第155話 散り際、そして芽吹き
九月の下旬から行われる秋季県大会本戦は、土日を使って試合が行われる。
甲子園が終了してから一ヶ月もしていないのに、完全な新チームで戦わないといけない。
こんな逆境であるのに、さらにコーチ陣は契約を終えて、特別に残ってくれたバッテリーコーチ以外は、アメリカへの帰還である。
よくもまあ三年以上も、日本での契約をしてくれたものである。
バッテリーコーチにしても、元々日本からアメリカに行っていたからこそ、白富東のコーチングを引き受けてくれたのだ。
とは言っても週に二度ぐらいで、あとはセイバーの会社の施設で働いているわけだが。
まずは打線のつながりと、最低限のピッチャーをどうにかしないといけない。
バッティングについては国立が専門なので、試合で調子を見つつ打順とベンチをあちこち入れ替える。
そこで気付いたのだが、今年よりも来年はさらに、困ったことになるのだ。
ピッチャーがいない。
もちろんピッチャー経験者はいるのだが、今の時点では耕作一人になってしまう。
投手の負担を軽減することが重要な昨今、ちょっとでもいいピッチャーは、私立による争奪戦が起こる。
それでも白富東はそのネームバリューと体育科の創設で、どうにかピッチャーを確保出来そうなものである。
だが実際はユーキは帰国子女枠、耕作は普通科と、この二学年で甲子園で投げた二人は、体育科ではない。
その前の年も山村一人で、悟や宮武、花沢などは急造の投手であったのだ。
(今の一年の中から、二人はピッチャーを作らないといけない)
国立はそう考えているし、肩の強い者に目をつけているのだ。
もっとも投手として通用するかどうかは別である。
全ては秋の大会が終わってからだ。
練習試合と紅白戦を行って、どうにかスタメンと打順については目途がつく。
だがある程度のコンバートがあるので、守備についてはやや不安もある。
ただセンターラインは、どうにか上手く作れたと思う。
1 (左) 九堂 (一年) 右投左打
2 (二) 塩野 (二年) 右投右打
3 (遊) 大井 (二年) 右投右打
4 (右) 悠木 (一年) 右投左打
5 (一) 岩原 (二年) 右投右打
6 (捕) 塩谷 (一年) 右投右打
7 (中) 麻宮 (二年) 右投左打
8 (三) 宮下 (二年) 右投右打
相変わらず三番打者にショートが入っているが、大井は大介や悟のような爆弾ではなく、普通に巧打の選手である。
おそらくバッターとしての素質が一番高いのは、一年でライトを守る悠木である。
ただ全般的に二年生よりは、一年生の方に打力の優れた選手は多い。
ピッチャーはユーキを中心に、体力バカの耕作を二番手に使っていくことになる。
だが他に二年生のピッチャーとしては、八巻と長門という右のピッチャーを使うことになるだろう。
サウスポーでもなく、サイドスローやアンダースローでもなく、特徴がはっきりしているわけでもない。
だが公立の弱いチームでは間違いなくエースになれる程度の球は投げられる。
もっともこの二人を本当に戦力として使うようになれば、その時はもう試合は負けたようなものであるが。
試合の中で選手を育てて、秋の大会を戦っていくことになる。
関東大会まで勝ちあがるためには、五試合に勝たなければいけない。
白富東はいまだに、県内の公式戦では無敗記録を作っている。
だがさすがに今年は厳しいかな、と国立は思っている。
なにせ練習試合ならともかく、公式戦での試合経験が圧倒的に足りない。
ピッチャーのユーキと耕作がそこそこ投げているのは、まだしもマシか、というところなのだが。
不安を抱えながらも、大会のトーナメント表が出来てくる。
勇名館とトーチバと上総総合があちらの山ならいいなと思っていたが、さすがに現実はそこまで幸運を与えてくれない。
順調に勝ちあがって行けば、準決勝でトーチバに当たる。
幸いなことに勇名館と上総総合は、あちらの山である。
他に強そうなところというと、ベスト16で三里と当たる。
国立の古巣であり、今でもよく練習試合を行うのだが、基礎をとことん重視して、しっかりとスモールベースボールをしてくる。
おそらく選手個々の能力はともかく、チームとしての完成度は、今の白富東よりも高い。
今年の秋、県大会を勝ち進み、関東大会の上位に入るのは、正直かなり厳しい。
せめて開催地が千葉だったら、と思うこともあるが、そのあたりは全て運である。
それよりもとにかく、準決勝まで進めるかどうかも微妙なのだ。
一回戦の対戦相手は、公立の船橋西高校。
まあだいたい夏はいつも、三回戦までに消えるようなチームである。
ブロック大会を勝ち残ったとはいえ、それほど注意するべきチームではない。
本来なら現在の白富東の戦力でも、コールドにしなければいけない相手だ。
ただ純粋に、楽な相手と決め付けてしまうわけにもいかない。
もちろんここでいきなり全力というのも、それはそれで違う。
(センバツは捨てるわけじゃないが、実際問題勝ち残るのは難しいな)
国立は冷静に、現在の白富東を評価している。
ピッチャーがまず、ユーキがエースであることは間違いないが、他はチームを勝たせる絶対的な力は持たない。
打線は打力のある選手はそこそこ揃っているが、試合でどんな柔軟さを見せてくるかが分からない。
守備は、これまた選手の守備力は高いが、内野の連繋などは不安が残る。
とりあえず二遊間だけは、みっちりと仕上げてはおいたのだが。
幸いと言うべきかどうか、今年の夏の全国制覇をした三年が、国体もあるため練習への参加はかなり積極的だ。
その高レベルの練習の中に混じれば、とりあえず基礎的な能力は上がるか。
これでもまだ国立は、教頭が部長をしてくれて、他の教員の協力もあるため、恵まれた状態にあると言っていい。
三里の頃は監督としてだけではなく、部長の役割もある程度は果たさなければいけなかった。
選手の質にしても、あのセンバツに行った時の三里よりも、白富東の方が優れている。
だからやはり、問題は経験なのだ。
学校説明会や、普段の授業など、やることはたくさんある。
その中で勝てるチームを作っていかなければいけないのだから、公立高校の教員が監督をやるのは大変なのだ。
そんな愚痴を言っていても、やるべきことが消えるわけではない。
引退した三年が、コーチ的なことをしてくれるのは助かる。
県大会本戦が、ついに始まる。
夏に全国制覇をしたということで、やはり学校の期待は大きい。
週末と祝日を使って行われるこの日、1000人近くは生徒だけでいるのではないか。
だがこれが夏の大会の決勝にでもなると、マリスタが満員になったりもするのだ。
白富東は、秦野という監督がいなくなって、完全に違うタイプのチームになると言ってもいい。
戦力もだいぶん落ちているが、それでも観衆は白富東の名前だけで期待するのだ。
おそらく一番プレッシャーを感じているのが国立である。
だがそれを選手たちに見せるわけにはいかない。
一回戦の先発は、甲子園のマウンドにも立った耕作である。
公式戦ではベンチにすら入ったことがなかった八巻と長門は、とりあえずこの空気に慣れてもらわなければいけない。
ユーキは試合展開次第でリリーフしてもらうつもりだが、出来れば耕作に完投してほしい。
そう考えていると、八巻か長門を先発にし、耕作をリリーフにする手もあったかな、と考えたりもする。
相手の打線についても、ブロック大会のスコアは入手してある。
どこをどう見ても、特筆すべき長所はないが、丁寧に野球はしているという印象だ。
相手に先攻を取られてしまったのが、いいのか悪いのか微妙なところであるが。
新チームがどれだけ弱くなっているかは、実際にベンチ入りしていた耕作は、はっきりと分かっている。
それは単純に選手の実力だけの問題ではなく、采配を取る者が変わったことにもよる。
国立はバッティングを教える技術、守備の技術など、様々な点で優れた指導者だ。
監督になって一年で、公立高校を甲子園に導いたというのは、並大抵の人間に出来ることではない。
だが秦野は既に土台が出来ていたとはいえ、甲子園で四度の優勝をしているのである。
指揮官のカリスマ性や説得力。
そういったものが、国立では秦野ほどのものはないのだ。
冷静に野球部のことを見られる、耕作だからこそ分かることだ。
だが今の一二年生には、自分たちにも栄光が約束されていると、漠然と信じている者も多いだろう。
(まあ俺みたいな一般人からすると、そんな都合のいい展開ばかりにはならないって分かってるんだけどな)
耕作は対人間でもなく、対自然の農家である。
どれだけ日頃から注意していても、天候によって作物が全滅するということは、いくらでも耳にしている。
そういった時の支援のために、農協などがあるのだが。
出来れば一生、そういった頼り方はしたくないものである。
甲子園のマウンドに比べると、県営球場のマウンドは随分と冷えている。
季節だけの問題でなく、熱気が違うのだろう。
この左のサイドスロー相手に、相手チームは一回からランナーを出しはしたが、そこまでである。
プレッシャーには強い耕作は、まず一回の表を抑えた。
その裏、白富東の攻撃。
一番打者は、一年の九堂。高打率の俊足打者だが、まだ体の線は細い。
身長があるだけにここから、どれだけ体を作っていくかが、三年の夏までの課題である。
船橋西高校は、ごく普通の公立校の野球部だ。
熱心に練習をしても、選手も設備もその元が、それほどたいしたものではない。
そんなチームでも指導者が良ければ、ピッチャー次第でそこそこ勝ち進めるものである。
だがこのチームのエースは、球速もMAX130kmには届かないし、特別な変化球があるわけでもない。
はっきりしているのはコントロールがいいということだけ。
甲子園で全国制覇をしたチーム相手に、いきなりストライクに投げ込む勇気はなかったか。
だが新チームに慣れていない白富東には、強気でいっても良かったかもしれない。
九堂はボール球に手を出して内野ゴロ。
初回の一番打者が初球に手を出してアウトなど、国立も内心では頭を抱えたくなる。
二番の塩野がじっくりと球筋を見極めて、それからも粘ったが内野ゴロ。
ツーアウトからこの新チームでは、甲子園でグラウンドに立ったこともある大井である。
(相手が格下だとか思って、あんまり早打ちしたらまずいよな)
これはこれでじっくりと球を見極め、その末に外野に打ち返したが、正面へのフライ。
当たり自体はよかったのだが、これで三者凡退である。
二回の表も、耕作はランナーを出しつつ、三塁までは進ませないピッチング。
この裏に点を取らないと、ちょっと困るなと思う国立だが、四番の悠木である。
一年生ながら四番に抜擢された悠木は、おそらくセンスだけなら一番だ。
しかし狙い球の絞り方が独特すぎる。
相手のいいボールを打ってこそ。そんなことを言っているのである。
まあ完全な間違いとは言えないが、場面によっては確実にヒットを打っていくべきであるのだ。
だが、低めを狙ったこの打席、打った打球は外野の頭を越えてフェンスまで。
足も速いので、スリーベースヒットになった。
(選手の個人能力だけで攻撃してるな)
国立はそう思うが、それでチャンスを得ているのだから文句は言えない。
まずは一点という場面か、それともここは強攻か。
五番の岩原は、長打は打てる。そしてゴロが少ないフライを打つバッターだ。
ならばタッチアップぐらいは打ってくれるかと、そのまま自由に打たせてみる。
低めを掬い上げる外野フライ。
後退したセンターがキャッチしたが、タッチアップには間に合わない。
悠木がホームを踏んで、どうにか先制に成功である。
(けれどまだ、まともに打線が機能しないかな)
この回も一点だけで、どうにか抑えられてしまう白富東であった。
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