第164話 ジャブとストレート

 野球においては点を取るにあたって、様々な方法がある。

 それこそホームランなどは一番分かりやすいものであるが、一般的に高校野球は、ヒットや進塁打でつなぎ、スクイズもしっかりとしてくる。

 出塁し、進塁していく攻撃は、ボクシングでいうならジャブに近い。

 出塁と進塁で点を取っていくのは、そういったコンビネーションによるものだろうか。


 九堂が出塁してくれたこのチャンスは、そうそうあるものではない、

 だいたいトーチバと白富東の対決であれば、双方共に得点のチャンスとなるのは三度ぐらいまでか。

 そこを上手く活かすかどうかが、監督の手腕である。


 白富東の打線は、別に二番打者だからといって、なんでも出来る小器用なタイプを置いてはいない。

 一番から四番までは、打率の高い選手を揃えている。

 ただそれでもトーチバはこういった危機も予測しているはずである。

 単なる強攻策では、おそらく上手くいかない。

 それに二番の塩野は、打率だけではなくある程度の器用さも兼ね備えている。


 送りバントをしたい。

 両チームのピッチャーはエースであり、決勝よりもこちらを優先させているのが分かる。

 先制点に加えて、まずは一点と思うのは、悪いことではないだろう。

(どうするべきか)

 国立としては、バントをすべきだと考えている。

 だがそれは白富東の野球からは遠い。

 だからこそ送りバントだとも考えられるのだが。




 塩野は二球目を送りバントにし、ランナーを進めた。

 国立の指揮は無難なものであったが、これまでの白富東の打線を見ていると、ここでは送りバントでいいと判断した。

 ここからは大井と悠木の、バッティングに期待する。

 三番と四番には、やはり打撃力を期待したい。

 本当ならもっと細かく指示を出したいのだが、今の白富東では、そこまでバッティングを自在に操ることは出来ないだろう。


 悟であれば、ここは長打を打ってきただろう。

 宇垣であっても、期待するものは同じだ。

 だが違うのは、信頼して送り出せるか、それとも期待値で送り出せるかということだ。


 国立から見ると今の白富東のバッターは、弱点が多いのだ。

 打線としての弱点だけではなく、バッターとして個々の弱点もある。

 一発KOを打てる、悠木のようなバッターもいる。

 塩野や大井だって、長打が打てないわけではない。

 そのあたりはミーティングでは散々に指摘したが、あとはそれを実戦でどうにか出来るかが問題となる。


 


 大井は下手に難しい球を打とうとはせず、自分の狙い球を待つ。

 これまでずっと白富東には、全国でも別格レベルのバッターがいた。

 そこで打ってもらうのが、采配を取る者としては楽な話だったのだ。


 最低でもここは、進塁打を打つ場面。

 だが国立は送りバントでダブルプレイになる状況を潰した後は、最低でも進塁打などということは言わなかった。

 自由に打たせたほうが、いい結果が出ると思ったのだ。

 考えるのは、強く打ってヒットにすること。

 点を取りにいくことに、全力を集中させる。


 粘った後に大井は、しっかりとボールをミートした。

 いい当たりではあったが、センターの正面のライナーである。

 これではランナーも動けず、ツーアウトランナー二塁になっただけ。


 ここで一番長打力のある悠木。

 だがツーアウトランナー二塁の状態であれば、ホームランまでは狙わなくていい。

 もっともヒットを打たせるとしても、そんなピンポイントに打つほど、悠木は器用ではない。

 なのでしっかりと振っていってもらうしかないのだ。


 悠木もまたボールをよく見て、自分の狙い球を打つ。

 ライト前へのヒットであるが、ツーアウトで俊足の九堂がランナーなので、三塁コーチャーが腕を回す。

 タイミングとしては微妙なところだ。

 いや、相手がトーチバの訓練された守備であることを考えると、この選択は悪い。


 ライトからの好返球が、九堂よりも早い。

 回り込もうしたが、追いタッチでアウト。

 四番がヒットを打ちながら、微妙な判断のミスでアウトである。

 まだ一回なのだから、ここはランナーを残していたほうが、相手にとっては嫌な攻撃になっただろうが。


 言おうと思えばいくらでも文句は言えるが、国立は感情は抑える。

 夏までの三年生たちと同じプレイを要求するのは、土台無理な話であるのだ。




 難しい試合になる。

 おそらくトーチバの榊監督も、こちらの焦りに気が付いただろう。

 ここからやってくるのが何か、国立には分かるつもりだ。


 バッテリーに指示出して、攻守交替。

 先制点の重みが、どんどんと増していきそうだ。

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