頭に乗せて、黒いジャケットを着込んでいた。

 僕を映し込んだ瞳が、ニヤリと笑う。

「す、すみません」

 いますぐ逃げよう。

 そう思うのに、足がすくんで動けない。

「私はクラウン。少年、逃げることはない。君を歓迎する」

 笑みを浮かべた男性――クラウンの言葉を理解しようと、思考を巡らせる。

「……僕、怒られたんじゃないんですか?」

「ええ。君が気になったのはこの音楽? それともこの光かな?」

 テントから聞こえてくる音楽も、漏れてくる光も、このテントの存在も、なにもかもが不思議で、僕の感情は高ぶっていた。

 目の前のクラウンが、手にしたスティックで空中に円を描く。

「特別に招待しよう」


 気づくと、僕はいつもの通学路に立っていた。

 夕日はすでに沈みかけている。

 さっきまでテントの前にいたはずなのに。

 そこにいたクラウンと名乗る男の人が歓迎してくれたはずなのに。

 結局、テントの中をまともに覗くことは出来なかった。

 テントはたしか路地に――

「路地……」

 どっちだろう?

 路地が見当たらない。

 中学に入って1年以上経っているけれど、寄り道をしたのはこれが初めてだ。

 そして寄り道をした路地がなぜかいまは見当たらない。

 足元を見下ろすと、視界にキラキラしたなにかが飛び込んできた。

「これ……」

 僕の手に、1枚の紙きれが握られている。

 金色に光るそれは、なにかのチケットみたい。

「……サーカスの入場券?」

 あのテントの中で行われていたのはサーカスだったのか。

 せっかく招待されたのに、テントが見つけられなければ意味がない。

 耳をすましてみても、もう音楽は聞こえなかった。

 仕方ない、また明日探すとしよう。

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