第140話 意地を見せる男

(気に入らねえ)

 宇垣が悟に対して思う、正直な感情である。

 憎しみだとか、羨望だとか、そこまでいってしまうことにはプライドが耐えられない。

 悟の方が優れた選手だと認めた上で、それでも気に入らないのだ。


 三番バッターなので、自分よりも先に結果を出してしまう。

 だからと言って去年のように、一番バッターになろうとも思わない。

 四番バッターとしてすべきこと。

 それは歩かされたり、ヒットで出たランナーを返すことだ。


 悟にあっさり打たれながらも、ピッチャーを代えない。

 あちらの監督がどういうつもりなのかは知らないが、少なくとも悟よりは宇垣を下に見ているのだろう。

(俺にだってスカウトの話は来てる)

 悟の場合はほぼ12球団全てが、一度は見に来ている。

 それに比べれば少ないが、宇垣の進路についても、三球団ほどは指名の意思を見せている。


 プロ野球選手になるというのは、子供の頃からの夢とか憧れではなく、自分にとっては当然の進路だと思っていた。

 シニアに入らなかったのは、単純に故障のリスクを考えてのこと。

 実際に軟球と硬球の違いは、高校の練習に参加後、すぐに慣れることが出来た。

 しかしそれ以前の、スポ薦試験において、宇垣は悟に出会った。

 地元ならシニアだろうが軟式だろうが、自分の敵になる選手はいないと思っていたが、悟は別格のはずの自分よりも、さらに別格であった。


 一年生の時は、三年生の化け物連中を見て、自信喪失しそうになった。

 何が問題かと言うと、そんな化け物の上級生でさえ、甲子園にまで進めば対抗するだけの存在が何人もいたのだ。

 それでも武史ほどの化け物ピッチャーは、タイプこそ違えと真田ぐらいしかいなかったが。


 それから一つ学年が上がり二年生。

 白富東の覇権は終わった。

 最終学年になって、そこから試合で成績を出すようになったが、やはりスカウトの注目は悟の方がはるかに高い。

 確かに悟よりも宇垣が優れているところなど、成績を見れば何もないように思う。

 だがそれでも、充分すぎるほどのスペックは持っているのだ。


 大学を経由した方がいいのではないかと思ったこともあるが、それは秦野が止めた。

 今さらうっとうしい上級生のいる大学に進むなど、宇垣にとってはメリットがないと。

 フィジカルのスペック的に見れば、既に宇垣はプロに進むべきレベルに達している。

 ただそれでも迷うのは、悟がいるからだ。




 ここで見せ付ける。

 宇垣が待っていたのは、やはりスプリット。

 しかし内角のスプリットを、器用に左に打ち上げる。


 まだここは、最悪でも右に打って、タッチアップは出来るようにする場面であった。

 だが宇垣の打球は風によって動き、ファールグラウンドぎりぎりのフェアゾーンに落ちる。

 二塁から宮武はホームにまで達し、そして悟も三塁へと。

 宇垣も二塁ベースを踏み、これで打点は同じである。


 瑞雲はここで、ピッチャーを代えてきた。

 ランナー二三塁ながら、またエースがマウンドに戻ったのだ。

 三番四番と続く左打者に、サウスポーが通用しなかったからというのはあるだろう。

 だが左打者に対して安易にサウスポーを出して、それで勝てると思っていたのか。


 自分の責任ではない状況という意味では、戻ってきたエースも同じだ。

 それに打席に立つのは、まだこれも危険な上山である。


 宇垣と違って宮武と上山は早々に、野球での大学進学を決めていた。

 もっとも宮武の場合は、野球部のキャプテンということもあって、学校推薦での進学となっている。

 上山はそれをうらやましくも思うが、自分もまあ、野球を選んで正解だったな、と分かってはいるのだ。

(まあそんなことを考えるのは後にして、今はこのチャンスをどうにかしないと)

 ランナー二三塁で三塁に悟がいるのだから、定位置の外野フライでもおそらく帰ってこれる。

(外野フライ外野フライ)

 出来れば右に打てば、宇垣も三塁まで進めるだろう。


 そして投げられたのはカーブ。

(外野フライ!)

 変にアッパースイングになるでもなく、しっかりとレベルスイングを意識して、フォロースルーはしっかりと取る。

 打球は見事にレフトに飛んで、そしてその飛距離はしっかりとスタンドに届くと分かった。


 スリーランホームラン。

 クリーンナップの活躍によって、この回一挙五点の白富東であった。




 まだこの段階では、五点差でも試合を諦めるほどではない。

 ただ瑞雲はセットプレイから一点を取ることなどには長けているものの、一気にビッグイニングを作るような戦術は持っていない。

 この回の攻防が、結局は全てだったと言えるのか。

 文哲から山村へとつないで、最終的には8-0で白富東の勝利。

 この六点目はスリーベースヒットで三塁にいた悟を、宇垣が外野フライで帰したものであった。

 そしてそれ以外にも、普通にヒットをつないで点を重ねていった。


 危険性はそれほどもないが、隙のないはずの瑞雲を相手に、打撃の破壊力で粉砕した。

 やはり今年の白富東は、上位打線の破壊力がすさまじく、下位打線もしぶとい。

 最後の夏に合わせて、仕上がってきている。


 守備がよくピッチャーも隙のないはずのチームであったが、強引に守備の上を打球は飛んで行き、ピッチャーも力技で粉砕した。

 こちらの守備も隙はなく、しっかりと相手を封じ込めた。

 一回戦ではホームランの一発を貰っているものの、それ以外は守備で攻撃を抑えている。

 守備を機能させるために、ピッチャーも連繋しているのである。


 この試合は一回戦とは違い、終盤にはかなりの余裕があった。

 そんな中でもエラーがなかったことは良かったと、秦野と国立は話し合っている。

 次の試合は大会11日目。

 対戦相手は明日の第一試合の勝者である。




 一回戦を勝った時点で、おそらく二回戦と三回戦も勝てるのでは、とは思っていた秦野と国立である。

 もちろん選手が油断しないように、聞こえるところではそんな話をしなかったが。

 三回戦の相手はどうなるか。

 前橋実業が勝ち上がって来てくれた方が、白富東としてはありがたい。

 しばらく対戦はなかったものの、関東大会で戦う可能性があったために、ずっとデータは収集していたのだ。


 ただ香川県の公立のほうだと、いささか問題である。

 はっきりいって、瑞雲以上にストロングポイントが分かりにくいのだ。

 ただ守備は堅く、バッティングは振っていくタイプで、ピッチャーはコントロールに優れた丁寧なタイプ。

 二回戦から中二日なので、それほど疲労も残っていないとは思う。


 一応一回戦を見た感じでは、前橋実業の方がややチーム力の数値は高いと思う。

 だが香川県は良く見れば海を挟んで兵庫のお隣さんで、野球王国と言われるほどに野球熱は高い。

 甲子園常連校なので、中立のはずの甲子園の応援が、あちらの力になる可能性はある。


 まずは、明日の試合を見てからだ。

 今日の試合のミーティングを行い、そして選手たちは眠りにつく。

 まだ誰も怪我などはしておらず、このまま勝ち続けたい。

 だがそんな甘いことは起こらないのだ甲子園だ。

 夜が更けていく中で、秦野は明日の試合の、自分の中でのシミュレーションを行うのであった。

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