第143話 全てのチーム
※ どちらかというと大学編148話の方が時系列は先になります
×××
甲子園の準々決勝というのは特別である。
なぜなら最大四試合行われるこの試合全てが、ここまで勝ち残ったチームによって行われるからだ。
第一試合から、当然のように白熱した展開になる。
奈良の天凜と、西東京の早大付属。
共に全国制覇の経験もあり、甲子園の常連校である。
特に天凜は県内でも二強と言われており、白富東とも対戦経験がある。
それを言うなら早大付属も対戦経験はあり、その上の早稲谷に直史などが進学しているわけだが。
どちらのチームも弱点なく鍛えられて、選手も全国から集まってきている。
分かりやすい強豪校同士の対決は、同じ関西ということで、どちらかというと天凜を応援する声の方が大きい。
早大付属も全校応援で動員しているわけだが、そもそも地元は同じ関西、あるいは西側を応援する。
神宮大会などでは、関東や東北の優勝回数が増えるように、やはり応援の効果というのは高いのだ。
第一試合の終盤までは、白富東もまだ宿舎を出ない。
テレビで見るこの対戦は、早大付属が先制した。
だがそこからはシーソーゲームで、逆転に次ぐ逆転となる。
第三試合ということで、途中からは甲子園に向かう。
車内で見た映像では、最終的に6-5で早大付属が勝利した。
第二試合はもう待機所での観戦となる。
蝦夷農産と熊本商工の試合も、それなりの点の取り合いとなると予想されていた。
蝦夷農産は道大会も点を多く取る試合が続き、地方大会での得点は桜島に次ぐ二位の得点力となっている。
ただしこれは桜島と同じく、点の取り合いで終盤までもつれることが多いため、コールド勝ちが少ないから得点も多くなるというカラクリがある。
圧倒的な投手戦を除けば、基本的に観客は点の取り合いが好みである。
蝦夷農産と熊本商工との試合は、打撃においては蝦夷農産の方が上だが、ピッチャーのレベルでは熊本商工の方が上だと評価されていた。
だが試合は中盤まで、特に大量点というわけでもなく、しかしロースコアゲームというわけでもなく、ほどほどの点の取り合いで展開していく。
このまま終盤、一点差の勝負となるかと思った九回の表に、一気に蝦夷農産が五点を追加。
裏に熊本商工も一点を返すものの、そこまでは追いつけず。
10-6で蝦夷農産が勝利した。
「そういや蝦夷農産ってベスト4まで来るのは初めてだっけ?」
「夏はな。こないだのセンバツは桜島と当たって勝ってる」
「そっか、そういや明倫館と準決勝で戦ってるのか」
蝦夷農産もかなり昔には甲子園に来ていたが、この数年でまた急激に強くなってきたチームである。
北海道は東北と同じく、かなり長い間高校野球不毛の地などと思われていたが、もうベスト4や決勝にまで、普通に残ってきている。
センバツも青森明星が、決勝まで進んでいた。
大阪光陰、春日山、白富東が圧倒的な強者であった時代は終わった。
特に春日山はもう甲子園への出場すらなく、公立としての強豪校になっている。
大阪光陰はおそらくまだ強豪として復帰してくるだろう。今はただ少し歯車がかみ合っていないだけだ。
白富東もおそらく、甲子園出場を目指す県内レベルの強豪へと力をおとす。
選手層の厚さが有名であった帝都一も負けた。
センバツ優勝の明倫館と、準優勝の青森明星も負けた。
今の高校野球は確かに名門や強豪はいても、絶対的な強者はいないと思う。
よく見たらゼスト8に残ったチームの中で、近年成績を残しているのは、白富東だけになっているのだ。
優勝候補としては、横浜学一も残っているが、横浜学一は神奈川県内の戦いも厳しいし、案外甲子園の上位にまでは入らないことが多い。
決勝で当たるチームが、全く予想がつかない。
ウィークポイントが少ないチームであるなら、伝統の横浜学一、早大付属、仙台育成ぐらいになるだろう。
だがこれを蝦夷農産が破っても、別に不思議とまでは思わない。
第三試合の白富東と桜島の試合が行われる間に、準決勝の組み合わせが行われる。
もちろん桜島に勝つのが前提ではあるのだが、次に当たる可能性があるのは、早大付属、蝦夷農産、そして横浜学一と仙台育成の試合の勝者となる。
先に引いた早大付属と蝦夷農産は、対戦しないことが分かった。
つまり準決勝の相手は、早大付属か蝦夷農産。
この二つのチームであるなら、どちらかというと蝦夷農産の方が、まだ弱点があって戦いやすそうに思える。
その中で引いたクジは、早大付属との第一試合で当たることになった。
過去には甲子園でも対戦したことがあり、監督は当時と同じで、チーム自体はスタンダードなものだ。
「まあ訳の分からない連続得点とかがある蝦夷農産とは、戦わなくて良かったと思うけどね」
秦野はそんな感想である。
問題はまず、目の前の試合だ。
蝦夷農産も強打のチームであるが、桜島も強打のチームであり、何より気合が入っている。
あの打席に入る前にかける掛け声は、審判に注意されないのが不思議であるが、もう昭和の頃からの伝統なので仕方がない。
「よし、じゃあ行くか」
秦野に促され、甲子園のベンチへ向かう部員たちである。
準々決勝だけあって、甲子園は超満員で、注目もすごい。
桜島と白富東では、どちらかというと白富東の方が、中立の観客からの声援は多いだろう。
この数年の活躍もあるが、悟のホームランがどこまで伸びるかも注目されている。
一年の夏には出場できなかったくせに、通算30本以上のホームランを甲子園で打った大介の記録は、おそらくもう永遠に破られない。
ただ通算で10本を打っている悟は、決勝まで勝ちあがれば、三位タイから単独三位、また単独二位までは見えなくもない。
「今日は打撃戦になるからな。忘れるなよ」
秦野の念押しに、頷く一同である。
打撃戦となると、どちらかというと後攻の方が有利な感じはする。
先制点を取ってもすぐに取り返すという気分がもてるし、九回の裏以降にまで試合が続けば、サヨナラで勝てる可能性は圧倒的に上がる。
大事なのは点を取られないことではなく、点を取られても弱気にならないこと。
この試合はピッチャーが、あるいはバッテリーが弱気になったら、そこで勝負が決まる。
桜島のピッチャーはそんな繊細なことを考える者はいないので、白富東のピッチャーが折れないかどうかが問題だ。
試合前の練習も終わって、審判がプレイボールの声をかける。
本日の先発の文哲は、先頭打者から侮れないバッターを迎える。
一番の篠原はもちろん長打力もあるのだが、それに加えて選球眼も良く、足もあるバッターだ。
ポジションはライトであるが、かなりその守備力も高い。
桜島といえば一番バッターからホームラン狙いという感じがあって、それはこの篠原も間違いではないのだが、おそらく中身は薩摩人ではない。
とりあえず注意するのは、この先頭バッターにホームランを打たれないということ。
それは当たり前の話なのだが、篠原が先頭打者ホームランを打った試合では、桜島は負けたことがないのである。
特に注意すべき先頭打者。
だがその得意とするコースや、得意とする球種は分かっている。
右打者の篠原に対して、初球からツーシームを投げる文哲。
そしてやはり初球から振ってくる篠原。
バットの根元で打ったくせに、ボールはレフト前にまで運ばれた。
いきなり塁に出た篠原であるが、不満そうな顔をしている。
桜島にはバッターは、ホームラン以外では喜んだらいけないという不文律がある。
よくもまあそんな、ホームランを打たずんばレギュラーにあらずのような風土が出来たものだと思うが、基本的にどのバッターもホームランが打てるようになるというのは間違いではない。
日本における修羅の国では、スケールの大きなバッターは増える傾向にある。
いきなり初球から打たれた文哲であるが、それはあまり気にしていない。
桜島相手には打たれるのは覚悟しているし、点につながらなければいい。
そして点を取られたとしても、気持ちではまけないこと。
精神論に聞こえるかもしれないが、基本的にはバッターとは全て勝負である。
まずいのが打たれまいとして、フォアボールのランナーを出すこと。
そしてさらにまずいのが、フォアボールのランナーを出したあとに、安易にストライクを取りに行くこと。
この二つだけは徹底して、秦野から指示されている。
(ファールを打たせてカウントを稼ぐはずが、たまたま打たれただけだ。勝負球を打たれたわけじゃない)
上山のサインに、頷く文哲である。
初球は外したが、二球目をまた痛打される。
だがゴロになったその球は、悟の守備範囲内だ。
飛びついてキャッチした球を、サードの宮武へとトス。
そこから二塁へ、そして一塁へとボールは渡り、ダブルプレイ成立である。
桜島打線は強力だが、これがあるのだ。
常にフルスイングで、ランナーがいるから右方向になどという配慮はない。
もっとも内野ゴロと思っても、打球が速くて内野の間を抜けることもあるのだが。
今回の場合はショートが悟で白富東の勝利である。
一回の表はなんとか抑えた文哲であるが、バッターの積極性は想像以上だ。
球数は少ないのだが、その割には精神的な消耗がある。
これはさっさとこちらの打線に、ある程度の援護がほしいところである。
一番の大石に対して、桜島は普通に背番号1のピッチャーを当ててくる。
ただ球速はそこそこ、コントロールもそこそこ、変化球はスライダーとチェンジアップで、それほど怖くはない。
ただ問題なのは、コロコロと継投してくるので、その打席の中でしっかりと打っていかなければいけないことだ。
棒球に近いストレートは、およそ140kmは出る。
だが大石はそれを、初球から叩いた。
ピッチャー返しのその球は、見事にセンター前。
とりあえず出塁成功である。
「ホームラン狙わんかあ!」
桜島恒例の、敵にも味方にもある、ヒットを打たれても怒られる野次。
さっきの篠原も野次られていたのだから、なんとも手加減のないものである。
白富東は五番打者までは特に強力だが、ホームランまで打てるのは悟から上山までの三人である。
とりあえずこれえ、ランナーがいる状態で悟に回すことだ出来るが。
二番宮武への初球、大石は走った。
クイックもさほどは早くない。ただキャッチャーの肩はいい。
それなりにリードを取っていて、初球からのスチールだったのだが、セカンド到達はぎりぎりのセーフであった。
これでノーアウト二塁。
宮武が凡退したとして、悟は得点圏にランナーがいる状態で打席を迎える。
そして桜島は相手のバッターに関係なく、しっかりと勝負してくる。
おかげでかつては、大介が一試合五本のホームランという、頭のおかしな記録を残せたわけである。
(さて、じゃあ俺はここは、無難に打っていくか)
桜島相手ではあまり関係ない気もするが、先制点は取っておきたい。
そう思った宮武は、右方向を意識してボールを叩きつける。
深いセカンドゴロとなり、宮武は一塁でアウトだが、大石は三塁まで進んだ。
そして悟である。
迎えたホームランを打てるバッターに、味方のスタンドからばかりでなく、なぜかあちらのスタンドからも声援が上がる。
(なんつーチームだ)
事前に来ていたし、テレビでも見ていたが、ホームラン至上主義すぎる。
試合の勝敗よりも、どちらがホームランを多く打ったかの方が気になるのだろうか。
悟としては、確かにホームランを狙ってもいい場面である。
相手のピッチャーはたいしたことないが、そのピッチャーの能力以上に、姿勢が問題である。
真っ向勝負しかしてこないピッチャーばかりで、よくもまあここまで勝ち残ってきたものだ。
これに比べると蝦夷農産は、まだしもまともなピッチングをしてくる。
投じられたボールは、初球はやや低く外れた。
それに対してなぜか、向こうのスタンドからブーイングのような叫びが聞こえる。
おそらくあれが猿叫というものなのだろう。
二球目は甘く入ってきた。
絶好球と思って打ったが、ミートの瞬間にしとめ損ねたことは分かった。
甘い球が来て、それに対して力が入りすぎた。
それで打球は、ライトの深いところまでは飛んで行く。
(参った)
後退したライトがキャッチし、それでタッチアップした大石がホームを踏んで、簡単に一点は入った。
だが先制点は大事と言いながらも、結局は犠飛の一点だ。
中途半端に試合を動かすと、桜島はそれ以上のパワーを発揮して、気合でこちらを上回ってくる。
気合負けしたわけでもないが、あれはホームランに出来たボールだ。
「コントロール甘くて、いいところに来たんで力みすぎた」
そう宇垣に伝えて、ベンチに戻る悟である。
「力んだか?」
「はい。なんつーか、中途半端にコントロールが荒れてて、打ちにくいピッチャーっていう感じがしますね」
「一点じゃあ足りないかなあ」
秦野がそう呟いている先で、宇垣が初球打ち。
その球は右中間深くに飛んで、スタンドに飛び込んだ。
白富東側のベンチは大騒ぎである。
そして桜島側のベンチも大騒ぎである。
本当に試合の勝敗よりも、ホームランの方が大事なのかもしれない。
なんとも大味な試合になりそうで、溜め息をつくのは秦野も国立も一緒であった。
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