第119話 帝都大学
帝都大学。
明治期に創立されたこの大学は、六大学リーグの中でも多くのスター選手を輩出し、直史が入学以降にリーグ戦で早稲谷から勝ち点を上げた、唯一のチームとなっている。
白富東のSS世代のキャプテンであるジンが、四月から三年生になる学年で所属しており、帝都一出身でプロに行かなかった野球部員は、ほとんどがここに入る。
六大学リーグの中でも、かなり近年は安定した成績を残しているが、佐藤兄弟の次男が卒業するまでは、リーグ戦の優勝は無理ではないかとも言われたりもする。
佐藤兄弟だけではなく、今年のドラフトの目玉になりそうな西郷、また三年生にもプロ注の選手はいるため、本当に勝てそうにないというのが正直なところであろう。
「ま、俺は一年の秋の作戦立案で役割は果たしたけどな」
ジンの言である。
府中にあるグラウンドに到着。
東京の都会っぽさはこの辺りにもまだ健在で、チバラギ県民には肩身がせまい。
「大学のキャンパスの近くにあるわけじゃないんだな」
耕作の言葉に、国立が説明してくれる。
「東大以外は移設しているね。土地の高騰した時代の影響だろう。東大のグラウンドは逆に歴史的な価値が高くて移設出来ないみたいだけど」
まあ野球グラウンドが一つもあれば、大きなタワマンぐらいは建てられるだろう。
国立も帝都大学の出身であるが、当時の監督はもういない。
もちろん後輩なども卒業していて、噂を聞いたことのある程度の選手はいる。
甲子園でよく見た顔などは多く、やはり六大のブランドは顕在か、と思う国立である。
ロッカールームも綺麗だし、こういう練習試合も見に来ている者がいる。
大学の関係者か、あるいはプロのスカウトか。
国立の知る顔もあった。やはりプロか。
今の帝都大学には、確かに数人のドラフト候補がいる。
ただ六大リーグでは早稲谷が圧倒的すぎて、他の大学の選手の評価が辛くなっている気配はある。
いや大学野球全体が、微妙な評価となっていると言うべきか。
早稲谷と当たると、まともにヒットが出ないのだ。
おかげでと言うべきか、現在の大卒野手は、西郷に人気が集中している。
ただ打撃に関しては、対抗馬がいないわけではない。
それがここまで甲子園通算で八本のホームランを打っている悟である。
さすがに打撃のみに注目したら、西郷に軍配が上がる。
だがショートを守れる守備力や走力を含めると、悟の方をこそ欲しがる球団もあるだろう。
グラウンドが二つある利点を活かして、まずは白富東と帝都一が、帝都大の野球部と同時に対戦する。
いくらなんでもチームを二つに分けて、全国レベルの高校と戦えるのかと言うと、戦えるのである。
基本的に大学野球は、選手の平均値が高校野球よりもはるかに高い。
特に六大と東都の一部ともなれば、甲子園優勝校と戦ってもおおよそは勝てる。
まあ佐藤長男と次男が揃っていた白富東や、150kmコンビに真田までいた大阪光陰などは別であろうが。
だいたいプロにおいても、普通は高卒は二年ほどは鍛える期間なのだ。
上杉のように隔絶していたりすると別だが、あれはさすがに例外である。
真田でさえ当初は、一年は二軍で使うつもりであったのだ。
直史や大介と同じ世代で、160kmを投げた大滝が、ほぼ一年目は二軍であったことを考えても、高卒にはそこまでの即戦力が求められることは少ない。
そんな一般論は別として、甲子園でかなりのところまで勝ち進んだピッチャーであっても、一年目では通用しなかったりするのが大学野球である。
戦力は半分に分けてあるとは言っても、そんな相手に先発は耕作であったりする。
いくらなんでも無理だろと、耕作も思う。
秦野と国立もそう思うし、ボコボコに打たれても構わない。
問題はそれでも折れないか、折れてもすぐに立ち直れるかだ。
もしも折れないか、折れてもすぐに立ち上がれるなら、夏の県大会だけではなく、甲子園のベンチにも入れる。
左のサイドスローという、かなり特殊なピッチャー。
だが実は大学まで行くと、けっこういるのである。
それまではただ左というだけで、そこそこ通用していたピッチャーが、そのままでは全く通用しない
そこでもピッチャーを諦めきれずに、サイドスローやアンダースローに転向する。
左に限らず、右のピッチャーでもあることだ。
そんなわけで一回の表から、耕作はポコポコと打たれた。
もっとも要所を守備に助けられて、一失点に抑えることは出来た。
「洒落になんねーよ。左のサイドスローってだけじゃ打たれるわ」
苦笑いを浮かべているが、鈍感力を発揮して、まだ折れるのを防いでいる。
ピッチャーは繊細な者が多いが、こういうタイプのピッチャーも、状況によるが必要なのだ。
それでもピッチャーとして大成するタイプじゃないな、とは指導者たちは思う。
ピッチャーに限ったものではないが、特にスポーツの競技者で大成するのは、ほとんどがとんでもない負けず嫌いだ。
だが高校野球のピッチャーとしては、このあえてタフで鈍感なところが武器にもなる。
「それじゃあまあ、とりあえず逆転してみるか」
今日の先頭バッターは、また元に戻して大石である。
現在の白富東のオーダーの中では、先頭バッターをどうするかがいまだに悩みの種である。
大石の俊足を取るか、宮武の確実性を取るか。
ただ宮武も足自体は、かなり速いのだ。
大石の場合は速さ以外に、センスがある。
ピッチャーの空気を読んで盗塁する技術は、まさにセンスのものである。
だからこそこうやって、今日も先頭打者として使っているのだが。
ツーアウトから悟に打席が回ってきた。
大石と宮武を打ち取るあたり、やはり並の甲子園出場投手よりは、はるかにレベルが高い。
ただ、球筋はしっかりと見せてもらった。
おそらくこのピッチャーにも、スカウトの注目はそれなりに集まっているのだろう。
目測では球速は150km前後は出ているし、切れていくスライダーは右打者には打ちにくいはずだ。
しかし左の悟にとっては、どういった組み立てでくるのか。
(あと持ってる球種は、チェンジアップ気味に使うスプリットと縦スラだっけか。まあ打てなくはないだろ)
大石も宮武も、球種を引き出すところまでは粘ってくれた。
あとは託された自分が打つだけだ。
高校通算60本を超えて、甲子園でも歴代五位の八本を打っているスラッガー。
高校生相手の練習試合とは言え、こいつだけはしっかりと抑える価値がある。
ただ左バッターであるので、得意の逃げていくスライダーは使いづらい。
もっとも右バッターに対しては、デッドボールにならないように注意する必要もあるのだが。
初球は膝元にスライダーを落とす。
そう決めて投げた初球を、ジャストミートされた。
打たれた瞬間に分かる、フェンスを越えた打球。
ただしポールの外側である。
打てる確信があっても、大学生を相手に初球から振ってくるのか。
それに今の球は、そんな簡単に打てるものでもなかったはずだ。
続いて外を際どく投げたが、全く反応しない。
この程度のボールは見切っているということか。
上手く懐に投げてやる。
インハイに鋭くスライダーを。
外に目付けさせて、内角で勝負。
よくあるパターンであるから、意識の切り替えさえしっかりと出来ていれば、打てるはずだ。
また外に来ても、ゾーン内なら打ってしまう。
悟の期待通り、インハイのスライダー。
鋭い曲がりで左バッターを仰け反らせるほどのものだ。
だが悟はぎりぎりまで待つ。
筋肉の爆発を、ぎりぎりまで。
体を早くに開かないように。
今。
懐へ呼び込んだボールを打つ。
飛距離も、そして今度は方向も充分。
ライト側への間違いのないホームランであった。
1-1にすぐ追いついた白富東であるが、二回の表には2-1とすぐに追加点を取られた。
しかし帝都にとってみれば、かなりいい当たりをしているのに、守備の堅さを超えられていない。
確実な進塁打や犠牲フライなど、強攻だけでは得点につながりにくいのは確かだ。
左のサイドスローは、確かに珍しいが、珍しすぎるほどではない。
慣れれば打てるだろうと思っていたが、三回が終わったところで耕作は交代である。
スコアは3-1で、結局一イニングに一点ずつを取られた計算になる。
簡単にポコポコと打ってくる帝都の打線をすごいと耕作は感じでいるが、その凄い打線をそれなりに抑えているあたり、耕作は計算出来るピッチャーとなる。
あとはこのピッチングが、打撃に極端に偏ったチームや、戦術的に点を取ってくるチームに通用するかが問題である。
関東大会の結果を見るに、通用するとは思う。
だがどんな相手に何度でも通用するのと、初見の相手だけに通用するのとは違う。
それはこれからの県内や、県外で既に当たったチームと対戦し、確認していかないといけない。
そして四回、ピッチャーが交代する。
マウンドに上がったユーキは、大学生相手でも、簡単に三振を奪っていく。
トラックマンでピッチャーを分析など出来る施設を持つ帝都大は、その球速やスピンの性質を、完全に数値化する。
ストレートの急速は150kmオーバーを安定して出して、そして変化球も細かく動いている。
ムービング系のボールであっても、回転数はかなり高い。
これは確かに大学でも、即エースになるレベルである。
ストレートの威力だけでもたいしたものだが、変化球も手元で鋭く曲がるものだ。
これはそう簡単には、クリーンヒットには出来ないだろう。
SS世代がいた頃の白富東であれば、大学相手でも余裕で勝っていただろうと予想はつく。
実際に直史が今やっているような、残酷なまでの蹂躙になるだろう。
高校生にパーフェクトなどをされたら、一気に士気は崩壊しかねない。
現在進行形で、心を折られまくっているのが、六大学の面々なのである。
そしてこの試合も、戦力を大きく二分しているとは言え、四回からは点が取れていない。
こちらはそれに対して、向こうの打線からさらに一点を奪われた。
「三番の水上に、四番の宇垣か」
帝都大としては悟はともかく、宇垣の動向は気になる。
プロのスカウトは見ているのだろうが、ドラフトに引っかかるだろうか。
育成ならいくらでも引っ張っていく球団はあるだろうが。
悟の場合は体格はともかく、見た目よりもはるかにパワーはあるし、ミートも上手いしで、他のツールも揃いまくっている。
間違いなくドラフトで指名されるだろう。ポジションがショートというのも素晴らしい。
ただ宇垣も体に厚みがあり、守備負担が少ないと言われるファーストであるが、その動きは機敏だ。
「ちょっと話してみるかな」
白富東からは早稲谷へ、三年連続でエースが進学している。
だが佐藤兄弟の、特に極悪な上の二人が卒業してからどうするか。
帝都大はリーグの新しい局面を想像する必要がある。
七回、帝都のピッチャーが交代する。
随分と小柄だなと思ったら、耕作の隣でマナのテンションが上がっていた。
「シーナ選手だ!」
「ああ、あれがあの」
耕作も当然ながら知っている。
女性でありながら、初めて甲子園のグラウンドを踏んだ選手。
まあ実際に踏んだのは、その前に監督であるセイバーがいたのだが。
甲子園史上初めての女子選手であり、そして今のところ唯一の女子選手である。
数合わせとかではなく、二年生の一時期は監督を兼任し、そして優勝チームのスタメンで活躍した。
やたらと彼女にはカメラがアップになっていたものである。
甲子園ではセカンドを守っていたが、大学に入ってからはピッチャー。
リーグ戦で投げていることもある。主に中継ぎとして。
白富東に投げてくるというのは、一種のサービスなのだろうか。両者にとっての。
「女だからって甘く見てると足元掬われるからなあ」
そう秦野が言ったとおり、シーナの投げた一イニングでは、点が入らなかった。
多かったのはボテボテの内野ゴロなのである。
「あれ、スプリットかな?」
「あれが魔球スルーだよ」
佐藤直史が投げる、ライフル回転のスライダー。
真下に伸びながら沈むそれは、スルーと名付けられた。あるいはジャイロスルーなどとも呼ばれている。
このジャイロボールを最初に投げていたのは、直史ではなかった。
そんな魔球を高校生相手に投げてくるのも、たいがいひどいと言うべきか。
とにかくこのピッチングで、白富東の勢いは止まった。
最終的なスコアは3-2のまま、敗北したのである。
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