第39話 最終決戦1 シャラザールは目覚めました

翌早朝、と言っても夏の北国はほとんど夜がなかったが、外はもう明るかった。

マーマレード軍はなんとか、1万人の兵力をかき集めていた。

ジャルカは取り敢えず応急修理した要塞の一室に入った。


そのベッドにはクリスが眠っていた。

心理的には初めての戦いで疲労困憊しているはずだが、その寝顔には笑みが浮かんでいた。

「すいません。クリス様。我らのためにそのお体お借りします」

ジャルカはそのクリスの体を少し起こすと、口元にグラスに入ったアルコールを少し含ませた。


ダンッ


その瞬間周りに凄まじい威圧感を放つ者がクリスの身体に舞い降りた。


「ジャルカか。いかがした」

「敵ノルディン軍にシャラザール様以上に凄まじい気を放つ者が入ったようです」

ジャルカが報告する。


「ふんっ、ゼウスがマルスに味方するために入ったか」

「恐らくは」

シャラザールの声にジャルカが応えた。

「こちらを」

ジャルカは宝剣をシャラザールに差し出した。

「何じゃ。これは」

「オオクニヌシ様から預かった宝剣草薙の剣でございます」

「剣など何でも良いと思うが」

「まあ、そうおっしゃいますな。天が味方してくれましょう」

「天がな。しかし、向こうにはアフロディアもいるようじゃぞ。それにポセイドンもおる。流石にゼウスとポセイドンの二人を同時に相手にするのは厳しいの」

シャラザールは言った。さすが戦神、既に全能神と戦うつもりは十二分にあるようだった。

「オオクニヌシ様によるとゼウス様はそんなに地界に影響力を与えるつもりはないと。おそらくポセイドン様は戦うつもりはないかと」

「ふんっ。そのような事判るか。不利になればいつでもあやつらは破ろう」

ジャルカの言葉にシャラザールが反論する。

「まあ、左様でございますが、今回の戦いの様子を全天界に見せるようです。なかなか天界の民の手前、卑怯な手は使いにくいかと」


「まあ、良い。ジャルカ。お前はポセイドンの相手をせよ」

「はいっ?」

ジャルカは驚愕した。なぜ下っ端の神が天界No.2のポセイドンの相手をせねばならない。

「不服か」

「私は残虐王の相手をせねばなりますまい」

ジャルカが必死に言い訳する。少し前まではその残虐王の相手をするのも厭だと言っていたことは綺麗サッパリ忘れていた。シャラザール相手にも勝てる可能性のあるポセイドンの相手をするなど絶対無理だった。


「彼奴は昨日の傷がまだ癒えていなかろう。ジャンヌに言って敵の地下牢に捉えられている赤い死神を開放させて、彼奴の相手をさせる」

「赤い死神を?しかし、あやつは残虐王マクシムとアフロディアの子供ですが」

「マクシムは赤い死神の想い人を陵辱し殺させたのだ」

「何ですと。自分の子供の恋人を犯したと」

ジャルカは驚いた。元々、ギリシャ神はやることがえげつないことが多い。しかし、自らの息子の恋人を凌辱の果に殺すなど許されることでは無い。そんな奴を神に戻そうとするなど、もはやゼウスも地に落ちたと言えよう。


「そうじゃ。彼奴は神にあるまじき行いを致しておる。もう地獄に落とすしかあるまい」

シャラザールは当然という顔をした。

「本来ならば余自ら引導を渡すところじゃが今回は相手をしている暇がない。当事者にやらすしかあるまい」

シャラザールは窮余の策だとジャルカに明かした。

「何、ゼウスを倒せばポセイドンの相手は余が行おう。それまで、なんとしても牽制していよ」

「どうなるかは判りませんが、出来る限りの対処は致します」

そう言われればジャルカはもはや頷くしか無かった。

「良し、全軍を集めよ」

そう言うや、シャラザールは立上った。

「御意」

ジャルカは全軍に指示を飛ばそうとその後について出た。



一方ジャンヌはジョンとロバートら1班7名を失ってショックを受けていた。

10名いた班員も残りはブレットとライラの2人だった。さっさと後方に転移していれば少なくともあと5名は救えたはずだった。

自分の判断ミスだった。そもそも班員は軍の兵士ではなくてまだ士官学校生だった。自分が連れて攻撃に参加すべきではなかった。後方にそのまま逃げる生徒たちの護衛として残ればもっと生徒たちの死亡者数を減らせたはずだった。ジャンヌはそう考えると昨日も殆ど寝れなかった。腫れぼったくなった目をこすりながら、野営のテントから起き上がると声をかけられた。


「何だその顔は」

「シャ、シャラザール」

目の前のシャラザールを見てジャンヌは驚いた。

「たった7名を失ったくらいで泣くな」

「何だと」

きっとしてジャンヌはシャラザールをにらみつける。

「余など、自分のミスで1万人を失ったこともある」

「・・・・」

そう言われれば返す言葉も無かった。

「伝染病がはやった時には何の罪もない、数千人の人を爆裂魔術で皆殺しにしたこともある。それに比べればまだマシであろう」

そう言われれば確かに返す言葉も無かった。


「しかしっ」

「ふんっ。まあ反省することは大切なことじゃ。反省できない奴らよりは余程良かろう」

ジャンヌはそう意うシャラザールを不思議なものを見るように見ていた。


「普段ならばこのまま泣いていろと言ってやれるのじゃが今回は戦力が足りん。その方に大切な役目を命じる。良いか」

ジャンヌの目を覗き込んでシャラザールが言った。

「はっ」

思わずジャンヌはその前に跪いた。


「ん、純情な奴は伸びるのも早い。後ろのひねくれた奴など、もう全然伸びんがな」

シャラザールは後ろで不満そうな顔をしているジャルカを見ていった。

「シャラザール様」

ムッとしてジャルカが反論しようとする。

ジャルカをムッとさせる者がいるなどジャンヌは初めて見た。


「ジャンヌよ。敵砦に潜入して地下にいる赤い死神を開放し、そのまま一緒にマクシムを討て」

「はっ?赤い死神が何故味方の指揮官を討とうとするのですか」

信じられないという顔でジャンヌは聞いた。


「その方は判らんか」

シャラザールは残念そうに言った。

「判る訳ありません」

ジャンヌは当然という顔で意う。


「十数年前、赤い死神の恋人が、赤い死神の実の父マクシムによって陵辱されて殺されたのじゃ。そして、それは母のアフロディアも噛んでいた。その事を教えてやれ。そしてお前ら2人で仇を討つのじゃ」

「私もその仇討を手伝うので」

不思議そうにジャンヌが聞く。

「お主らが最適なのだ。頼むぞ」

シャラザールはジャンヌの目を見てそう言うや、体を翻して広場に向かった。

ジャンヌは何故自分がそう言われたかよく判らなかったが、首を振るとシャラザールについて外に出た。

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