第123話 夏の初戦

 シードである白富東が二回戦で当たる相手は、県立成田西高校。

 一応学区は白富東の隣であるので、知り合いがいなくはない学校である。

 栄泉が負けたと聞いても、選手たちはさほど驚かない。

 大原がいた頃はほんの少しだけ注目されていたが、私立であるからと言って、全ての野球部が強いわけではないのだ。

 ドラフトでプロに入ったぐらいの大原がいたのに、その時期が完全にSS世代と被っていたのは、不運以外の何物でもない。

 白石大介被害者の会と、佐藤直史被害者の会の、両方の代表を務めてもいいだろう。


 そんな栄泉との試合で、成田西はごく普通に戦って勝っていた。

 強いて勝因を挙げるとしたら、やはりビッグイニングを作らせなかった粘り強いピッチングと堅実な守備。

 そしてわずかなチャンスを、四番の一振りで逆転打にした勝負強さ。

 単についていただけかもしれないが、その一言で済ませるのは危険であろう。


 そしてメンバー表を確認していて驚いた。

 三年生が二人しかいない。

 県内の高校事情に詳しい教師に聞いても、別に夏の前に三年生が部活を引退しているような学校でもない。

 そもそも二人はいるのだから、三年だから引退というわけでもないだろう。


 春の大会はどうだったのかと調べてみても、最終的なスコアしか分からなかった。

 誰も関心を持っていないチームだったということだ。

 だが県大会の本戦にまでは勝ち進み、上総総合に負けている。

 その時のスコアは8-1の七回コールド。

 今年の上総総合は強いと秦野は思っていただけに、それがそこそこコールドにイニングをかけて、一点だが奪われているという事実を見逃してはいけない。


 コーチ陣の偵察によると、一台のカメラは場所を固定していたのだが、もう一つのカメラでベンチの動きを見ていた。

「それがこの二年のキャッチャーだな」

 キャッチャーとしては中肉中背で、そして一番バッターである。

 試合の様子を見ていても、このキャッチャーの指示が全体に行き届いていた。

 得点に関しては、試合を決めたのは長打であったが、そこまで塁を埋めるのには、ゴロ打ちやセーフティバント、粘ってのフォアボールなど、あらゆるテクニックを駆使してきている。

「あ、打撃妨害か」

「わざとだろ、あれは。本当に容赦ないな」

 野球は完全にクリーンなスポーツではない。

 野球に限らずスポーツというのは、ルールの範囲内でどれだけのことを行うかというスポーツだ。

 フェアプレイではないかもしれないが、相手が怪我をするような無茶なスライディングなどはしない。

 審判の許容するところのぎりぎりを見定めているというように思える。


「それでまあ大事な初戦を、百間に任せることにした」

「え゛」

 誰よりも耕作が意外であった。

 相手はかなり粘り強い野球をしている。

 圧倒的な力で相手を抑え、そして打ち崩すのに、耕作では無理なのではないか。

「夏の初戦はどんな強豪校でも、どうしても固くなるからな」

 秦野は持論を解説する。

「ならどうせ点は取られるだろうから、それ以上に取る試合をしよう」

「生贄ですか俺は!」

「実験体ではあるな」

 ひどい。




 大会一日目と二日目が終わり、半分以上の三年生の最後の夏が終わった。

 日本の野球がなんだかんだ言って強いのは、このトーナメントのおかげではないかと秦野は思う。

 それまでのずっとやってきたものが、わずか一試合で終わってしまう。

 見ている側からすれば美しいのかもしれないが、秦野はまだそこまで達観は出来ない。

 せめて土日にリーグ戦を春からやって、その勝率で代表候補を選ぶなどは出来ないのだろうか。


 そんなことをしていると練習試合を組む余裕がなくなり、全てが公式戦になれば、試合に出られる選手も減る。

 いっそのこと春の大会をリーグ分けにするなど、何か手段はないものであろうか。

 現状をいじるのは無理だろうが、球数制限などを代表とした選手の故障を心配するなら、やるべきことはもっとあるだろう。

 実際のところは興行の問題でしかないと、秦野にはしっかり分かっている。

 これでも甲子園の日程は、昔に比べればマシになったのだ。


 夏は過酷だ。

 それでもまだ千葉県は、県大会の決勝から甲子園までに、比較的日程がある方である。

 おかげでなかなか、全校応援というのはしにくいが。


 土曜日のおかでもあって、白富東の応援は多い。

 それに対して成田西も、かなりの応援が入っている。

 自校の応援というのもあるだろうが、どうせなら優勝候補と戦うところを見たいというのもあるのだろう。


 白富東高校は後攻を選んだ。

 実力が伯仲しているチーム同士の試合の場合、まず先取点を取るために先攻を選ぶというのは、セオリーの一つである。

 これが実力が伯仲していても、ピッチャーが良い場合は後攻を選ぶ場合もある。

 同点で延長になった場合は、圧倒的に精神的に有利だからだ。


 白富東がここで後攻を選んだ理由は、もっと簡単なものである。

 10点差をつければ五回の攻撃なしで勝利できるからだ。

 高校通算などの個人成績にこだわるのなら、むしろここは先攻であろう。

 だがホームランの通算記録などというのは、どこで誰からどういう状況で打ったかによって、価値が変わる。

 甲子園で30本以上打った大介などは別格だが、バッターとしての資質などは、相手ピッチャーのレベルによって、いくらでも変わるものなのだ。


 高校野球選手の評価は、かなり甲子園で決まると言ってもいい。

 はっきり言ってチーム数も少ない弱小の県代表では、近隣では無敵でも甲子園では即死する場合もある。

 だが東京や神奈川に大阪や愛知などは、強豪校が揃っているために、地方大会で敗退しても、ある程度の比較が出来る場合がある。

 とりあえず白富東としては、成田西を舐め切っていた。

 舐めきった上で、それでも勝つ。

 秦野の考えるプランに、国立は反対ではない。




(う~ん……)

 一回の表の成田西の攻撃は、先頭打者がヒットで出て、それを送ってまたヒットが出て一点と、かなり理想的な得点の仕方であった。

 秦野としては耕作の珍しいサイドスローに、相手のバッターが普通に対応出来たことが気になる。

 春の大会で出ているので、その存在を知られていてもおかしくはない。

 だがいきなり対応出来るほど、簡単なピッチャーだろうか。

 現在の耕作は球速のMAXが123kmと、サイドスローでサウスポーという条件を考えると、かなり攻略の難しいタイプのピッチャーのはずなのだ。


 かなり研究されている。

 それが秦野の出した結論であり、研究をしっかり出来るチームが、弱いはずはない。

 栄泉と接戦だと言っても、実は栄泉もそこそこ強かったのだと考えてみれば、勝った成田西もそれなりに強いということか。

 いや、守備などはそれなりに優れているが、ピッチャーのレベルは明らかに低い。

 サイド気味のスリークォーターであるが、そこから投げるストレートとカーブ、あとカットボールらしいのが球種である。


 変化球が二種類というのは、別に悪くはない。

 だが大本になるストレートの速度が、耕作よりも遅い。

 低めに集めるコントロールはあったが、その程度であった気がする。

(いや、アウトローとインローの出し入れは上手かったか)

 全体的なコントロールはほどほどであったのだが、右打者にとってのアウトロー、左打者にとってのインローだけは、かなりの精度で投げ込んでいた。


 ピッチャーではなく、キャッチャーの力か。

 中肉中背ながら一回の表の先頭打者として、かなりの確率で出塁している。

 右バッターにとって耕作のサイドスローは、それほどの脅威でもない。

 おそらく文哲かユーキに代われば、すぐに流れを持ってこれるだろう。

 だが、ここはまだ耕作を使っていく。




 一回の裏の白富東の攻撃は、大石が初球打ちをして、そこそこいいところまで飛んだのだがセンターフライ。

 一番の仕事をしない一番に文句を言った後、二番の宮武がバッターボックスに入る。

 まずはじっくりとボールを見るかと思ったところへ、スローボールがほぼ真ん中に入ってきた。

(チェンジアップ……じゃないよな)

 あまりに普通にスローボールなので、見送ってしまった。

 初球は打ってこないと見抜かれて、カウントを稼がれたのか。

 

 もしもこちらの肩に力を入れることが目的でも、宮武はそんな安い挑発には乗らない。

 スローボールが来たら叩く。

 変化球は、カットボールが少し問題か。


 二球目のカーブも、さほどの速度はなく、ストライクのコールが宣言された。

 意外とゾーンぎりぎりで、少し外れていたかのようにも思えたが、この程度のボールなら打てという、審判の判断があったか。

(これは……ここまで計算してやってるのか?)

 もしそうなら、相当にしたたかなキャチャーである。


 二人だけの三年生。そして先頭打者でもあるキャッチャー。

(このチームの中心はこいつか?)

 アウトローに投げられたストレートを、そのままに打つ。

 ぎりぎりで外れていたかもしれないそのボールは、ファーストゴロになった。


 色々と考えているな、と宮武は思う。

 ただしたたかに考えるなら、悟にはアドバイスすることはない。

「歩かされるよ」

 そうとだけ言ってベンチに戻った宮武であるが、秦野に対してはちゃんと報告する。

「キャッチャーが中心のチームですね。けっこう色々と考えてるみたいです」

「やっぱりそうか」

 秦野は即座に、ネクストの宇垣に伝達をする。

 それと申告敬遠が悟に対して出されたのが、ほぼ同時であった。




 一人で一点を取られるバッターだと、悟は思われている。

 そしてそれは事実である。

 だが宇垣とは勝負出来るのか?


 怒らせにくるぞ、と宇垣は秦野からの連絡をもらった。

(まあ今の段階で既に怒ってるけどな)

 悟はランナーなしから歩かせて、四番の宇垣とは対戦するのか。

 さらに秦野から言われて、怒らせにくるぞという説明。

 初球は当たってもおかしくない内角に突き刺さった。


 だが宇垣としては、それでもまだ甘く見すぎである。

 この程度のボールに素直に当たるわけはないし、必死で考えてくるその様は健気ではないか。

 相手を完全に下に見ることで、宇垣は己の精神の均衡を保つ。

(普通ならこれでアウトローに投げるところなんだろうが、このピッチャーは左打者のアウトローのコントロールは、あんまりたいしたことなかったんだよな)

 ならば外で迷わせるか、ぎりぎりのインローでストライクを取りにくるか。

(正確が悪いキャッチャーなら、また内に投げてくるだろ)

 そこまでを読み取って、左打者へのアウトローも投げられるようになっていれば、たいしたものであるのだが。


 二球目はインロー。ゾーンの際どいところ。

 だが宇垣は決めていた。

 インローであればストライクでもボールでも狙っていくと。

 そして打った打球は弧を描き、ライトスタンドに入った。

 四番の一発による、強豪校の逆転。

 白富東の応援団からは、大歓声が上がっていた。




 秦野としては特に言うことはない。

 横綱相撲で戦えばいい。ただし怪我には気をつけて。

 もっとも裏を書くプレイはしてくるが、本当の意味でダーティーなことはしてこないようだが。

「ピッチャーとサード、ファーストはセーフティバントの可能性を考えろよ」

 秦野言ったとおり、セーフティバントで揺さぶってきた。

 だが耕作もしっかりと、そのあたりのフィールディングは出来ている。


 成田西としては白富東が舐めプをしている間に、一点でも取りたいはずだ。

 ピッチャーは何枚もいるが、主に使うピッチャーの中では、耕作のランクが低いことは間違いない。

 だから耕作がいる間に、しっかりと点を取ってくるはずなのだ。


 それも全て承知の上で、秦野は耕作を代えない。

 スタミナ切れか集中力切れなら交代もあるだろうが、打たれても打たれても大丈夫なメンタルは、踏まれても踏まれても大丈夫な麦を思わせる。

 それを言ったら耕作は「うちでは麦は作ってません」とか「今どき麦踏は足ではやりません」と言うだろうが。


 二回の表は無失点で抑えた。

 そして二回の裏、白富東は一点を追加する。

(順番を間違えない守備だな)

 野球は点の取り合いであるが、そこに実力差がある場合は、一点をやってでも確実にアウトを取らないといけない場面がある。

 その優先順位を指揮しているキャッチャーは、確かに優秀なのだろう。

(二年か。うちに来てれば、来年の正捕手になれたかもな)

 秦野が少し注意していたのは、三回までであった。


 耕作は球数を投げさせられることによって、むしろキレを増すタイプだ。

 白富東を分析しても、そこまでは分からなかっただろう。

 三回の表を無失点で切り抜けて、その裏にはまた追加点を取る。

 そこで、点とアウトの優先順位を間違えてしまった。


 一度崩れると、そこまでだ。

 春から比べても国立の指導で、白富東の打力は向上している。

 四回にかけても、どんどんと点を取っていく。

 この点を取られることを最小限に抑えなければ、そして耐えてプレイのクオリティを保たなければ、下克上はありえない。

 結果、五回の表が終わった時点で、13-1と、コールド成立。

 白富東は先制点こそ取られたものの、全くそれに動ぜず、初戦を突破したのであった。


(まあうち相手にあそこまで勝つ気でいたんだ。来年はもっと強くなるだろうな)

 秦野はそんなことを考えながら、初戦突破のインタビューを、地元紙から受けるのであった。

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