第31話 ノザレ退却戦6 赤い死神は形振り構わずシャラザールから逃げ出しました

その瞬間、凄まじい音がしたようにアレクは感じた。

そして、今まで倒れていたクリスから凄まじい魔力が感じられた。さっきの魔力の暴走も凄まじい魔力量を感じたが、これはその比ではなかった。

この魔力量は人ではない。魔王がいたらそうなのかもしれない。これは天災級の化け物じみた魔力量だった。


シャラザールが目を開けた。

ボリスにはクリスが目を開けたとしか見えなかった。しかし、すぐ傍まで転移してきたアレクには化け物が目覚めたとしか感じられなかった。


そして、ボリスは後ろにとんでもない奴が立っているのを知ってぎょっとした。

ボリスの後ろに赤い死神が立っていたのだった。

しまった!

ボリスは失敗したことを知った。

ノルディン軍で一番怖い男が後ろに立っていた。同じ王子とは言え、片や母が貴族のサラブレッドのアレクと母が平民のボリスでは月とスッポンだった。話したことも殆ど無かった。アレクはボリスをゴミとしか見ていなかった。ひょっとしてアレクはノルディンの兵士達を始末するのを見ていただろうか。

殺されるかもしれない。ボリスは恐怖に震えた。



一方シャラザールが目覚める直前にアレクは近くに転移して来た。そして、その瞬間にシャラザールが目覚めたのだ。

それは巨大な魔力の化け物だった。何も知らないボリスが腕の中に抱えていた。

アレクは思わず固まっていた。

やばい。この力は絶対に敵わない。

アレクは恐怖に顔を歪めた。一生の中で恐怖に震えたのは初めてだった。アレクはボリスなど見てもいなかった。


シャラザールは久しぶりに来臨出来て気力がみなぎっていた。


「そこの小童。良くやった。褒めて取らすぞ」

震えて動けなかったボリスに言うや、シャラザールはゆっくりと立上った。

そして、シャラザールはゆっくりとアレクに近づこうとした。


「えっ」

ボリスはシャラザールを止めようとした。

「気にせずとも良い」

とボリスに言うやゆっくりとアレクに歩み寄る。

それをその様をただただアレクに恐怖を感じて震えているボリスは見ていることしか出来なかった。


一方のアレクも両足を震わせて動くことも出来なかった。こちらはシャラザールに恐怖を感じていた。いかん、殺される。アレクは産まれて初めて圧倒的な力量差を感じた。

彼にはそれが可憐なクリスには見えず、存在するだけで辺りを圧倒する無敵の戦神に見えていた。


「そこの小僧。本来ならばここで始末するところじゃが、先程の善行を施そうとしたその方とその方の弟に免じて許してやろう。死にたくなければ今すぐこの地を去れ」

シャラザールはアレクに命じていた。


アレクはコクリと頷いた。許された。ここはつべこべ言わず、逃げるしか無い。


「わああああ、お助けを」

アレクは初めて形振り構わず、大声を上げて逃げ出した。

途中からショート転移を繰り返してあっという間に視界から消えた。


ボリスは呆然とてそれを見ていた。周辺諸国から悪魔のように恐れられているあの赤い死神が、脇目もふらずに逃げ出すなんて信じられなかった。


そしてやっと理解した。自分がとんでもない者を目覚めさせたのだと。


「小童、貴様そこのウィルとか言う小童を背負って、余とともに来い」

シャラザールはボリスに命じていた。

ボリスに拒否権は無かった。本来ならば、敵前逃亡と言うか敵前投降でマクシムに殺されても仕方がなかったが、目の前の化け物に逆らうことなど思いもよらなかった。何しろあの赤い死神が敵前逃亡したくらいなのだから。

ボリスは背負っていた荷物を下ろすと、代わりにウィルを背負った。


「では参ろうか。思い上がった蛮族共に目にもの見せてくれるわ」

シャラザールが言うやボリスもろとも金色の光に包まれて転移した。

シャラザールの反撃が始まった。それはのルディン帝国にとっては恐怖の戦いの始まりだった。

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