第156話 逆境を越えていけ

 白富東はその攻撃において、基本的には積極的である。

 だが積極的というのは、なんでもかんでも食べにいくダボハゼのような行動を指すのではない。

 五回が終わって2-2というスコア。

 白富東はランナーは多く出しているのだが、残塁が多すぎる。


 グラウンド整備に出ている選手たちも、表情が暗いとまではいかないが、狐につままれたような顔をしている。

 ピッチャーの耕作は塩谷と、国立から指示を受けている。

 あとはキャプテン塩野も作戦会議であるが、スコアをつけていたサラが一番言いにくいことを言った。

「なんだか負けそうな雰囲気ですね」

 正直すぎる。


 妹の言葉をたしなめるでもなく、こちらもグラウンド整備には出ていなかったユーキは、国立の言葉を待つ。

 国立としても守備はともかく、ここまで攻撃がつながらないのは予想外だった。

 単純に打線が機能していないとかではなく、流れまで悪くなっている。

 だが逆に、秋の初戦が楽勝じゃなくて、よかったとも思うのだ。


 グラウンド整備が終わって、改めて手短に作戦タイムである。

「そろそろしっかり点を取っていくから、この回の表をしっかり抑えよう。守備はエラーも出ていないから、あせらなくてもいいよ」

 国立は余裕の笑みを浮かべているが、内心では色々と考えている。

 まだ選手の間にあるのは戸惑いだ。

 これがあせりになると、本格的にまずい。

「七回からはチェンジで。聖君、ブルペンへ」

「はい」

 元々試合の終盤になれば、抑えとして出すことは告げていた。

 だが理想的なのは、コールドの勝ちだったのだ。

 それが不可能であることは、もう選手たちも分かっているだろう。


 六回のマウンドに登った耕作だが、まさか自分がここまでイニングを投げるとは思っていなかった。

 序盤から思ったほど点が入らないとは思っていたが、ヒット六本も打って二点というのは、明らかに少ない。

 耕作も四本打たれているので、あまり大きなことは言えないが。

 とりあえず船橋西と白富東の違うところは、攻撃面でのオプションが機能していないことか。


 正直、運が悪かった点も多くある。

 当たりのいい打球が野手の正面に飛んで、二つのダブルプレイ。

 堅実に進塁打を選んでいけば、三点は取れていた。

 だがそういった反省は試合が終わってからでいい。もちろん今の時点でも、ちゃんとミスは認めなければいけないが。

(ま、それは監督の考えることだよな)

 耕作はこの回も、開き直って投げる。


 国立はああ言ったが、なんだかんだ言ってこの試合、相手にリードを許した場面はない。

 味方打線が固くならないように、逆転を許してはいけない。

 耕作はこの回も、三塁まではランナーを進めたが、無失点で切り抜ける。

 国立がどうにか、この回からの攻撃を考えてくれるはずだ。

 そう思えば厳しい展開でも、どうにか乗り越えられる。

 次の回からはユーキが投げるのだ。




 ベンチの中で仁王立ちの国立は、敵軍のベンチをじっくりと見ていた。

 そしてやはり、勝てるはずだという確信を持つ。

 戻ってきた選手たちを半円に立たせて、教師のように語りかける。まあ実際に教師でもあるのだが。

「君たちはここまで積極的に打っていったわけだけど、それが結果に伴っていない。せっかくランナーを出しても、それを進めることが上手くいっていないのは分かるね?」

 今さらではあるが、事実なのだから仕方がない。

「不足しているのは経験だ。だからここからは各人の技術の範囲内で、確実な野球をしていこう」

 そうすれば、普通に点は入るはずなのだ。

「スモールベースボールをしようか」


 スモールベースボール。日本の野球を揶揄して言われる言葉でもあるが、高校野球などはよりその傾向が強い。

 バントや盗塁などでの進塁を意識し、確実性の高い選択をしていく。

 一気に大量点が入るわけではないはずの野球だが、この方法でもちゃんと大量点は取れたりする。


 まずは出塁。

 ヒットで出塁するのも、フォアボールで出塁するのも、その回の先頭打者ならば価値は同じだ。

 打順は七番の麻宮からであったが、センターを守るこの俊足選手は、打率はそれほどよくはない。

 なので狙うのはフォアボール。

 船橋西のピッチャーは、全国制覇をしたチームを相手に、これまで及第点以上のピッチングをしてきた。

 それなりに球数も増えてきているのだ。


 なのに狙ってくるのは、ゾーンギリギリのコース。

 落ち着いて見てみれば、ボール球を選ぶことが出来る。

 

 先頭打者が出塁したことで、打順は八番の宮下。

 打率は低いが長打のあるこのバッターに、この場面では何を求めるか。

 それははっきりとした送りバントである。

 ダブルプレイを避けるために、ランナーを送る。

 この試合においては、はっきりと白富東は地に足をつけた選択をしてきた。


 麻宮が二塁へ進み、ワンナウト二塁。

 打順は九番の耕作なので、ここで国立は代打を送る。

 小柄だがパワーのある一年長谷川が、打席に立つ。


 ここで求められるのは、純粋なヒット。

 一番の九堂に回れば、ヒットかフォアボールで出塁する可能性は高い。

 二塁にランナーがいれば、それをケアするために守備もやや動く。

 引っ張っていいぞ、と国立のサインに、長谷川は応えた。

 三遊間を抜くヒットで、ワンナウト一三塁。

 そして打順は上位に戻ってくる。

 国立は一塁の長谷川にも代走を出し、この回での得点を拡大させることを考える。


 このチャンスにおいて、国立のサインは堅実なものである。

 スクイズが決まって、ツーアウトランナー二塁。

 船橋西も白富東がプレイを変えてきたのに対応して、一点を取られても確実なアウトを取った。

 だが、ランナーはまだ二塁にいるのである。しかも俊足のランナーが。


 二番の塩野の打球は、一二塁間を抜いていった。

 このヒットで二塁からランナーは帰り、この回二点。

 追いつかれた白富東が、また突き放す。

 そしてこの点差は、もう広がるばかりで、縮まることはなかったのである。




 最終的に9-2で、七回コールドの勝利であった。

 だが反省するところは多い。

 クラブハウスにおいて、国立は勝利にほっとしている選手たちを前に、色々と問題点を上げていく。

「守備はよかった。バッティングもヒットの数は多かった。けれどなかなか点が取れなかったのは、幾つか理由はある」

 一番大きいことは、チームバッティングが出来ていなかったことだろう。


 国立は基本的に、おおまかなサインだけを決めて、かなり好き放題にやらせた。

 なので点が取れなかったのは、実は国立の責任である。

 だが細かく指示を出し始めると、すぐに点が取れていったのだ。


 このチームは、確かに夏までに比べると圧倒的に弱い。

 だがそれでも戦力的には、比較的に強いのだ。

「それでも点が取れなかったのは、ベンチからのサインを出していなかったということで、つまりベンチからのサインがないと、的確な攻撃が出来なかったということだね」

 せっかく力はあっても、それを充分に発揮出来ていないということなのだ。


 国立の注意は、叱責よりは諭すような感じで、一般的な野球部のものとは違う。

 秦野ともまた違ったものであり、これが国立のやり方なのだ。

 まあ部長を教頭がやっているので、下手な叱り方はできないというのもある。

 そもそも国立は、怒鳴ったり罵倒したりはしないキャラなのだが。


 場面ごとの攻撃の選択ミスは、確かに多かった。

 だが守備に関しては、優先順位がはっきりとしていた。

 耕作と塩谷は夏のベンチにも入っていたため、そのあたりのことは分かっていたのだ。

 あとは二遊間が上手く機能していたということもある。

 ただ外野フライが少ない試合だったので、そのあたりがそうなるかはまた微妙なところである。


 そして二回戦は明日の日曜日なのだ。

 ミーティングは必要であるが、あくまでもそれは明日に活かせなければ意味がない。

「じゃあ二回戦の相手について、作戦会議だ」

 国立は今日の試合を見ながらも、次の試合のことを考えていた。




 白富東はこの秋、楽勝の試合など一つもない。

 一回戦も途中までは互角の様相であったし、二回戦もハイスコアゲームになった。

 それでも12-5と、七回コールドではある。

 この試合は二年生の八巻と長門を継投させて、ヒットをお互いに打ち合うような試合になった。

 その中で、大胆に攻撃していく場面と、繊細に点を取っていく場面があったのだ。

 勢いに任せて勝っていくことも必要だが、チャンスは確実にものにしなければいけない。


 そして二回勝ったということは、ベスト16までは勝ち進んだということ。

 次の対戦相手は、白富東にとっては色々と付き合いの深い、国立が前任であった三里高校である。

 この五年間の間、白富東によって、千葉は一強状態であった。

 その中でもなんとか甲子園にいけたのが、この三里高校だけである。

 国立としても白富東と練習試合を重ねながら、練習やトレーニングを続けていたのだ。


 三里の状態は、今も国立がいた頃とそれほど変わらないだろう。

 実際の試合のスコアを見ても、点の取り方は想定の範囲だ。

 だがこの二試合は、両方とも一点差で勝っている。

 競った試合に強いということだろう。


 だが国立としては、ビッグイニングを作る強打はないと知っている。

 大量点を取ってくるような、派手な打線ではないのだ。

 両方がその能力を出してくるなら、白富東の方が強い。

 ただ指揮官は、あちらは青砥である。

 県内で現在は唯一の女性監督。

 はっきりいって恵まれた環境ではなかった公立校で、ベスト8までは勝ち進んだのだ。


 練習内容はノックが多く、三里の狭いグラウンドでも、自由自在にゴロやフライを打っているそうな。

 さすがに大学野球で、男に混じって練習をしていただけのことはある。

 国立としては、色々な女子選手を見る機会があったので、油断することなどは絶対にない。

 だが女性監督を相手として、選手たちはどう戦うだろうか。

 白富東を初めて甲子園に導いたのは、女性監督であるセイバーであった。

 それを忘れていなければ、しっかりと勝てるとは思うのだが。


 練習だけではなくミーティングを行うことで、戦術理解度は上がってきたと思う。

 だからあとは、実戦でそれを、どれだけ行えるかだ。

 現在の主力選手を、国立は知っている。

 秦野も三里を、単なる公立校とは考えていなかった。


 センバツに選出されるためには、確実に関東大会でベスト4に入っておきたい。

 だが今の白富東で、関東大会のそこまで勝ちあがれるだろうか。

 正直なところ、県大会でベスト4に入るのも、それなりに難しそうなのである。


 考えても考えすぎることではないが、それでも考える限界はある。

 週末の試合に向けて、調整の練習をさせる国立であった。

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