第146話 正統派と改革派

※ 本日のエピソードは時系列的に大学編151話の方が先です。


×××


 早大付属はまさに甲子園常連校といった、名門であり強豪校であるが、ある程度強さに波がある。

 大学とつながっている私立なため、入ってくる選手に変な条件がついていたりするのだ。

 すると監督としても慎重に対処せざるをえなくなり、その結果選手の手綱を握れなくなったりもする。


 競合の集まる西東京の中でも、この10年以上は、おおよそ二年に一度ぐらいで、夏は甲子園に来ている。

 思ったほどの戦力がないのに勝ち進んだり、戦力が揃っているのに早々に負けたりと、監督である片森も、なかなか甲子園の空気はつかめない。

 東東京の帝都一の松平のような、筋金入りの高校野球の化身とは違うのだ。

(それでも今年はチャンスだ)

 戦力的には上だと思っていた、帝都一と横浜学一、目の上のたんこぶの二つが消えた。

 だいたいどの常連校も嫌がる桜島や、春のセンバツ優勝校の明倫館、準優勝校の青森明星も消えた。

 白富東は確かに、厄介な青森明星にも、爆発したら止めようがない桜島にも勝った。

 だが本命でも対抗でもなく、注意といったレベルの相手だ。


 早大付属との相性は、おそらくこちらが有利である。

 選手の集め方が違うのだ。それでも悟と宇垣の二人は、要注意のバッターであるが。

 守備陣もやや早大付属の方が上であろうし、あとはベンチの層が違う。

 白富東はピッチャーを別にすると、スタメンは全員が三年生だ。

 三年生を突破してスタメンになるような下級生がいなかったということで、即ちそんな下級生と切磋琢磨していない三年生は、それほど力も上昇していないと考えられる。

 もちろん油断や慢心などは禁物だ。

 だがマークすべき部分は、ちゃんと分かっているのだ。


 


 今年もここまで来れたか、と感慨深い思いの秦野である。

 だがここまで来れたなら、最後まで全て勝ってしまいたいとも思う。

 日本全国4000校の野球部の中で、最後まで勝って終われるのはたったの一校。

 その中で三年生の割合を考えると、ベンチまで含めても10人ちょっとだろうか。

 そして監督はただ一人。


 既に二度の夏の優勝を、秦野は体験した。

 だが一度目のチームは誰が采配をしても、よほど足を引っ張らない限りは勝てるチームであった。

 むしろピッチャーが15回をパーフェクトに抑えたのだから、その間に一点も取れなかった監督が無能であるのだ。


 二度目の夏は、監督がどうこうと言うよりは、ピッチャーの気分次第という感じであった。

 エースの調子が良ければ勝つし、悪ければ敗北する。

(去年は……蓮池か)

 打つほうも守るほうも、あのスーパー一年生にやられた。

 だが今年は大阪光陰は、久しぶりの地方大会敗退である。

 去年の秋から成績が上がっていないので、おそらくチーム内の事情が関係しているのだろう。


 この秦野の予想は完全に正しく、なんだかんだ言いながら蓮池からも一目置かれていた緒方がいなくなると、蓮池が二年生に対して増長。

 一年と二年の対立は、冬を越してもそのままであり、新一年の加入があっても、それは解消されなかった。

 野球がチームスポーツだというのは、むしろ試合よりも練習などの方で、現れるのかもしれない。




 左打者がそこそこ多い早大付属を相手に、先発は山村。

 だが相手のオーダーを見て、己の失敗を悟る秦野である。

 左打者が二人少なく、控えと入れ替わっている。

(しまったな)

 そしてこれを見せられた国立も、思い切ったことをしてきたな、と思った。


 白富東が甲子園で使ったのは、右が二枚で左も二枚。

 うち右の二枚が間違いなく、成績も精度も高い投球内容である。

 だが左打者が多い早大付属には、サウスポーを当ててくると読んだのだ。

 もちろん普通ならばスタメンの二人の方が、多少は能力は優れているのだろう。

 つまりサウスポーの投手を苦手としているということだ。


 普段と違うことをすると、それがミスにつながる場合もある。

 だが甲子園ではそれを恐れていては、勝てる試合も勝てないし、実力が上の相手には絶対に勝てない。

(早々に文哲に代えるのもなんだし、山村を一度外野に外すか? でもそうすると外野の守備力が落ちるし、打撃力もなあ)

 早大付属のような名門がやってくるには、ずいぶんとちゃちな作戦ではある。

 だが確かに効果的ではある。


 山村はバッティングが壊滅しているタイプのピッチャーではないが、外野にレギュラーで入る三人に比べると、それでも打率や出塁率が低い。

 それに何より守備力が落ちる。

 左利きの山村に他に出来るポジションはファーストぐらいだが、そのファーストの宇垣は他にサードぐらいしか出来ない。

 サードの宮武までセカンドにしたりすると、それこそ玉突きでポジションをどれだけ代えなければいけなくなるか。


 かといってすぐに文哲と交代すれば、あちらも左を打線に戻してくるだろう。

 スタメンの力なら早大付属と互角か、それ以上に戦えるだろう白富東だが、ベンチメンバーの層は違う。

 あちらは100人以上の、私立でやる覚悟を決めた選手たちなのだ。

 白富東もかなり選別されたベンチメンバーだが、それでも早大付属の方が上である。

 打撃力だけに全ステータスを振ったような選手もいるのだ。




 まず指揮官が取り乱していてはいけない。

 相手のスタメンが変更されたことを教えつつ、表面上は平静さを保つ。

「どうです?」

「山村君を外野に持って行くとして、すぐに左を持って来られたら、またマウンドに戻すハメになりますね」

 国立と話し合ってみるが、ここはこのまま山村で行こう。

 あちらもスタメンを崩しているのだから、それなりに攻撃力は低下しているはずだ。

 もっとも名門強豪のベンチ入りメンバーなど、一部を除いてはほとんどスタメンと変わらない能力なのだろうが。


 一回の表、早大付属の攻撃。

 先頭打者がいきなり、甘く入ってきた初級のストレートを叩いた。

 立ち上がりがやや悪く、日によってパフォーマンスも安定しない。

 それが山村の悪いところである。

 もっともこの三年の夏までには、そういった分かりやすい弱点はかなり改善してきたのだが。


 続く二番と三番は打ち取ったものの、四番が大きな当たり。

 左中間を抜けるツーベースの間に、ランナーは普通にホームに帰って来た。

 あまりにも簡単に入った一点。

 続く五番を内野フライで打ち取ったが、ヒット二本で入った点は、かなり安易な入り方だったのではと思う。


 バッテリーは秦野の隣に座って報告してくる。

「きてる球はいいんですけど、そのぶん抑えがきかなくて、上ずってます」

「ちょっと投げ込んで修正したいです」

「分かった。じゃあ山村は投げて来い。今日は三人で継投するつもりだから、後ろのことは考えなくていいぞ」

 山村はグラブを持って、ブルペンを使い始める。控えのキャッチャーを相手に。


 改めて秦野は上山を見る。

「球がいいのは本当ですけど、どうもストレートを投げたがっていて」

 思っていた左打者がいないのだから、その気持ちは分かる。

「カーブは使っていってもいいが、ボールに投げさせろ。ゾーンのストレートを活かすために」

 秦野の指示に、上山は頷く。

 山村が使いたがっているカーブは、右打者にもそれなりに有効なのだが、打たれるという意識はあるのだろう。




 一回の裏の攻撃は、白富東も先頭の大石がフォアボールで出塁した。

 早大付属のエース成沢も、立ち上がりがいいタイプではないというか、尻上がりに調子を上げてくるタイプだ。

 だが二番の宮武が進塁打を打って一塁が空くと、悟を敬遠してきた。

 左対左で有利なはずなのだが、ランナーがいて一塁が空いていたら、最強のバッターは自然と敬遠するものか。


 だがこれでワンナウト一二塁であり、この大会では悟が歩かされた時に、三本のホームランを打っている宇垣。

 悟のホームランもこの大会では三本なので、追いついているとも言える。

 後ろに強力なバッターがいた場合、歩かされることは少なくなる。

 特に宇垣のようなタイプは、舐められたと思ったら実力を充分以上に発揮するタイプだ。


 しかしここでスライダーが、利いてくる。

 アウトローのゾーン内のスライダーを、それでも宇垣は上手く打った。

 ただやはり打球の速度は足らず、三塁線を抜こうかというところで、飛びついたサードがキャッチする。

 そのまま立ち上がって三塁ベースを踏むが、セカンドとファーストは間に合わない。

 ランナーが進まずにアウトが取れただけでいいだろう。


 そしてランナーは変わって、五番の上山。

 胸元にくるスライダーは、右バッターにとってはまだしも脅威ではない。

 ただしそもそも本格派のサウスポーというのは、それだけでも打ちにくいものだ。


 粘った末に外野まで持っていったが、守備範囲でフライアウト。

 一回の裏、白富東はランナー二者残塁である。




 打てない球ではないが、ジャストミートは難しい。

 それにストレートも球速は、普通に140台の後半は出ている。

「タケに比べればたいしたもんじゃないぞ」

 秦野はそう言うが、高校野球の歴史に残るレベルのピッチャーとは、比べてほしくないものである。

 ただ武史の使っていたナックルカーブよりは、あのスライダーの方が打ちやすいと思うのも確かだ。


 二回の表は、制球に苦心しながらも、三者凡退で終わらせた山村である。

 もちろん同じぐらい、上山も苦労はしている。

 山村はまたブルペンでピッチングの微調整に入る。


 ただ白富東も、二回の裏は三者凡退となった。

 1-0のスコアのまま、三回の表へと。

 このまま淡々と試合が進むならまずいな、と秦野は思う。


 三回の表、早大付属はラストバッターの成沢からだが、成沢は打てるタイプのピッチャーだ。

 なのでラストバッターだからといって、甘く見ることも出来ない。

 ただし左打者なので、左の山村との相性は悪い。

 自分もサウスポーのくせに、サウスポーのピッチャーを打てないのは、普通にあることなのだ。


 内野ゴロでアウトにして、先頭に戻ってくる。

 先制のホームを踏んだ先頭の一番だが、これはリードオフマンの左打者。

 ただ左バッターだからというだけで、侮ったところも山村にはあった。

 二打席目はあっさりとアウトになり、続く二番もアウトにして、しっかりと三者凡退。

 ピッチャーの球数も少なく、試合の展開も早い。


 これは、あれである。

 あっという間に終わっていたというパターンで、どこかでリズムを自分たちのものとしていかなければいけない。

 だが三回の裏、ピッチャー山村かた始まって、大石、宮武と三者凡退。

 次の回は悟からのクリーンナップとなるが、あちらも三番からである。


 ここでピッチャーを交代するということもありではある。

 だがまだ四回とも言えるのだ。

 左ピッチャーは耕作もいるが、先発で様子を見れるようであったり、リリーフで短いイニングといった場面以外では、マウンドに送るのは勇気がいる。

 山村は引っ張りたいというか、いざという時のためにグラウンドに残しておきたいのだが。

(どうするべきか)

 秦野としても迷うが、ここは動かない。

 一回のピッチングから自分の不調を自覚して、ちゃんと調整してきているのだ。

 ここは上山と相談して、球数を使ってもしっかりと投げていってほしい。


 クリーンナップかた始まる四回の表、山村はまたヒットを打たれたが、違うのはそれが五番ということ。

 ツーアウトランナー一塁なら、それほど恐ろしいこともない。

 これが三塁にランナーがいたりしたなら、色々と想定しなければいけないこともあるのだが。

 六番を普通に、三振で抑えた。

 カーブを上手く使って、空振り三振である。




 四回の裏、先頭は悟。

 敬遠したいバッターではあるが、先ほども四球で逃げている。

 ランナーのいないこの状態で、名門のエースが逃げるわけにはいかないのだ。


 体に当たるような軌道から、しっかりと外に逃げていくスライダー。

 だが悟はそれを踏み込んで痛打した。

 打球はライトの頭を越えて、着地してからラインの向こうへ。

 悟は俊足を活かして、二塁も回った。


 ボールは戻ってきたが、スライディングでセーフ。

 ノーアウト三塁という、絶好の機会である。

 これで一点も取れなければ、指揮官が無能なのだ。


 単に一点というのなら、スクイズという手段もある。

 宇垣はこれでなかなか器用なので、セーフティバントも決めたりする。

 なんならセーフティスクイズというのも、悟の足を考えればありである。

(とはいっても、ここは普通に打って行く場面だ)

 秦野のサインに、宇垣は頷く。


 外野フライでも、そこそこ深ければ一点は取れる。

 だがこの状況で一点だけで満足するなら、それは最後に勝つのは難しいだろう。

 白富東は三番に最強打者を置くが、それが歩かされた時のために、四番にも強打者が入っているのだ。 

 ここでまた打って、スカウトに対して自分の勝ちを高く見せろ。


 サウスポーのスライダーを、当たることも覚悟で踏み込んで打つ。

 打球は右中間を破り、当然ながら悟はホームへ帰ってきた。

 そして宇垣は二塁に達し、ノーアウトのままさらにチャンス継続。

 逆転への期待が続く。

 スタンドからの応援は、演奏と共に上山の名前を呼ぶ。

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