第144話 打ち損じ
野球においてバッターというのは、いくつかの観点から分けることが出来る。
その中の一つが、ホームランの打ち損じをヒットと見るか、ヒットの延長にホームランがあると考えるか、というものである。
もちろん状況に応じて、必要な打球が打てる天才もいる。
どちらが正しいかを決めるのは、野球の神様しか出来ないことだろう。
だがとりあえず桜島は、全球フルスイングしてくることは間違いない。
二回の表、先頭打者の四番をこの試合最初の三振でしとめた文哲であったが、スイングのダイナミックさはマウンドにいても感じるものであった。
それでわずかに萎縮したのか、甘い球がゾーンに入る。
ミスショットを願ったのだが桜島のバッターにそんなことは通じないらしい。
五番打者の引っ張った球は、レフトスタンドの中段にまで飛んでいった。
(なんつー大味な試合だ)
呆れる秦野であるが、バックネット裏でそれを見つめる直史と瑞希は、懐かしささえ感じていた。
豪打のチームと対戦するにおいては、ピッチャーが萎縮したらそこで負けである。
たとえホームランを打たれても、強気で投げていかなければ、コントロールでさえ鋭さを失うのだ。
凡フライでアウトになるはずのボールが、伸びが足りなくて外野を越えたりする。
逆にボールに伸びがあれば、ホームランのつもりでうっても内野フライになる。
ゴロを打たせるか、フライを打たせるか。
そのどちらかをはっきりと決めて投げなければ、おそらく二分の一の確率ぐらいで、長打が打たれるか、強烈な打球が内野を抜いていく。
ランナーがいて下位打線でも、ぶんぶんと振り回してくる。
ダブルプレイなど恐れない、まさに修羅の国に生まれた者たちだ。
この試合、秦野は基本的に殴り合いを覚悟していた。
だが文哲と上山のバッテリーが、殴り合いの本質を理解している。
言葉では説明したが、ちゃんと伝わっているか微妙だなと、自分でも思っていた秦野である。
殴り合いの本質は殴られても殴り続けること。
殴られて倒れても、そこから立ち上がること。
つまり士気を維持し続けつことだ。
一番恐れるべきは、ゾーンぎりぎりを狙ってフォアボールを出すこと。
文哲も上山も、それを分かった上で勝負しているのだ。
二回の裏には追加点はなかった。
八番の花沢と、九番の文哲が、あまり長打を打てるタイプではないのだ。
ランナーは出たもののこの八番と九番は球威に負け、内野ゴロで得点に結びつかない。
先頭打者の大石に戻ってきたが、ここで彼はなんとセーフティバント。
だが守備が上手いわけではないが、突進力に優れた守備陣は、それに追いついてしっかりとファーストへ。
サードもまた強肩だ。
三回の表も最初のアウトは、あっさりと取れた白富東である。
だがここで先頭に戻り、バッター篠原。
甘く見ていたわけではないが、膝元のスライダーを打たれた。
難しい球なのに、しっかりとヤマを張って打てばスタンドに持っていける。
この日三本目のホームランは、桜島が白富東に追いつくものであった。
それにしても得点の全てがホームランというのは、桜島打線がおかしすぎる。
白富東も一本のホームランが出ているので、お互いに強打者ぞろいというのは分かるのだが。
三回の裏、この攻撃は重要だ。
桜島にとっては追いついてすぐにまた離されるのは、いやなものだろう。
もっともそんな繊細な神経が、あちらの選手に残っているかは疑問だが。
この回の先頭は宮武からで、特に伸びのない球をミートしてレフト前に運ぶ。
クリーンヒットなのに、せこい打ち方をするなと桜島からはお叱りを受ける。
だが宮武としては、後ろに頼れるバッターがいるから、こういったバッティングが出来るのだ。
先制となる外野フライを打った悟は、この打席でもしっかりと打って行くことを考える。
ピッチャーが交代となったが、同じようなタイプのピッチャーである。
単純にもう打者一巡し、目先を変えたいという交代だろうか。
外野は特に下がることもなく、定位置で待ち構えている。
フルスイングしていったら、外野の頭を越える自信はある。
そう思いながら、まずは一球目を良く見る。
特に伸びのある球ではない。ジャストミートするのは簡単だろう。
だが逆にこの球は、回転数が少なくて、あまり遠くに飛ばすのも難しい球だろう。
(長打は狙わず、上手く打っていくか)
悟の出したサインに、頷く秦野である。
ヒットエンドラン。
ライト前に綺麗に打球を落とした悟にも、せこいバッティングをするなと怒声が飛んでくる。
そうは言っても後ろにいるのは、宇垣と上山なのだ。
ノーアウト一三塁というこの場面なら、二人ならどうにでもしてくれるだろう。
そしてその予想は当たる。
前の打席でホームランを打っていた宇垣は、この打席もボールを強打。
悟が思ったようにスタンドまでは飛ばなかったが、外野の頭を越えた。
おそらくこのピッチャーあまり、長打は打たれた経験がないのだろう。そういう球質であった。
だが悟のテクニックや、宇垣のパワーであれば、外野の頭は越えられる。
今回の悟は、つなぐことに重点をおいたが。
三塁の宮武はもちろん、悟もホームベースを踏み、これで二点勝ちこしである。
さらにこのイニングは、上山がライト方向への大きなフライで宇垣がタッチアップ。
また六番の平野もクリーンヒットを打って、三点目が入った。
追いつかれたその裏で、また一気に三点差を付ける。
こんな試合展開であるのに、桜島の守備陣に悲壮感はない。
どれだけ点を取られても、それ以上に点を取るという気迫に溢れている。
むしろ点を取られたことが、あちらの気迫に火をつけたような気がしないでもない。
四回の表、桜島の攻撃。
先頭は四番打者であったが、大きなフライを打ってアウト。
そして一打席目でホームランを打った五番も、同じように深いところの外野フライでアウト。
わずかな気の緩みは、バッテリーのどちらにもあったかもしれない。
打たせるつもりのボールでなかったのが問題であったのか。
六番打者のバットから、両軍通算四本目のホームランが出た。
全てホームランから得点している。
あの夏の桜島も、今日ほど頭の悪いバッティングはしていなかった。
秦野としても、桜島は九番まで、全てホームランが打てるとは伝えていたのだ。
だが全てのバッターに対して、本当に全力で投げることは難しい。
もちろんそこに圧倒的な実力差があれば別だが、文哲はある程度は打たせて取るタイプなのだ。
この回もその一点のみで、スコアは5-3となっている。
乱打戦のように見えるが、白富東のバッテリーは、連打を許していない。
ランナーが出ても変化球を引っ掛けさせ、ダブルプレイを狙っていく。
だが六回の表、桜島はまたもホームランを打った。
ソロホームランで、5-4と一点差に詰め寄る。
なんなんだこれは、と秦野は言いたい。
相手の得点は全てソロホームラン。
対して白富東は、ホームランでの得点もあったが、しっかりと打線がつながっている。
進塁打もしっかりと打って、スコアではまだリードしている。
ただホームランを四本も打たれたというのは、ピッチャーの精神を削る。
球数はまだ余裕があるが、ここいらが替え時か。
ただ、ユーキに代えて一気に逃げ切りというのは、まだ早い気がする。
ならば山村か。だが山村はあまり打たれてしまうと、次の登板に響くような気がする。
どうせ打たれるなら、この先は使わないピッチャーを使おう。
「百間、次の頭から行くぞ。準備しろ」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする耕作である。
五回の表を終えて戻ってきたナインは、投球練習を開始する耕作に当然気付くわけである。
いや、確かに強打のチームは軟投派や変則派に弱いことはあるが、耕作で大丈夫なのか。
文哲としては交代は受け入れるが、チームとして耕作で大丈夫なのかということは考える。
「一点差だと足りないぞ」
そう短く言われて、意識が改まる。
五回の裏、先頭打者は三打席目の悟。
ここまでは先制の外野フライ、クリーンヒットでチャンス拡大と、チームバッティングに専念してきた。
だがこの回から、桜島はまたピッチャーを代えてきている。
投球練習を見る限り、球速は前の二人よりも速い。
だが打てないとは全く思わない。
殴り合って、勝つ。
あちらはもう四本もホームランを打っているが、こちらはまだ一本。
もちろん野球は点の取り合いであり、ホームランの打ち合いで決まるスポーツではない。
だがここで相手と真っ向から殴り合えば、変な流れを渡さずに済む。
バッターボックスに入った悟は、集中する。
これまで以上のミートが必要だ。相手のピッチャーの投げる球を、しっかりと見極めろ。
そして事前に知らされている、桜島のピッチャの特徴。
交代して一球目は、必ずストレートを投げてくる。
勝負は初球。
だからといってボール球を打ってもいいわけではない。
体重移動がまだ下手くそなフォームから投げられる球は、140kmを超えていただろう。
だがその軌道も球質も、悟にとっては丁度いいものだ。
やや外角低めのその球を、フルスイングする。
角度をつけて、外野の頭のはるか上を狙う。
ライト方向。向かい風ではあるが、それでも飛距離は充分。
悟にとっては甲子園通算第11号ホームラン。これで通算単独三位となった。
ベースランニングをする悟に対して、桜島のスタンドやベンチからも、惜しみない拍手が送られた。
さすがに四年前のような頭の悪い記録は更新されなかったが、両チーム通じて九本のホームランが出た。
そのホームランの数だけであったら、桜島がダブルスコアで白富東に勝った。
だが六本のホームランが全てソロでは、連打を浴びせた白富東に勝てるはずもない。
猛打賞の悟と、打ち損じて普通のヒットで出塁した宇垣をランナーに、上山がまたレフトへの大きなホームラン。
クリーンナップがそれぞれ一本ずつのホームランを打って、結果は9-7で白富東の勝利である。
六回の表からマウンドに登った耕作は、ホームランを含む五安打で三点を失ったが、タフで粘り強いピッチングを続けた。
球速はそれほどもないが、変化球の軌道が特殊な変則派である。
打たれても投げる。
逃げなかったことが結局、ホームランをまたソロの場面で打たれることとなった。
桜島は結局ホームラン六本を打ったものの、その全てがソロホームランであった。
また連打の得点が一点だけだったということもあり、非常にもったいない負け方をしたのであった。
だが負けてもやはり、桜島は桜島。
敗因は、もっとホームランを打てなかったことだとのたまう。
(勝てたから良かったけど、本当に俺で良かったのかよ)
もちろん良かったのだ。
耕作の遅い球に慣れた桜島に、最終回はユーキを投入。
そのボールの速度差によって、パーフェクトリリーフで九回の表は封じたのだ。
継投は完全に、秦野の采配の勝利と言えた。
国立としては耕作を使ったのが大胆だったなと思うが、もし山村をあそこで使って打たれていれば、残る準決勝と決勝では使い物にならなくなっていたかもしれない。
山村は普段は好戦的なくせに、実際に試合で打たれてへこむと、復活するのに少し時間がかかるのだ。
そんな山村を、メンタル的にも温存出来たから、やはり秦野の采配は間違っていなかった。
ただ本当の立役者は、打たれても打たれても無神経に投げ続けた、耕作であるのかもしれない。
とにかく、これで準決勝進出。
対戦相手は早大付属。
過去に対戦もあるし、帝都一ほどではないが、色々と縁のあるチームである。
データも駆使してくる、正統派ながら分厚い選手層。
一日の休養日に、どれだけのデータを詰め込めるかで、勝負は決まるかもしれない。
そして秦野と国立は、しっかりと直史も巻き込むことを考えている。
白富東のOBではあるが、早大付属にとっては上にある大学において、伝説的な記録を達成し続ける生きた神話。
ちょっと偵察してもらえたら、とてもありがたいものになるであろう。
第四試合は仙台育成と横浜学一の試合。
おそらくその戦力からして、決勝まで進んだら、横浜学一との関東校同士の決勝となる。
もちろん準決勝で、早大付属と勝ってからだが。
インタビューを終えてバスに乗る白富東の選手たち。
その中では文哲と耕作が、プレッシャーからの解放でぐっすりと寝こけているのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます