第3話 長い散歩

メランに案内された無料解放されている市営のドッグランは、様々な犬種のワンコ達と飼い主で賑わっていた。


「ちょっと情報を仕入れてくるから、お前はそこで待ってろ」


犬のようにな。


可愛い顔をしてそんな毒を吐くメランに、俺はショックを通り越して無に帰していた。

喋ることは認めたとしても、想像していた愛犬とは程遠い違いがあった事はまだ受け入れ難いものだ。


俺の腕からぴょんと飛び降りたメランは、積極的に他のワンコ達に近寄っていった。対になってお互いの鼻を近付けている。メランはその行為を何匹もの犬と交わし、しばらくすると俺の元に帰ってきた。


「抱き上げろ」


俺はかがみ込んでメランの言われた通りにするが、顔は引き攣って腰は引けていた。あの可愛いメランが、自分にこんなにも冷たく命令口調である。まるでメランは恐ろしい軍曹みたいだった。自分は新米の兵士と言ったところであろうか。決定的な上下関係を見せつけられ、俺は心の中で涙するしかなかった。


「今から言う住所までメランを連れて行け。メランも道が分からないから、自分のケイタイでちゃんとナビして行けよ、このポンコツ」


俺の想像した、可愛いメランはもうどこにもいなかった。やはり現実は残酷である。俺は、そう自分に言い聞かせる事で、この摩訶不思議な体験を受け入れていく事にした。


メランが指示した住所は家から少し遠い子田舎だった。電車とバスを乗り継がなくては、その日に帰る事が出来なさそうだったので、1度家に帰り、メランにワンコ用のキャリーケースに丁重に入ってもらい旅路を急いだ。

電車を降りて、駅のロータリーでバスに乗り換える。

席に座って一息着くと、俺は恐る恐る膝の上に乗せたキャリーケースに入っているメランを覗き込んだ。

キャリーケースに入ってからメランは静かだったので、今までの現実味が蘇り、ひょっとしたら自分の妄想だったのではないかと思い直したのだ。


「どのアホヅラがメランを見てるんだ。目玉を抉り取られたいのか」


聞いて怖気づき、俺はバッと向き直り景色に目線を移した。やはり妄想ではない。俺は、ようやく勘弁した。メランは喋る。そして、本当のメランはこんなにも冷酷で可愛さのかけらもない。


「そういえばお前、他の犬の声は聞こえたか」


俺はメランのただならなぬ威圧感に襲われ、緊張しながらもドッグランにいた時の情景を思い返す。


「そう言えば、聞こえなかったような…」


「物事ははっきり言え。聞こえたのか、聞こえなかったのか」


「聞こえませんでした!」


思わず叫ぶと、乗車していた他の人たちが一斉に俺を見た。赤面した俺は小さく縮こまり、スマートフォンをいじるふりをしてその場をやり過ごす。


メランの尋問は続いた。


「他に自分のペットと会話が出来る人間に知り合いはいるか?」


「…いない…と思います」


「犬神の神社に行った事は?」


「イヌガミ?」


メランは、大きなため息をついた。


「もういい。全くお前はいつも外で何をしてきてるんだ。それか交尾のしすぎで茹でガエルにでもなったか」


憎まれ口は相変わらずで、俺は意気消沈した。メランが高校生の本業を知っているかも定かではなかったので、言い返す事もしなかった。


「まあ、お前だけじゃないから安心しろ。人間は全員茹でガエルだ。いいか、我ら1族は古来より人間にとって1番身近な存在として共に生きてきた。衣食住を共にし、共に助け合い、良い信頼関係を築いてきた。けれど近年の人間達は我々の事を何も知らないみたいだな」


「我々とは…その…犬界ってこと?」


「話すと長くなるから、この話はまた今度気が向いたら話してやる。それより、あとどのくらいか教えろ」


電子版の表示を見ると、次の停留所で降りる予定だった。


慌てて降りる準備をしながらそれをメランに伝えると、尽かさず憎まれ口を叩かれた。


このドアホが、と。

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