迷信のせいで全然売れないんですが。

ちびまるフォイ

信じないものは救われない

営業先に決まった地区は初めての場所だった。

営業スマイルを顔に貼り付けて、ドア横のインターホンを押した。


「こんにちは。今とってもオトクな浄水器を紹介して回っているんです」


『浄水器!? 縁起でもない!! 帰って!!』


断られるのには慣れていたが妙な断られ方をした。

その日は結局1個も売れずに本社へと戻った。


上司は鬼ヶ島の鬼も逃げ出すほどカンカンに怒っていた。


「1台も売れてない!? お前、仕事するふりして寝てたんじゃないだろうな!?」


「ちゃんと頑張って営業かけてたんですよ! でもダメで……」


「それはお前の努力が足りねぇってことだよバカ!」


上司のビンタは肉体的にも精神的にもダメージが入った。

説教が終わった後、気遣うように同僚が声をかけた。


「今日は災難だったな……」


「うん……。〇〇地区って浄水器売れないのかな」


「〇〇地区!? お前、あそこに営業かけてたのか!?」


「そ、そうだけど」


「あそこは迷信に対してひどく神経質なんだ。

 それに浄水器を売るなんて……正気のさたじゃないよ」


「迷信?」


「"じょうすい"って言葉はヘポポ語で"死"を意味する言葉。

 浄水器を取り付けるっていうのは死を届けるように思われかねない」


「たかだか迷信だろう?」


「とにかく、浄水器だけはやめておけ!

 うちには他にも営業で売りつけるものだってあるだろう!?」


同僚に言われたのもあり、次の日は別の商品に切り替えた。

ふたたび家に訪れてインターホンを押す。


「こんにちは。インターネットを超高速にできる回線はいかがですか!?」


家のドアをわずかに開けた男は自分を見るなり顔をひきつらせた。


「うわぁ! ま、マフラーだ!! マフラーをつけている!!」


「え? これがなにか……?」


「昼にマフラーを付けると不幸が訪れるんだ!!」


「外しましたよ、これでいいですか!?」


「うわぁ! さらに歯を矯正している!

 矯正中の歯を見せられると病気にかかるんだ!」


「矯正もはずしました! これでいいですか!」


「ひいぃ! 玄関先に黒いスーツの男が立つと、

 家に幽霊が寄ってきてしまう!!」


「わかりました! 脱ぎましたよ! もうこれでいいですか!」




「なにをしているのかな?」


ポンと肩を叩かれて振り返ったときには警察はすでに手錠をかけていた。

なぜ人様の玄関先でおもむろに服を脱いだのかを懇切丁寧に説明したところ、


「裸の男を交流するのは縁起が悪い。今回は見逃してやろう」


「……それも迷信ですか」


「なにか問題でも?」


今回は初犯というのも手伝って解放してもらった。

会社に戻ると警察よりも恐ろしい上司が待ち構えていた。


「なーーにーーをーーやってたのかなぁーー……?」


「いえ、その営業はちゃんとやってたんです。

 でもかくかくしかじかで……」


「かくかくでもかかしでもないんだよぉ!!

 売上が出ないならお前の居場所はここにないんだよ!!」


「せめて営業先を変えてもらませんか!?

 あそこは迷信がありすぎて何をやっても迷信NGになるんです!」


「てめぇに発言の権利はねぇーー!!」


上司からトラウマになるほどブチ切れられた。

どうやらあの迷信だらけの地区にまた営業をかけなければならない。


会社の過去ファイルを調べてみると、同じくあの〇〇地区へ営業を行った人たちはすべて辞めていた。

もともと仕事をイヤにさせて自主的に辞めさせるために問題有りまくりの地区を担当させていたのだろう。


「俺は迷信なんかに負けないぞ!」


こうなったら迷信という地雷を踏まないようにするだけだ。

〇〇地区について調べ尽くしてやる。


ずっと迷信調査を続けていると、窓から朝日が入ってきていた。


「うそだろ……もうこんな時間……?」


迷信探しはまるではかどらなかった。

そもそも迷信は話の中で伝わる事が多く、情報がどこかに載ってるものではない。

同僚が知っていた浄水器が死を意味するというのも情報はなかった。

けれど確かにその迷信は信じられている。


「普通に売り込んでもダメ、調べてもわからない!

 もうどうすりゃいいんだよ!!」


いっそ腹いせにこの場で死んでやろうかとも思った。

死ぬ方法を探しているとき、あるホームページを見つけた。


 ・

 ・

 ・


その日、会社に帰ると上司はいつもの鬼モードではなく仏モードになっていた。


「いやぁ、今日はすごく利益を出したじゃないか! 素晴らしいよ!

 明日からもこの調子でがんばりたまえ! ささ、肩をもむよ!」


爆増した営業成績に上司は態度を改め、揉み手ですり寄ってきた。

同僚は上司の変貌っぷりに目を丸くしていた。


「すごいな……お前、〇〇地区であの売上を出すなんて。

 なあ、明日の営業についていってもいいか?」


「いいけど、なんで?」


「迷信だらけの〇〇地区でどうやって営業してるのか見たいんだよ」


「別にいいけど」


翌日はめずらしく2人で営業先を回ることになった。

止めた車のトランクから浄水器を取り出す。


「お、おい!! バカか!? 浄水器は迷信NGだっていっただろ!!」


背中で同僚の言葉を受けつつも、かまわず家の玄関へ向かう。

インターホンを押されて出てきた家主は案の定イヤそうな顔になる。


「こんにちは。今とってもオトクな浄水器を紹介して回っているんです」


「浄水器!? 浄水器だって!? あんた俺に死ねっていいたいのか!!」


同僚ははしっこのほうで「言わんこっちゃない」と青ざめていた。


「いいか、浄水器ってのはポペン語だからピピン語だかで死を意味する!

 それに黒スーツの営業は幽霊を招き寄せるんだ!

 そのうえ昼のマフラーは不幸を呼び寄せて、それにそれに……!!」


「ああ、なんてことだ。私はお客様に多大な不幸を呼び寄せてしまった!」


「もういいから帰ってくれ! このままじゃ不安でたまらない!」


「いいえ、このままでは帰れません!

 お客様がどんな不幸に見舞われても心配ない、

 こちらのスペシャルな保険を紹介するまでは帰りません!!」



その日もたくさんの契約を勝ち取り営業利益をぐんと伸ばした。

あいかわらず浄水器は車のトランクで雑に置かれたままだった。

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迷信のせいで全然売れないんですが。 ちびまるフォイ @firestorage

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