第8話 ジャルカは暴風王女の登場に頭を抱えました。
マーマレードの王都マーレは暑いほどの日差しが注いでいたのに、この北方のダレルは雲が覆っていてひんやりしていた。
隣の領地までジャルカに転移で連れてきてもらって、そこから乗合馬車に乗って移動して来たのだが、何故か馬車から外を歩いている人を見ることが殆ど無かった。稲は青々と稲穂を付け始めていたが、所々に耕作が放棄された土地が散見されたのが目を引いた。
「あまり人はいらっしゃらないのですね」
クリスは隣のジャルカに尋ねていた。
「本当ですな。もう少し人が出歩いていると思ったのですが」「
馬車の外を見渡して
「いらしてもお年を召した方ばかりのようにも思うのですが。何かあったのですか」
ジャルカは隣の紳士に聞いた。
「さあ、わからないな」
その男の紳士は首を振った。しかし、クリスはその目が泳いでいるのをみた。
「そらあそうさ。お嬢ちゃん。最近治安が良くなくて特にお嬢ちゃんのような若い子は外を出歩かないんだよ」
その前に座っていた。夫婦連れの男の方が言った。
「えっそうなんですか」
クリスは驚いた。マーマレードは今の国王が王について10年以上。しばらく戦乱もなく、民は豊かになって治安も良いはずだった。
よほど酷いところでない限り女の子の独り歩きでも問題ないはずだった。
「お前さん。他所から来た人にそんなこと言ったら不安がるだろ」
「何言っているんだ。お前。こんなかわいいお嬢さんなんだ。気をつけてもらうに越したことないだろう。」
妻が注意したが、夫はクリスに言うのを止めない。
「ここんところ若い女の子の神隠しが2、3起きていてね。皆気にしているんだよ」
「神隠しが」
「そうね。だからあんたも気をつけないよ」
「ありがとうございます。気をつけます」
クリスは礼を言う。
神隠しのことなどクリスは聞いていなかった。
父にダレルに視察に行く件を話した時もその件については何も言われなかった。
もし、神隠しなんて起こっているのを知っていたら、父のミハイル侯爵がこのダレルに来ることなど決して許してくれるはずはなかっただろう。そして、内務卿としてマーマレードの内政を回している父が知らないという事はなにかきな臭いものをクリスは感じていた。
「えっ誰」
そう不審に思っているとクリスは何故か外からの視線を感じた。
外を見渡してもこちらを見ている人はいない。
「どうかされましたか?」
キョロキョロしているクリスを見て、ジャルカが聞いてくる。
「いえ、何でも無いですわ。誰かが見ているような気がしたんですけど気のせいです」
クリスが微笑んだ。
「そうですか」
ジャルカは頷いたが、そのジャルカの視線は遠くからこちらを伺うシャラザールの姿を捉えていた。
馬車は街の真ん中のターミナルで止まった。
流石に街の中まで入ると人通りはあり、クリスはホッとした。
「どうですかクリス様。この領地に来て何か感じられましたか?」
ジャルカが道を歩きながら聞く。
「国に報告されていない神隠しは気になります。それと耕作放棄地が多いように思いました。
後、この領地は今年は街道整備など土木工事の予算が多かったと思ったのですが、ここへ来るまでは全くそれをやっている様子がないのでそこが引っかかりました」
「流石ですな。クリス様」
ジャルカが感心して言った。
事前にここ数年分の領地の決算書類等をクリスには渡していた。クリスはその資料を自分なりに解釈しているらしい。
「で、どうやって調べるんですか」
今度はクリスが目を輝かせて聞いてきた。
クリスは普段は大人しくおしとやかだと思われているが、お転婆度はジャンヌと変わらないのではないかと
密かにジャルカは思っていた。
宿を取って荷物を置くと二人は側のレストランに行った。
北方のノルディン帝国の街パルチラと結ぶ街道はこのダレルは通っていなかったが、峠越えの険しい街道がノルデインとは結ばれていた。
人の通行量はパルチラへの街道の10分の一ほどだったが、西方ノルディンは冬の間はノルディンの帝都モスとの道も閉じられていてマーマレードとの道が命綱になっていたので、そこそこの通行量があった。
この食堂も旅の行商人とかも多く、結構人が入っていた。
空いている6人テーブルに案内される。
「はい、いらっしゃい」
20代と思われる女性が注文を取りに来た。
「飲み物はどうします」
「儂は麦酒を。ディータさんはグリンティーでもよろしいか
「はい。ジャルカ先生」
「えっ。お客さん何の先生なの」
女が聞く。
「儂はしがい無い魔導師でしての。弟子と修行と避暑を兼ねてこの北部の街を少し旅していますのじゃ」
「えっ魔導師様なのですか。すごいですね」
女中が言う。
「魔導師と言っても大したことはありませんが」
笑ってジャルカが言う。
「でも、爺さん。こんなかわいいお弟子さんを連れて旅出来るなんていい御身分だな」
隣の席で騒いでいた男が振り返って言う。
「そうだよ。姉ちゃん。こちらに来て俺達と飲もうぜ」
後ろから他の男が声をかける。
「それはなかなか厳しいですな」
ジャルカが笑っていった。
「何だと爺。俺たちと飲めないというのか」
後ろの男たちが一斉に立上った。
「ちょっとお客さん。止めてよ」
「うるさい。女は引っ込んでろ」
男が女中を突き倒した。
(よし、早速引っかかった)
ジャルカは喜んだ。シャラザールがこちらを睨んでいる時に、地元の兵士らしき奴らが絡んできてくれたのだ。いきなり、ゼウスとの約束が果たせるかもしれない。
ジャルカは今度は自分が突き飛ばされようと立ち上がろうとした。
「俺たちはこの領地の騎士なんだよ。その騎士の言うことが…・・・」
男が言いながらジャルカに絡もうとした時に大きな黒い影が現れた。
男が顔を上げると目の前に巨漢が立っていた。
「何か用か」
巨漢が怒りのオーラを纏って男を見下ろしていた。
4人の男を一撃で倒しそうな巨漢だ。
男たちは一瞬固まった。
「いやあ、すいませんね。同僚が酔っちゃって」
そこに同じ制服を着た男が現れて、取りなそうとした。
「しかし」
「お前ら、この食堂ごと燃やされるぞ」
しゃしゃり出た男が男たちに注意する。
「どうもすいません」
男はジャルカらに頭を下げて行く。
「余計なことをしよって」
ジャルカはブツクサ言っていた。
せっかく迫ってきたシャラザールが巨漢を見て距離をおいたのだ。
ジャルカの策はあっさりと潰れていた。
「ザンさん。ありがとうございます」
小声でクリスが礼を言ったのにザンは驚いて一瞬止まった。
クリスが自分の名を知っているとは思ってもいなかったのだ。
ザンはジャルカとクリスに軽く頭を下げると離れていった。
その先には原色のカラフルな服を来た小柄な男がいた。
そして、ザンの去った後に現れた3人組を見てジャルカは頭を抱えたくなった。
「ジャルカ先生お久しぶりです」
そう言ってクリスの横に座ったのはジャンヌ王女だった。
「お姉さま。お久しぶりです」
驚いてクリスは言った。
今回の視察にジャンヌが参加するとは聞いていなかったのだ。
もっともジャルカも想定していなかったのだが。
「先生。このジョアンナを置いてくなんて酷いじゃないですか」
ジャンヌは自分の偽名を名乗りながらジャルカに文句を言った。
「また、楽しいことを考えているんでしょ。お姉ちゃん。こっちにも麦酒ジョッキで3っつ」
ジャンヌは王女らしくない口調で叫んでいた。
「いやいや、今回はティータさんに現地の視察を考えただけですぞ」
「ふうん。視察をね」
ジャルカが誤魔化そうとしたが、ジャンヌは全然信じていないみたいだった。
「ザンもいらないことするよね」
「ジョアンナはやる気ありすぎ」
「やる気満々だったよね」
ジャルカの横に座った男たちが言った。
なんか横から視線を感じていたのは、ジャンヌらだったのか。
ジャルカは頭が痛くなってきた。
ゼウスには絶対にシャラザールとジャンヌを近づけるなって言われているのに、トラブルのある所に黙っていても絶対に顔を突っ込んでくるジャンヌの性格をジャルカは忘れていた。娘心配のミハイル卿らの動きで漏れたに違いなかった。魔導師団のザンともう一人はミハイル鏡が派遣したに違いないし。
もうこうなったら後は出たとこ勝負だ。
ジャルカは最悪あっさりとゼウスを裏切る決意をした。
***********************************************
シャラザールと暴風王女が邂逅しました。ゼウスの思惑はどうなるのか。
破壊神シャラサールと暴風王女が揃ってダレルの街が無事に済むのか……
コロナ渦で経済は最悪ですが、スカッとする話目指して頑張ります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます