第158話 公立の限界
白富東高校はその実績の割りに、なぜこれほど選手が集まらないのか。
そんな声があったのだが、それも仕方がないのである。
まず単純な話、千葉の公立高校というのは、親元からしか通うことが出来ない。
そして学区制というものまであって、その学区と隣接する学区に住んでいる者しか、入学というか志望すら出来なかったのが、白富東や三里なのである。
ちなみに一部隣接している、茨城県からも入学は可能だが、通学の時間を考えると、あまり現実的ではない。
それをせめて全県からの入学を可能にしようと、体育科が作られた。
普通科以外の科には、県内全域からの入学が可能なのである。
これによって千葉県内からなら、白富東に入学することは、理屈の上では可能になった。
だが通学の時間を考えるなら、それにも限界がある。
私立と違って白富東は、学生のための寮もないのである。
県立の公立というのは、県内の学生のために、政府から補助金が出ている。
なので県内の生徒に限るのが原則であり、保護者のいない生徒が一人暮らしをして通うなどということも認められない。
例外と言うのは生徒の在学中に、親の転勤などがあった場合であるが、最初から一人暮らしなどというのは不可能なのだ。
体育科が出来て以降、白富東で、淳の世代や悟の世代と、一緒に野球をやりたかったという選手は、実はもっとずっと多いのである。
ただし前述の原則があるため、たとえ体育科が県内から入学が可能になっても、その通学時間を考えると、とても無理だと思われる者が多いのだ。
淳の場合も一人暮らしだけでは入学が認められず、親が県内に住んでいることが必要であったため、養子縁組まですることになったのだ。
つまり白富東はあとは、寮でも作らない限り、これ以上の戦力を入学時点で集めることが不可能なのである。
スポーツ推薦だからと言って、寮があったりするわけではないのだ。
そんな白富東と違って、三里は完全に普通科のみであるため、さらに戦力を集めるのが難しい。
あくまでも野球は部活動の範囲で、と考えて入る生徒が多いのだ。
中には私立で野球に青春を捧げるほどではなく、かと言って単純に漫然と野球をするのは嫌で、それなりの目標を持っている隠れた実力者などという者もいる。
直史などは、あくまで勉学優先、それも高い私立などに進む気はなしと、白富東に入学を決めた。
野球は一応続けるつもりであったが、別に甲子園など目指すつもりはなかったのだが、あんな人生を送るようになったりしている。
鬱陶しい私立の空気が嫌だった宇垣、怪我で中学最後の一年を無駄にした悟などのような例も、あまりないのだ。
たとえば宮武や上山などは、自分たちの代は甲子園に行くのが精一杯じゃなかな、と考えて白富東を選んでいる。
SS世代やその一つ下、二つ下までは、かなり強力な選手が入った理由が、偶然に近いからである。
この代は、ユーキは特別枠としても、スポ薦で入った六人の内、五人まではそれなりに実力はっきりしていたのだが、残りの一人は数合わせになっていたりする。
それに気付いても、ちゃんと育てる環境になっているあたり、白富東は優しいところなのだ。
勝利至上主義でないことが、逆にチームを強くする。
それは三里も同じである。
白富東と同じなところは、練習の準備は来たものから順番に行う。それは一年生も三年生でも変わらない。
そして片付けるのも全員で行うのだ。
全員で一気に片付ければ、短い練習時間の、ギリギリまで練習をしていられる。
これこそが合理性というものである。
野球日和の秋晴れの日、三里の選手はベンチに入り、普段よりもはるかに多い応援を見ている。
対する白富東だけでなく、自校の生徒の応援も多いのだ。
実は一応自校のチームを応援しているが、白富東の試合を見たいだけという生徒も多い。
それはまあ、この間全国制覇をしたチームなのだから、それも当然だろう。
じゃんけんに勝った白富東が選んだのは先攻。
そして先発がユーキであるのを確認して、さすがに暗い顔になる選手たち。
150kmのストレートなど、普通は体験しない。
ただ夏のスタメンには二人の二年生が入っていて、同じ県の有力校だっただけに、ユーキの脅威はちゃんと分かっている。
分かっているからこそ、暗い顔にもなるのだが。
「逆に考えるのよ、逆に」
こんな時でも、監督の晶は強気である。
「このピッチャーさえ打ち崩してしまえば、もうあちらのチームは何も出来ないと」
それはまあ、別に白富東に限らず、エースが圧倒的に強いチームはある。
「それに甲子園のスタメンはピッチャー以外全員引退しているし、そのピッチャーも完投経験はほとんどない。打線についても一回戦と二回戦、かなり立ち上がりではピッチャーに苦戦しているのよ」
晶の言葉は論理的であるが、それでもこれだけで納得出来るというものではない。
だが間違ってはいないし、この強気な言動で、チームを引っ張ってきたのだ。
大学野球で男に混じっていたとはいえ、かなりの身体能力を持っている晶。
走ったり打ったり投げたりと、指示するだけではなく自分も動いて、部員たちをしごく。
ここまで女性がやっているのに、男がそれに負けているわけにはいかない。
そんなごく単純な動機が、現在の三里の強さにあるのだ。
ただ晶も、出来れば先攻を取りたかったな、という気持ちはある。
三里の練習の内容は、国立がいたころとそれほど変わってはいない。
それに相手が持っている、全国制覇という肩書きは、対戦相手を萎縮させるには充分だ。
だからこの一回の表、相手を封じられれば、逆にそれは大きい。
「頼むわよ、大道君!」
三里のサウスポーエース大道は、うっすと頷くばかりである。
白富東においては、国立が最後の確認をしている。
先攻が取れたというのは、本当に大きい。三里相手に警戒しているというのもあるが、そろそろこちらも選手のプレッシャーが不安になってくるからだ。
ここまでの二戦では、攻撃面でのミスは多かったが、守備においてはフィルダーチョイスぐらいしか、ミスと言えるミスはない。
「とにかく基礎的な練習はしっかりとやっているはずだから、相手の失敗には期待しないこと。ただ力でぶつかり合えば、ちゃんと勝てる相手だからね」
新任で配属された三里には、それなりに愛着もある。
だが手加減する気は全くない。
ノックの動きを見た限りでは、お互いに変な緊張はない。
そして相手投手を見ていると、打てなくはないと思う。
「練習試合のつもりでいれば勝てる」
国立は断言する。それだけのことは、この選手たちもやってきたのだ。
ただし、自分の言葉の中の嘘にも気付いている。
これは公式戦であり、舐めてかかって勝てる相手ではないということだ。
ユーキを先発にしたのは、確かにここいらで完投させておきたかったというのもあるが、それだけロースコアのゲームになる可能性も高いと思ったからだ。
「今日も勝って、明日も勝とう」
そしたらベスト4だ。
もう一度勝てば、関東大会に行ける。
白富東の先頭バッターは、これまでと同じく一年の九堂。
二試合を先頭を打ってきて、ようやく公式戦での先頭バッターの役割というものが分かってきた。
相手のピッチャーの調子を見定める。それが重要なことなのだ。
バッターボックスに入った九堂の長身にも、三里のエース大道は、それほど脅威を感じない。
九堂は確かに長身であるが、まだ長打を打つほどの、筋肉は足りていないように見えるからだ。
実際にスタンドにまで持っていくほどの長打力は、よほど振り回さない限りは不可能である。
ただしサウスポーに対して、九堂も左打者なのだ。
ボールのリリースポイントを、しっかりと確認していく必要がある。
初球は必ず見ていくと、当然ながら九堂は決めている。
未経験のピッチャーのボールを、初球からホームランなどにしてしまうほど、非常識な打力は九堂にはない。
そして投げられたストレートは、角度があって外角に逃げていくように感じる。
コールはストライクであるが、かなり際どい。
今日の審判はあそこを取っていくということだろう。
そして二球目は、スイングを合わせていくがスライダー。
そのまま素直に空振りしておく。
ツーストライクと追い込まれてしまったが、さてここからどうするか。
一回戦で苦戦したあと、九堂が自発的に練習した、成果を見せるべきだろうか。
一球は外に外して、おそらくここで内角を攻めてくる。
スライダーなら、確かに打ちにくい。
その想像通りのスライダー。
九堂が選択したのはセーフティバント。
まさか王者が初回から、という相手の心理も考えた上での選択である。
ファースト側に転がって、上手くファーストに拾わせることが出来そうだ。
カバーに入っているのはセカンド。タイミングは微妙だ。
駆け抜けた九堂であるが、コールはアウト。
幸先のいいスタート、とはいかなかった。
「惜しい惜しい」
次打者と三番にボールの印象を伝えて、ベンチに戻ってきた九堂。
だいたいの自分の感じを言葉にしていく。
一回戦の時と比べると、はっきりとチームとしての機能が整ってきたと感じる。
ここで勝ちたいな、と考える国立である。
実力差というか、能力差は確かにあるチーム。
だが野球の上手さは、総合的にはかなり難しい相手だ。
(ここでちゃんと勝ちきりたい)
戦力の低下は分かっているが、それでももちろん諦めないのが、国立の野球である。
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