第163話 学びの時間

 千葉県大会が白富東一強となって、五年が経過した。

 毎年、去年よりは弱いチームだと言われているが、夏の甲子園の決勝前ではもう、五年連続で進出している。

 センバツではベスト8で負けることが多いのだが、夏にはしっかり仕上げてくる。

 だがそれでも、今年こそ甲子園を狙う有力校ではあるが、本命と言うには戦力が薄いと言われている。


 あの輝ける夏、全国制覇を果たした白富東だが、甲子園でプレイした選手は、ピッチャーを除けば一人しかしなかった。

 それも代打で一度きりの起用であり、ほとんど三年生の力で点を取っていったのだ。

 特に決勝での点の取り合いは、あの打撃力があってこそと言えるだろう。


 そして秋の大会、本大会から出場の白富東は、一応一回戦と二回戦は、コールドで制した。

 だがこれまでの白富東は、無慈悲な虐殺が得意な、悪逆非道の破滅的打撃力を誇っていたのだ。

 ベスト16では三里相手に苦戦したし、準々決勝でも二桁得点には届かなかった。

 エースの力は確かにこれまでに比べても見劣りしないが、圧倒的に打撃力が低い。

 それと共に得点力も低い。


 白富東はずっと、ホームランを打てるバッターを複数抱えてきた。

 だがこの秋はさほど強力でもないピッチャーたちから、チーム全体で二本のホームランしか打っていない。

 比べてはなんだが去年の秋は、クリーンナップがえげつない打力であった。

 ドラ一候補に、他にもドラフト指名されるであろう選手が一人。

 高校野球最後の大会となる国体へ、その全国制覇したメンバーが動き出す。




 基本的には夏の甲子園のメンバーであるが、推薦以外で進学するため、甲子園で完全に引退してしまった選手もいる。

 そこでベンチ入りメンバーには一年生も多めに加え、新たなメンバーで国体の優勝を目指す。

 甲子園に比べれば、三回勝てば優勝のこの大会。

 週末の準決勝に備えて、ユーキと耕作は投げられない。

 つまり文哲と山村、そしてピッチング練習はしていた悟、宮武、花沢などが中心となってピッチャーをこなす。

 残念ながら塩崎、平野、石黒あたりは引退組なのだ。

 国体期間は短いが、夏から受験に集中しだした者は、そんな短時間でさえ勉強しなければいけない。

 なんともしんどい受験勉強である。 


 三年生の中に混じって、打撃の白富東の、雰囲気を感じ取る。

 実際に技術的なものが、この短期間で向上するはずはないが、何か伝わるものはあるはずだ。

 単に技術的なものならば、国立がいくらでも教えられる。

 必要なのは点を取ろうとする姿勢の学びである。


 そうは言ってもクローザーのユーキと変則派の耕作がいないのが、投手力という面ではかなり痛い。

 一回戦を突破できるかどうか、というぐらいのレベルであろう。

 その一回戦の相手が、熊本商工。

 国体に出る基準の甲子園ベスト8に残った中では、まだしもやりやすい相手だと思う。

 ちなみに蝦夷農産と桜島がまた当たっており、地獄のような打撃戦を展開したりもした。


 しかし笑い事ではなく、白富東も熊本商工相手に、鬼のような乱打戦を展開することになる。

 ピッチャーを左右で何度も入れ替えた白富東が、なんとか勝利。

 この時点でベスト4なので、かなりもう強いところしか残っていない。


 準決勝は横浜学一との対戦となり、ここで白富東は敗退した。

 ピッチャーの平均的なレベルの差というか、横浜学一は三年生にわずかな下級生のチームで、この国体を制したのであった。

 敗北はしたが国体はあくまでも、甲子園で勝ち進んだチームへのおまけ。

 ここで三年生の試合での雰囲気を感じたのは、必ず新しいチームにはプラスになるはずだ。




 国体に参加させるわけにはいかず、ベンチ入りもしなかったユーキと耕作。

 そんな二人を合わせて、秋季県大会の準決勝がついに始まる。

 決勝は重要ではない。もちろん勝てるにこしたことはないが、この準決勝にさえ勝てれば、関東大会には進める。


 五回も甲子園で優勝している白富東だが、秋の神宮大会で優勝したことは一度しかない。

 そもそも関東地方の代表になるということが、近畿地方と並んで困難であるのだ。

 SS世代の最後の一年だけが、神宮での優勝経験である。

 あの年は国体も含めて、四大大会を全て制覇していた。


 国立は今の白富東が、神宮で優勝するのは不可能だと思っている。

 戦う前からの敗北主義とかではなく、単純に戦力が足りておらず、技術の熟練度も足りていない。

 関東大会ベスト4まで勝ち進むことも難しい。あるとしたら一回戦で優勝チームと当たって惜敗し、0.5の枠を狙っていくことぐらいか。


 先のことを考えすぎてしまう。

 今はまだ、この準決勝を勝つことを考えなければいけない。

 先発はユーキで、バッターによっては耕作を使い、ピッチャーをコロコロと代えるかもしれない。

 それだけのことをしなければ、白富東とトーチバとの戦力差は埋まらない。

 ユーキの体力をどれだけ温存させて投げさせるかが、勝敗を決めることになるだろう。




 トーチバは上に東名大学を持つ、野球においては名門の系譜である。

 これまでに甲子園には五度出場しているが、最高でもベスト8進出がやっとだ。

 勇名館は吉村を擁していた時、準決勝まで勝ち進んだ。

 そして白富東は、五回も全国制覇を果たしている。


 どうにかして千葉の東名大系列を、また甲子園に連れて行かなければいけない。

 そして新しく就任したのが、他の東名大系列で実績を残していた、榊監督である。

 東名大相模原では、コーチとして長く選手を指導してきた。

 まだまだ若い48歳で、基本的には管理野球で選手とチームを強くする。


 強くなるための近道などはなく、ひたすら練習を続けて、基礎技術を底上げする。

 だがバッティングに関しては、かなり自由にさせる。

 普段締め付けておくのは、バッティングでそのストレスを発散させるためだ。

 中心選手となるのは、エースの鹿島。

 140km台後半のストレートに、カットボールを混ぜて投げるのが全体の八割。

 これにチェンジアップとカーブを使って、この秋も24イニングを投げて二失点である。


 これでもまだ、実力で完全に、白富東を上回ったとは思わない。

 あそこには榊の前任者も目を付けていた、中学時代に実績を残した選手がそれなりに入っているからだ。

 そして新チームを率いるのは、以前に三里でセンバツに出場を果たした国立。

 夏で三度も全国制覇した秦野に比べると、まだまだ若いと言えるだろう。

 だが大学時代は、選手としてドラフトの上位候補に上がっていたことも知っている。


 トーチバは夏の県大会で敗退したため、新チームの始動は早かった。

 そのため連繋など、かなりチームとしての完成度は高まっている。

 ただエースのユーキは、県内では最速のストレートを誇り、甲子園でも決勝のマウンドに立っていた。

 主にクローザーとして使われることが多く、あの大舞台を経験している以上、精神的な部分から崩れるとは思えない。

 だが長いイニングを投げる集中力はどうなるか。

 ベスト16で三里相手には完封したが、はっきり言って三里とトーチバでは、バッターのレベルが全く違う。

 序盤から消耗させて、マウンドから引き摺り下ろす。

 二番手以下のピッチャーでは、左のサイドスローがそこそこ厄介ではあるが、それでもエースとの実力差はかなりある。


 白富東は、ずっと王者であった。

 それだけにチームのデータは、かなり収集されている。

 三年が一気にいなくなったため、そのあたりはかなり戦力も落ちているはずだ。

 実際に県大会では、過去ほどの圧倒的な点数をたたき出してはいない。




 白富東にもトーチバにも、それぞれ勝ちたい理由はある。

 当たり前のことだ。負けてもいい試合などと考えたら、その時点からチームは弱くなっていく。

 だが国立としては、とにかく決勝に進むのが最優先である。


 じゃんけんには勝ったが、ここはあえて先攻は取らない。

 選手たちが守備で緊張するかもしれないが、そのあたりのことを考えても、この試合は後攻を選択する。

 おそらくかなりのロースコアになり、終盤になれば後攻であることが、有利になるからだ。


1(左) 九堂 (一年) 右投左打

2(二) 塩野 (二年) 右投右打

3(遊) 大井 (二年) 右投右打

4(右) 悠木 (一年) 右投左打

5(一) 岩原 (二年) 右投右打

6(捕) 塩谷 (一年) 右投右打

7(中) 麻宮 (二年) 右投左打

8(三) 宮下 (二年) 右投右打

9(投) 聖  (二年) 右投右打


 迷いはあったが国立は、打順はいじらなかった。

 ユーキは打率はあまり高くないが、当たった時はかなり飛ばしていく。

 主に作戦を使って点が取れるのは、上位打線である。

 それ以上はかなり偶然に頼った得点になるのだ。


 


 一回の表、トーチバの攻撃。

 果たして今日のエースの調子はどうだろうか。

 構えた塩谷のミットの中に、白い線のようにボールは収まった。

 外角いっぱいのストレートを、バッターは見送る。


 ユーキはなんだかんだ言って、全国レベルのピッチャーである。

 ストレートの球速もそうだが、左右に動くムービングボールを持っていて、あとはチェンジアップで緩急も取れる。

 それにコントロールも良く、変にプレッシャーに負けるような性格でもない。


 プレッシャーは、むしろこちらから与える。

 トップバッターに対して、全球ストレートの三球三振。

 最後のボールも振っていったが、完全に振り遅れであった。

 そして続く二番と三番も、わずかにバットに当たることはあったが、両者三振。

 この回は三者三振でスタートだ。

 打球が一度も飛んでこなかったことで、ほっとする守備陣。

 やはり高校野球は序盤の緊張があるため、先攻が有利なのかもしれない。

 だがそれを、エースが完全に封じてしまった。


 最初から攻めていこうという、トーチバの計画はいきなり破綻した。

 今年の夏、甲子園でクローザーを務めたピッチャーは、そうそう打てるものではないのだ。

 トーチバの榊監督は、これは試合は序盤は動かないか、とプレンの変更の必要を認める。


 対する白富東は、エースがエースらしいピッチングをして、他のメンバーも明るい表情を見せる。

 ユーキは気質的にはチームを背負っていくタイプではないが、そのピッチングでチームの雰囲気を変える力がある。

 選手を集めた強豪私立に、勝つだけの力。

 やはりピッチャーは、野球の要なのだ。




 トーチバもまた、この準決勝が関門だと考え、エースの鹿島を先発させている。

 エース対決だ。

 決勝に行けさえすれば、関東大会への出場権は得ることが出来る。

 出来れば優勝した方が、神奈川の一位などと当たらないで済むが、神奈川なら準優勝チームでもそれほど実力に差はない。

 栃木県の代表であれば、優勝と準優勝のチームにかなり差があるようだが、そこと上手く当たれるとも限らない。


 一回の表を三者三振でエースが封じてくれたことで、白富東に勢いはつきかけている。

 ここで三者凡退しないことが、白富東としては大切なところである。

 一番は一年の九堂。

 チーム内でも一二を争う俊足である。

 出来ればランナーとして出て、色々と塁上で試してみたい。


 先頭打者としてはボールを見ていって、今日の調子を確かめてほしい。

 そんな九堂は鹿島の第一球に、いきなりバントの姿勢を見せた。

 セーフティかとチャージしてくるが、バットを引く。

 とりあえずピッチャーの調子だけでなく、守備の様子も見るというものだ。


 チャージはサードは早かったが、ファーストはやや遅れた。

 打撃力は高いが、守備ではやや劣ると思われるファースト。

 この一球で、その確認をしたと言えよう。

(さて、ボールは速かったけどな)

 だがユーキのボールに比べれば、打てないほどではない。

 バッピをやってくれる時の悟と、ほぼ同じぐらいだろうか。

 もっともあちらはサイドスローなので、本当にショートだけしかやらなかったのが、今となっては驚きであるが。


 ボール球が二球続いたあと、ゾーン内に投げられたのはカーブ。

 素直に打ったボールは、クリーンヒットでライト前へ。

 最初の攻撃でほしいノーアウトのランナーを、白富東は得ることに成功した。

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