第24話 開戦前夜の宴
その日の野営場では、皆はしゃぎまわって、飲み食いした。珍しくアルコールがザクセンから振る舞われて、男達は歓声を上げた。それに、何しろ久しぶりに女の子がいるのだ。士官学校にはジャンヌを筆頭に10名ほどの女性がいたが、彼奴等は男だと男連中は皆認識していた。態度といい、言動と言い、ジャンヌを筆頭に男と変わらぬ行動で、下手したら男の自分たちよりも強くて、たとえ襲いかかっても返り討ちに合うのが落ちだった。過去酔った勢いでジャンヌに襲いかかった上級生がいたが、あっという間に半死半生の病院送りになったのは言うまでもなかった。
でも、クリスは違うと皆信じていた。見た目が可憐、折れそうな体をしているし、男として守ってやりたい対象として見られる女性だった。その体に恐怖の戦神シャラザールが憑依しているとはジャルカしか知らない現実だった。
「クリス様。オレはオレ」
「あなたはデニス」
「じゃあ俺は」
「ダンカンよ」
男達はクリスに名前を呼ばれて喜んでいた。未来の王妃に名前を呼ばれる事なんて平民の自分達には二度と無いことだった。それもこの未来の王妃は顔と名前を一致して覚えてくれているのだ。こんな可愛い侯爵令嬢で未来の王妃様なのだ。名前を覚えてもらっていることは絶対に自慢だった。家族らにも威張って言えることだ。
「ええい、お前ら姉さまにそんなに近づくな」
ウィルがやっきになってさけんでいた。
「ウィル、シスコンがすぎるぞ」
「そうだそうだ」
「そう意うことは皇太子にしろ」
男たちが次々に文句を意う。
「ああ止めて。皆。ウィルは本当にするから」
慌ててクリスが止めようとする。
「えっ、ウィルって皇太子にも同じ態度なの」
「そんなの当たり前だ。あいつ、姉さまを泣かしたら、ただじゃ済ませねえ」
ギロリとウィルは目を怒らせていった。
「凄い、ウィル」
「皇太子を皇太子とも思わないお前は偉い」
「おい、お前らあまりに不敬なことは言うな」
慌ててグリフィズが間に入って注意する。
「まあまあ、グリフィズさん良いじゃないですか」
ここぞとばかりに生徒たちはグリフィズに絡んだ。
それを遠くで見ながら、ジャンヌはは遠くで飲んでいた。
「で、ザクセン。何故お前が出てきた」
ジャンヌは気になっていたことを聞いた。ザクセンは魔導師団長。マーマレード最強師団長なのだ。
魔力の強さは軍ではジャルカについで2番めに強いと言われていた。すなわち現役では一番強い。もうじきジャンヌが実践に投入されれば抜けると言われていたが。
そんな彼が王都を離れてこの地に来ているというのは余程のことだった。
「いやあ、王女殿下がちゃんとしているか見て来いと王妃殿下に命じられまして」
「何、貴様母上のスパイだったのか」
嫌そうにジャンヌが意う。
その顔を見てジョンとブレットが笑った。
「礼儀作法をきちんと守っているか事細かに報告しろと言われております」
「ふんっ、そんなの士官学校に入った時から無理に決まっているだろ」
面白そうに意うザクセンにブスッとしてジャンヌは言った。
「まあ、冗談はさておき、ノルディンの動きに不審な点がありまして」
ザクセンが話しだした。
「やはりそうか」
「ノルディンの最強と言われている3個師団の位置が掴めていないんです」
極秘情報をザクセンが話す。
「残虐王子と馬キチ王子と赤い死神の部隊か」
「ええ、北方演習ということで帝都の北に集結したまでは掴んだのですが。その先が」
「でも帝都からノザレまではどんなに頑張っても3ヶ月はかかるぞ」
「そうは思うのですが、様子を見てこいとジャルカ様に言われまして」
ザクセンが意う。
「そうか。まあ、赤い死神一人なら転移で来れるからな。何か企んでいるかもしれない。全員には注意させよう」
「あまり、不安を煽るのも得策ではないですが」
「まあ、適当に演るさ」
ザクセンの言葉にジャンヌは笑って言った。
その日の宴会は大いに盛り上がった。ただ、皆疲れが出ているのでサツさとお開きになったが。
虫の声がやたらと煩い夜だった。何でこんなに虫がよく鳴くのだろう。
グリフィズの田舎では死者の魂を弔うために虫が鳴くという言い伝えがあった。多くの人が亡くなる前日の夜に虫が一斉に鳴き出すことがあると。大地震とか戦の前にたまにあるとの言い伝えだった。
テントで寝込む生徒らを見回りながら、グリフィズはふと不吉な予感がした。全員無事に王都に帰れるのだろうかと。
「ふっ」
グリフィズは思わず笑った。ノルティンの侵攻はダレルの反乱が未然に防がれたので、後しばらくはないはずだった。グリフィズは不吉な予感を頭の端から追いやった。
しかし、この時の事を後から思い出してグリフィズは後悔するのだった。
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