第160話 個人の力

 ピッチャーが丁寧に投げ、守備もミスをしない膠着した試合。

 こういう時に一気に勝負を決めるのは何か。

 一つはエラーである。これまでずっと抑えてきた守備の緊張感が、それで途切れてしまうことはある。

 そしてもう一つは――。


 ――キン。


 一発だ。

 五回の表にツーアウトまで追い込んで、四番の悠木。

 これまで変化球に全く合っていなかった悠木に、外角低めに逃げていくスライダー。

 それはこれまでの内容から、とても打てるものではないと思われた。


 だが打った。

 そして打った打球は、バックスクリーンを直撃した。

 前の打席までは全く打てなかった球を、いきなりホームランにしてしまう。

 直感型のバッターは、何かがかちりとはまると、いきなり打ててしまうことがある。

 これこそまさに、そのいい例であったろう。


 ホームランでの一点は、ベース上のランナーをクリアにする。

 まして元々ランナーはいなかったのだから、ホームランは打たれたものの、まだ一点が入っただけ。

 ユーキのピッチングの前には、確かに一点は痛い。

 だがユーキのピッチャーとしての実力は、三里の鍛えた打線が、ヒット一本も打てないというほどのものではない。

 そしてランナーさえ出れば、そこからが監督の采配の出番である。




(そう思ってるんだけど、なかなか隙がないのよね)

 ホームランは打たれたが、その後に崩れることがない大道。

 そこは安心出来た晶だが、点を取られた事実は変わらない。


 ユーキからクリーンヒットの連打で二点を取るのは、今の三里ではかなり難しい。

 相手にミスがあれば、そこを突いていくべきなのだ。

 だが盗塁の失敗が一度あるし、送りバントもキャッチャーの指示が的確だ。

 国立は監督としての采配は、春と夏は取っていない。

 しかし勝負の勘所をとらえるのが上手い。

(既婚者だと知らなかったら惚れてたわね)

 そんなことを考えながらも、攻略法を考える晶である。


 一点は取ったが、打線がつながっての得点ではない。

 悠木の後ろの五番打者岩原は、パワーがあってこれも長打が打てるバッターだ。

 右打者であるので期待はしていたのだが、大道は単なるサウスポーではなく、いいサウスポーなのだ。

「一点を取って気を緩めないように。あちらがどう攻めてくるか、ここがポイントだ」

 そしてバッテリーに、この回は少し力を入れて、ランナーを出さない組み立てを考えてもらう。


 一点を取ったすぐ後に、それを返されるのはまずい。

 出来れば三者凡退にして、こちらに少しでも流れを呼び込みたい。

 

 ここまでユーキはヒットも打たれているが、ランナーを進めるのも向こうは簡単ではない。

 キャッチャーの塩谷は一年ながら、判断が早い。

 そしてその判断は、確実な方でアウトを取っていくというものだ。

 それに仕掛けられたスチールを、アウトに出来たのも大きかった。

 あれで三里は、ランナーを進めることを、基本的に送りバントにすることになったのだ。




 五回の裏、ユーキはやや力を入れて投げる。

 フルパワーというわけではないが、下位打線を相手に、それでも力を少し増して投げるのだ。

 今日は完投と言われているし、実際に相手のバッターも、思ったよりも粘ってくる。

 これを確実に打ち取っていくのは、白富東のピッチャーの中では自分しか出来ないというのも分かる。


 三者凡退。

 オーダー通りのピッチングに、とりあえず一息の国立である。

 ここから追加点を奪っていきたいところだが、まだまだ大道はバテていない。

 こちらも下位打線なのだが、白富東の下位打線は、純粋に打力が低い選手が並んでいるわけではないのだ。


 白富東の下位打線、特に七番八番の麻宮と宮下は、単純に打撃に幅がないのだ。

 犠打を打つのが苦手だったり、右狙いが出来なかったり、プルヒッターが並んでいるだけだ。

 打率自体は悪くないので、意外と点が取れたりもする。

 ただしサインプレイは苦手だ。


 六番の塩谷がせっかく選んで塁に出たのだが、七番麻宮は送りバント失敗。

 そして八番宮下は、それよりもひどい内野ダブルプレイ。

 一点を取って動きかけた試合の天秤は、またほぼ釣り合った状態になっている。


 両チームの監督が、首を傾げて悩んでいる。

 だがその間にも、試合は進んでいく。

 そして試合が進めば進むほど、先に白富東が有利になってきた。


 三里がユーキのボールに徐々に慣れるように、白富東も大道のサウスポーに、段々と慣れてきたのだ。

 ヒットでランナーが出ると、送るべきか強攻か、国立は迷う。

 白富東のバッターには、まださほどの信用が置けていない。

 去年から二軍として、他のチームとの練習試合は行っていたが、引退した三年生たちのような、有機的な打線のつながりはないのだ。

 

 三里のバッターがユーキを打てないのは、単純な実力不足だ。

 だが白富東が追加点を取れないのは、国立が指示を出そうにも、そのための技術が不足しているからだ。

(バッティングよりも、つないでいくことを可能にしないとな)

 試合は終盤に入る。

 白富東は大道から、イニングに一本はヒットを打つようになってきた。

 それでも点が入らない。


 一方の三里は、想像以上にユーキが打てない。

 甲子園でクローザーを務めたピッチャーを侮っていたのか。

 スタミナに不安があると思っていたのだが、想像以上に球威が落ちない。


 両軍共に、思惑通りにはいかず、それでも試合は進んでいく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る