第162話 センバツに行く方法

 甲子園には春と夏があり、前者をセンバツ、後者を選手権と呼ぶことがある。

 もっとも実際には、春、夏、の言葉だけで通じるだろうか。

 このうち夏に関しては、県大会を優勝すればいいので分かりやすいのだが、春のセンバツはややこしい。


 春の先発に参加出来るのは32校。

 記念大会で増えることもあるが、基本的にこれだけである。

 このうち東京を除く関東地方から選ばれるのが、4.5校。

 東京も1.5校となっており、おおよそ神宮大会で東京代表が関東代表よりも勝ち進めば東京から二校、逆に関東代表が勝ち進めば五校と考えて、だいたい問題ない。


 この四校までは、だいたいベスト4に残ったチームが選ばれるが、同じ県から三校などとなった場合は、ベスト8からも選ばれやすい。

 また関東代表が神宮大会で東京代表を上回り、さらに優勝までしてくれると、六校選ばれることになる。

 基本的にはベスト8から選ばれることが多いが、関東大会一回戦負けでも、神宮大会を優勝したチーム相手に接戦などを繰り広げていると、選ばれたりもする。

 ここの選考過程が実はちょっと謎なのであるが、守備力の高いチームが選ばれることが多いとも言われる。

 また他に21世紀枠などもあるのだが、白富東はこれに該当する要素がない。


 とりあえず決勝まで勝ち進み、関東大会に出る必要はある。

 これが出来なければ、白富東の連続甲子園出場記録は切れる。

 SS世代の二年の春から、ずっと続いているその記録。

 既に四年間八期連続で甲子園に出場を果たしている。

 そして一度も一回戦負けはないのだから、これは素晴らしい記録である。


 今年の千葉から出場するのは二校であるので、ベスト4にまで勝ち進めばまず、センバツ出場は決まると言ってもいい。

 だが関東には名門強豪が大量に存在し、チーム数では多い千葉県の代表であっても、勝ち進むことは難しい。

 神奈川が東京を除いた関東では一番強く、最近では埼玉がそれに続く。

 千葉は案外、強くも弱くもない。

 チーム数は多いのに強くないというのは、色々と理由は考えられるのであるが、一つには交通の問題がある。

 半島の千葉県は、東と南は海であり、西もだいたい海である。

 越境して通ってくるということが少ないのだ。

 そして北であれば、埼玉に流れるか、東京や神奈川の名門私立に引っ張られる。

 今さら分かりきったことではあるが、そういう不利が千葉県にはあるのだ。

 地政学上の問題に近いかもしれない。




 三里に勝った翌日は、準々決勝である。

 昨日完投したユーキは、今日は投げさせない。

 来年の夏までには連投が可能なぐらいまでの体力をつけさせたいが、故障となる肉体への負担は、疲労とはまた別の問題である。


 蕨山相手に、八巻と長門、そして耕作の継投で戦った。

 運の偏りというのはあるもので、この日は相手の打球の多くが、野手の正面へと飛んできた。

 打撃戦であり、先発の八巻がホームランを浴びたものの、白富東もチャンスを作っては、しっかりと点を取っていく。

 最終的なスコアは8-3という常識的な範囲で、白富東の勝利に終わった。


 ここまでは良かった。

 国立は運もあったが、ここまでは実力で勝てると思っていた。

 だがここからは、実力では勝てない戦いになっている。


 トーチバは東雲と共に千葉県私立の強豪二強とも呼ばれていたが、現在では勇名館と並べられることが多い。

 そして勇名館よりも上に行くことが、多いチームとなってきた。県内のみならず関東圏や東北から、強い選手を取ってきている。

 それでもこれまで白富東に勝てなかったのだから、むしろこちらが不思議であるのか。

 単純に潜在能力だけなら、かなりいい勝負が出来るとは思う。

 何よりピッチャーの、エースの質だけはこちらが上だ。

 だが経験の差がある。


 トーチバのようなチームは下からの突き上げもあり、一年の夏、あるいは秋からスタメンに入っている者も多い。

 だが白富東は引退した三年を、今の二年生以下が上回ることが出来なかった。

 ピッチャーのユーキと耕作を除けば、スタメンで出た者がいない。

 そのあたりの経験値の差が、試合の展開を左右するのではないか。




 土曜日の試合に向けて、練習はあくまでも調整程度にしている。

 それよりはミーティングで、相手の情報を分析した結果を共有し、状況に応じてどういった攻撃をするかを話し合う。

 もっとも戦術自体は思いついても、現在の能力ではそれを遂行するのが不可能であったりする。

 一試合ごとに強くなっているのは分かるのだが、それは向こうも同じである。


 SS世代の入学以降、白富東が県内で最後に負けたのは、その一年の夏の決勝であった。

 だが実は春の大会でも、ベスト8で敗北したのがトーチバ相手の試合である。

 ただ春の大会というのは、シードを取るまでが主な目標。

 練習試合で普通に強いチームと対戦出来る白富東は、今はあまり対戦する必要もない。

 だが秋の大会は別なのだ。


 大学野球を経験している国立には、一度負けたらそれで終わりというパターンが多い高校野球は、かなり悲惨なものとも思える。

 負けたチームは負けたチームなりに、試合を組んで欲しいものだ。

 もっとも夏の場合は、その敗北の後に新チームの始動が始まったりするため、そうもいっていられないだろう。

 あるいはこのトーナメントで容赦なく敗退していく悲壮感が、高校野球の醍醐味と言えるのかもしれない。


 トーチバ相手には、ユーキを先発で起用する。

 ひょっとしたら途中で、耕作をワンポイントで使うことはあるかもしれない。

 だが夏の成績を見ても、全国レベルのチームを相手に完封出来る能力があるのは、ユーキだけだ。

 珍しい左のサイドスローの耕作は、短いイニングなら通用するかもしれない。

 だがあくまでも、メインはユーキでなければ勝てない。


 先のことを言っても仕方がないが、関東大会まで勝ち進んでも、かなり苦しいことにはなるだろう。

 連戦で先発させることを、国立は考えていない。

 クジ運次第だが、せめて一日休みがほしい。

 それならばまだ、勝ち残れるチャンスはあるだろう。

 だが来年の夏は、県大会を勝ち進むのも難しい。

 ある程度はコールドでピッチャーを休ませていかなければ、トーチバや勇名館の物量とも言える、ほどほどのピッチャーを揃える力に負けるだろう。


 しかし、今ここで、トーチバに勝てるのか。

 秋季県大会、準決勝が始まる。

 国立が最も、注意している相手である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る