第157話 ベスト16の壁
各都道府県によって違うだろうし、同じ都道府県でも年代によって違うだろうが、現在の千葉県高校野球には、ベスト16の壁と言われるものが存在している。
ベスト16まではそれなりに別々のチームが上がってくるがそれ以上に上がるチームが極めて限られているのだ。
白富東、トーチバ、勇名館、上総総合、東雲、三里、このあたりがベスト8の常連で、私立と公立が半分ずつと、バランスがいい。
あとは私立が上がってくることが多いが、公立が上がってくることもある。
現在の三里高校の監督である青砥晶は、大学時代に女子ながら硬式野球部で男子と競っていた。
これまでにも女子選手の前例はあったが、それでも男子に混ざってやるには、大学の野球のレベルは高校に比べても強度が違う。
しかしそんな中で鍛えられただけに、晶はフィジカルで劣る選手を、上手く鍛える方法に長けている。
もっとも浦安西が健闘したのは、バッテリーで一つ良いのが入ったからだが。
キャッチャーの深津は大学に進んだが、ピッチャーの青砥光太郎の方は、レックスに育成で入った。
そこから支配下登録に辿り着いたのだから、大原などと同じように、白富東の力で蹂躙された、素質のある選手は多かったのだ。
今年の三里の試合については、県大会本戦の一回戦と二回戦を見れば戦力は分かる。
強いのはやはり、白富東の方だ。
ただし三里のピッチャーはサウスポーで、かなり良さそうな球を投げている。
白富東の今年の打線は、左打者が一番四番八番と、去年までよりバラけている。
サウスポーに対する左打者の不利は、あまりないと考えていい。
ただしこの相手のサウスポーは、かなりコントロールがいい上に、色々と考えている。
「プレートの位置を変えて、角度を変えてきている」
いくつかの映像を抜き出してきて、国立はそれを示した。
右打者にはボールからゾーンに入ってくるスライダー、もしくはゾーンから懐に食い込むスライダー。
左打者に対してもスライダーを使って、内角と外角を攻め分けているのだ。
あとの変化球はチェンジアップだが、ストレートとの球速差がそこそこある。
そして単にチェンジアップなだけではなく、シンカーに似た変化をしてくるのだ。
サウスポーのスリークォーターからのシンカー。
この逃げていく球は、かなり右打者には打ちにくそうだ。
とりあえず確実に言えるのは、相手の監督が女だからと思っていると、痛い目に遭うということ。
「先発は聖君で行くからね」
エース先発は、この秋初めてである。
国立もまた、何か嫌な予感を感じているのだ。
県立三里高校の野球部監督である青砥晶は、いわゆる女傑と言えよう。
高校時代はマネージャーであったが、シニア時代の経験を活かして、練習の補助もしていた。
バッティングピッチャーをすることもあれば、キャッチボールの相手もした。
一斉にノックをする時は、ノッカーにもなったものだ。
よく言われるのは、リアルモモカン。
本人としては光栄であるが、125kmは投げられない。
生まれてくるのが10年遅ければ、絶対に男子に混じって野球をしていただろう。
東大の権藤明日美と佐藤姉妹の活躍など、一部の突出した女子は、男子をも上回る力を持つ。
競技の中に技術の要素が強ければ強いほど、フィジカル頼みのプレイでは通用しなくなる。
だからと言ってフィジカルを軽視するわけではない。
高校野球というのは結局、体力さえあればある程度は勝ち進めてしまうのだ。
そして勝ち進んだ先では、さらに体力が必要になる。
三里が白富東に対して、有利な点は他にもある。
白富東は三年がこの夏の戦力の大半であったため、新チームの調整中だ。
だが練習試合自体は、Bチームを作って県内の中堅以下のチームと戦っている。
中でも三里は、AチームともBチームとも戦ってきた。
良い秋晴れのこの日、県大会は三回戦が行われる。
これに勝ったほうがベスト8進出であり、明日と連戦になる。
それにもかかわらず、国立はエースで抑え経験の多いユーキを先発に持ってきた。
ユーキはなんだかんだ言いながら、現在の白富東のピッチャーの中では、最高の経験を持つ。
この段階ならば、まだ耕作や他のピッチャーでも、それなりに通用する。
だがユーキが一試合を完投する経験は、どこかで積ませなければいけない。
スタミナなどではそれほど劣るわけではないが、耕作の方が完投回数は多いぐらいだ。
ユーキが完投することは、戦力の上で大切だ。
はっきり言って全国で投げって勝てるのはユーキだけなのだ。
去年はまだ文哲と山村がいたが、それよりも投手力は落ちている。
エースが完投して勝つ、という旧来の形が必要になる。
この秋の段階では、まだユーキが全国レベルで完投する力はないと思う国立である。
だからと言って完投能力がなければ、来年の夏になっても、甲子園に行くことは出来ない。
センバツは、おそらく無理だ。
この県大会を、優勝するのがまず難しい。
そして準優勝で関東大会に進んでも、完投の強いチーム相手に、ベスト4まで勝ち上がれるものだろうか。
ベスト8まで勝ち残っても、選ばれる可能性はある。
だがそのベスト8、おそらく他の県の優勝チームと当たるなら、一回勝つことさえ難しい。
関東の県の一位なら、今の白富東が勝つのは、純粋に戦力的に難しい。
そんな先のことを考えなくても、まずは目の前の試合だ。
ここで勝って、勝ち続けることが出来るか。
ユーキの成長を計ることが、国立にとっての最重要事項である。
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