第142話 対策済み
大会11日目。
ベスト8へ進出するチームが全て決定するこの日、第一試合に白富東が登場する。
対戦相手である前橋実業は、エースの岩松が先発である。
伝統校である前橋実業は、旧来の高校野球のシステムで練習を行っているが、この欠点の多いシステムにも利点がないわけではない。
それはこの過程を乗り越えた選手には、耐久力が保証されるというものだ。
はっきり言って元から素材として優れていなければ、途中で潰れるか伸び悩む。
育て方によればプロでも活躍出来る選手になったとしても、挫折してしまう選手も多いだろう。
全ての選手に対して、その素質に合った指導をしていた、白富東の野球とは違う。
秦野は投球練習をする岩松を見ながらも、やはり白富東も変化してきたな、と思うのだ。
淳の世代までの白富東の選手は、必ず練習やトレーニングでも、その意味を訊いてきた。
秦野の過去の経験からいうと、明らかに日本の高校野球の選手としては、異質の反応なのである。
自分の納得出来ない練習はしない。
傲慢のように思えるかもしれないが、超一流のプロが持つ意識を、白富東の選手は全員が持っていた。
それこそベンチに入るような者は全員が。
悟の代からはそこまでの主張はなくなった。
宇垣や山村などは厄介だったが、単に自己主張が激しいだけであって、考えてプレイをするという意識が薄かった。
キャプテンである宮武や、正捕手の上山は苦労したことだろう。
(単なる強豪だな)
上級生たちの影響が残っている、今の三年生はまだいい。
だが新チームになれば、おそらく秋の大会で県内を勝ち進むことも難しい。
ユーキは全国屈指レベルのピッチャーに育ったが、基本的なスキルにまだまだぽっかりと穴がある。
耕作はあくまで後に誰かが残っているからこそ出せるピッチャーで、まだ全国レベルではほとんど通用しない。
あとはやはり、ピッチャーの不足だ。
二年にはピッチャーの練習をさせている者もいるが、県大会のベスト8れべるぐらまでが、どうにか通用する限界だろう。
自分で決めたわけではないが、このタイミングで国立にチームを任せて去る。
この大会が終わりに近付けば近付くほど、どこか寂しく感じる秦野である。
たとえベスト8まで残って国体に参加することになっても、その指揮はもう国立が執るのだ。
目の前の相手に集中しろ。
一回の表、大石がやっと一番打者として、スライダーの見極めに徹する。
その情報を聞いた宮武は、右バッターであるがスライダーを打った。
得意とするはずの右バッターに対して、スライダーが通用しない。
後半ならそもかく一回の攻撃から攻略出来たのは、間違いなく直史のもっと鋭いスライダーのおかげである。
そしてバッターボックスに入るのは、主砲の悟である。
ランナーを置いて当たるには、絶対に避けたい相手。
甲子園通算ホームラン記録は九本と、歴代四位タイ。
だがこれを一回の表からでも歩かせるようでは、とても甲子園で勝ち抜いてはいけない。
外角に目を向けさせるために、まずストレートをアウトローに外した。
それから高めの球を、また外に外す。
ボールが先行してから、次に投げる球種はともかく、コースは分かっている。
岩松は右打者にとってのアウトロー、そして左打者にとってのインローという、ゾーンの出入りで勝負する。
とにかくその部分のコントロールだけは生命線だ。
(まあ高校生レベルだとだいたい、それで打ち取れるんだろうけどな)
ここであえて配球を変えてくるほど、前橋実業のバッテリーは大胆ではない。
スライダーかストレートか、どちらかで悟のインローを攻めてくる。
それが分かっているなら、いくらでも打てる。
(分かっていても打てないほどの球じゃない)
ここまで来れただけでも充分だろう。
膝元へ落ちてきたスライダーを、悟は見事にアッパースイング。
バックスクリーンに直撃するほどの距離が出て、白富東は二点を先制した。
試合の流れは白富東がつかんだ。
三回までに3-0とリード。二点差まではともかく、三点目が入ったのが大きい。
先発の山村は集中してコントロールが乱れないので、ここまでヒットは打たれたもののフォアボールがない。
(このままいけばいいんだが)
もちろんそうはいかないのである。
前橋実業もツーアウト一塁二塁とチャンスを作った五回の裏。
ラストバッターの岩松に回ってくる。
高校野球レベルだと、ピッチャーが同時に強打者であることは珍しくない。
だが岩松はそれほど打てないピッチャーだ。そして前橋実業の二番手ピッチャーは、代打での起用もある。つまり打てるピッチャーなのだ。
五回を投げて三失点と、岩松の調子自体は知りあがりによくなっているようにも見える。
だが実際のところはキャッチャーが苦心してリードし、球数がかなり多くなっている。
五回の表の終わった時点で100球を超えているので、ここで交代するのはおかしくない。
そんな秦野の読み通りに、前橋実業は二番手ピッチャーを代打に送りこんだ。
ここで得点につながるようなバッティングがあり、そのいい雰囲気のままピッチングに入られると、かなり厳しい。
だがここは山村の気合がわずかに優ったと言うべきか。
内角を叩いた打球は痛烈なサードゴロで、それをキャッチした宮武がそのままサードベースを踏む。
試合の流れを変えるようなポイントにはならなかった。
さて、ここから試合の展開を考えなければいけない。
岩松は徹底的にスライダー対策をしたが、この二番手ピッチャーはシンカーだかシュートだのが武器なのだ。
左打者にとっては逃げていき、右打者にとっては内に食い込んでくるシンカー。
だが甲子園では投げていないし、県大会でも完全に一試合を投げきるということはなかった。
それでも先発が五回で100球を超えれば、この内容なら使わざるをえないか。
こちらが気にすべきは、山村からの継投である。
準々決勝の相手がどこになるかは分からないが、左ピッチャーが必要になる可能性は高い。
なので点差がついたときか、球数がある程度に達した時には、交代しなければいけない。
白富東のトーナメントは、この三回戦と準々決勝の間に、休養日がない。
もちろん当たるチームにも休養日はないのだが、気にならないはずもないのだ。
六回の表、代わり端の二番手相手に、フォアボールからタイムリーで四点差。
だがその裏に、抜けた球を長打にされて、そこから犠打とタイムリーで一点を失う。
後続は断ったものの、山村の球数も100球近くになってくる。
「よし、じゃあ七回の頭からはユーキで行くぞ」
「まだ投げられますけど」
「明日も先発か、リリーフで使う可能性は高いんだ。一晩で回復出来る程度に抑えておけ」
目の前の試合だけを見ても、ピッチャーに一番きついと言われる七回があるのだ。
一点を取られはしたものの、充分な投球内容であった。
七回の表、白富東は下位打線が機能して、相手のエラーもあってさらに一点を追加。
七回の裏からは、ユーキが投げることになる。
左の山村に手こずっていた前橋実業にとっては、転機になるかもしれないピッチャーの交代。
だがユーキはこの回を、三者凡退で抑えていった。
県大会でも継投はしているし、基本的に今年の白富東は、継投を前提として作戦を立ててある。
この七回、ユーキの交代した立ち上がりを攻めるのが、前橋実業の最後のチャンスだっただろう。
150km台のスピードボールに対応出来ず、三振と内野フライが多く、白富東は追加点は取れないものの、守備陣がしっかりとバックを守る。
終えてみれば5-1のスコアであった。
二番手からも点は取れたが、やはり先発のエースを打てたのだが、大きな勝因となる試合であった。
勝利インタビューなども終わり、白富東は宿舎へと戻る。
先発の山村もリリーフのユーキも、それほど体力の消耗はない。
準々決勝の相手がどこになるかは分からないが、ピッチャーの状態はいいままで試合には挑めるだろう。
そう思いながら、第二試合をテレビで見ていく。
帝都一が負けた。
エラーから一点が取られたところで、そこを端緒にもう一点を追加。
すかさず立て直した松平監督であったが、この二点が大きく、3-2で仙台育成の勝利。
意外と言えば意外ではあるが、ありえないというほどではない下克上である。
第三試合は桜島と名徳の試合。そして第四試合は福岡城山と横浜学一の試合。
そして今年は第三試合の前に、明日の準々決勝の抽選が行われる。
甲子園の準々決勝は、試合数も四試合で、残ったチームもマグレでは勝てない八チーム。
まずは午前中の二試合の抽選であるが、これは既に勝ち残っているチーム同士の対戦である。
第一試合が奈良の天凜と、西東京の早大付属。
第二試合が南北海道の蝦夷農産と熊本の熊本商工。
そしてまだ勝負は決していないが、第三試合と第四試合の組み合わせも行われる。
どこが勝ちあがっても、過去に白富東が対決したチームである。
だがそれは毎年選手が変わる高校野球では、さほどアテにもならない。
ただ監督の頭は変わっていないので、ある程度は相手の手の内を予想できる。
白富東が弾三試合、仙台育成が第四試合と決まった。
ならばこれからリアルタイム戦う相手が、準々決勝の対戦相手となる。
次に当たるチームが分かっていれば、それを想定してこの目の前の試合も選手の起用が出来る。その点では第三試合と第四試合のチームは有利かもしれない。
対戦相手は、鹿児島の桜島実業と、愛知の名徳の勝者と決まった。
ちょうど今から行われる第三試合の勝者である。
白富東はどちらのチームとも、対戦経験はある。
だが秦野の就任以前の話であり、今のこの二校のとは違ったチームだ。
しかしどちらも、チームとしての特色はかなりはっきりしている。
桜島は打撃のチームであり、毎年のように県大会では、平均10点以上を取る打線を持っている。
今年もまた打撃偏重とも言える戦力で、ピッチャーは肩のいい選手を交代で使っていくという、なんともピッチャーというポジションの重要性を無視したような起用だ。
だがそれで全国ベスト8ぐらいには普通に残るし、ベスト4に残ったことさえ過去にはある。
名徳はとにかくバランスのいいチームで、ピッチャーの枚数もしっかり作ってくるし、チームバッティングで隙なく点を取ってくるチームだ。
どちらも多くのプロ野球選手を輩出しており、特に名徳などは過去に全国制覇の経験も多い。
戦ってしんどいのはどちらか。
事前の戦力分析などでは、ピッチャーも専門の投手を揃えた名徳が、やや上であろうとは思われている。
だが桜島は大噴火と言われるように、打撃に火がつけば一気に勝負をひっくり返す。
その桜島を相手に、名徳は二番手を先発で出してきた。
明日が白富東との対戦になるので、それを見越した選手起用なのだろう。
目の前の試合に集中すべきだという意見もあるかもしれないが、どこかでエースを休ませなければ、全国制覇には届かない。
温存という判断をした名徳の芝監督の判断は、間違いではない。正解でもないが。
試合は名徳が先制し、桜島は序盤変化球投手のピッチングに、タイミングが合わないようであった。
さらに名徳は追加点を入れたが、打者二巡目からは桜島もアジャストしてくる。
ホームラン一本を打たれた後に、ランナーをためて長打による一掃と、逆転に成功する。
ここからも桜島相手に、反撃することは出来るだろう。
だが逆に更なる追加点を取られる可能性もある。
連投になるが、エースを使う。
残りのイニング数を思えば、それほど過酷な連投とはならないという判断だろう。
結果を言えば、その継投の判断は遅かった。
エースは一点を失っただけで桜島をほぼ封じたが、打線も桜島を徹底的には破壊できない。
7-5というスコアで試合は決着。
対戦相手は強打の桜島となったのだった。
「よし、じゃあミーティングするか」
対桜島戦は、あまりバッティングのことは考えなくていい。桜島にはそれほどの傑出したピッチャーはいないのだ。
なので問題は守備と、ピッチャーをどうするかである。
右打者多めの桜島。
やはり序盤は打たせて取る文哲を使い、なんとかロースコアゲームに持ち込むべきだろう。
そしてスピードに相手が慣れてくれば、ユーキに交代して逃げ切りを狙う。
どちらにしと一人のピッチャーでは、九回を投げきれないだろうという判断は出来る。
「左バッターがいないわけじゃないから、贅沢にワンポイントの左を使うかもしれないからな」
山村だけではなく、耕作を使うこともありうる。
左のサイドスローだと、それだけで目くらましになるからだ。
なお第四試合は仙台育成と福岡城山に勝利した横浜学一の対戦となった。
準決勝はまた抽選が行われるので、どこと当たるかは分からない。
しかしどのチームも甲子園で名前をよく見るチームだ。
もっとも白富東と蝦夷農産は、新興ではないものの最近強くなった強豪であるが。
ただ桜島は今日の試合もそうであったが、強打者の一発で試合をひっくり返すことが出来るのだ。
その意味ではただ強いだけではなく、難しい相手とも言える。
最も燃える準々決勝が、目を覚ませば始まる。
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