六年目・初夏 若さと成長

第117話 夏までには

 関東大会が終わり、白富東は優勝した横浜学一に、準決勝で敗北した。

 スコアは4-3であり、決勝で横浜学一が帝都一に5-1勝ったことを思えば、実質的には準優勝。

 そして負けた試合も内容を考えれば、勝っていてもおかしくなかった。……そう考えるのは虚しいか。

 ここで健闘を選手が感じて満足していたら引き締めないといけないところだが、少なくともベンチの中では、負けた悔しさを噛み締めている選手が多かった。


 そして六月になる。

 関東大会の連戦から、わずかに休日はあったものの、すぐにまた練習は再開する。

 だが一気に負荷はかけない。大会の後などはどうしても、気が緩んで怪我をしやすくなる。

 あるいは大会で全力を超える力を出して、そこから怪我をしたりもする。

 だから大会後の練習は、しっかりとアップからして様子を見なければいけないのだが、とりあえずピッチャーの連中は問題がないようだ。


「左のところに俺を出して少し投げて、そっからまたユーキにつなぐって形が良かったんじゃないか?」

「それは結果論だからね。それに決勝を見据えてたら、二人は温存したかったと思うし。まあどうせ本番は夏だし、帝都一とは今度戦えるし」

 山村と上山の対話である。わずかな采配批判と言うか、疑問を出すぐらいのことは仕方ない。

「夏か……。最後の夏だな」

 一年生の時に、甲子園の夏の優勝は経験している。

 だがあの時は、ベンチにすら入っていなかった。

 上山は一応ベンチであったが、戦力には計算されていなかった。


 そして去年は、惜しかった。

 大阪光陰と戦って敗北し、その後の国体では優勝した。

 ただ国体と甲子園とは、全く大会の重要度が違う。


 最後の一年になって、秋は関東大会、そしてセンバツはベスト8で敗退。

 去年と比べると、また少し弱くなっているように感じる。

「一年の時って、本当に強かったよな」

「まあ、タケ先輩とアレクさんがいたしからね」

「鬼塚さんは見た目は怖かったけど、実際はそんなこともなかったしな」

「そういや、今年は開幕からかなり出てるね」

 なおクラブハウスで二人がしているのは、ミーティングなどではない。

 雑談がてら将棋などをしているのである。

 ここのクラブハウスには野球マンガや野球の書籍以外にも、なぜかボードゲームの類が残っているのだ。

 二人が入部する前、あの超最強の不敗神話を作った白富東の時代、持ち込まれたものらしい。


 白石大介がここにいて、野球をしていたのだと聞くと、なんとなく不思議な感じがする。

 白富東はこれまでに、六人もプロを輩出しているのだ。

 それも三年間に六人だ。うち二人が競合一位指名で、共に新人賞を取っている。

 ここはおそらく、恵まれた空間なのだ。

 入学してから二年と少し、驚くほど上達し、パワーアップしたのを感じる。


 だが、プロに行くほどではない。

 才能の限界というものを感じる。

 野球のセレクションで大学には行くつもりであるが、おそらくそこで鍛えても、高校時代ほどは伸びないだろう。

「上山は大学はどうするんだ?」

「ん? 俺は普通に推薦もらえそうだから、地元行くけど」

「マジか。野球は?」

「ん~、学生コーチしようかなって」

「学生コーチ? 大学のか?」

「いや、ここの手伝い」

 大学には学生コーチという仕事があり、後攻におけるマネージャーのようなことを、もっと専門的にする役割である。

 コーチの名前の通り、データの蓄積や分析など、部員の体調管理もしたりする。

 だが、プレーヤーではない。


 上山の実力であれば、普通に大学レベルでも通用しそうである。

 だがあえてここで手伝うということは、高校野球に魂を囚われたのか。

 分からないでもない。

 山村は頭がアレなだけに、野球で大学に行くことに躊躇はない。

 しかし高校野球は、特にこの白富東は、特別な存在だと思う。

「ほい。これで詰みだよ」

「え、これでか」

 上山はキャッチャーだからなのか、こういう組み立てのゲームに強い。

 先を見通しているから、強いのだろうか。

 山村も親戚の中では一番強いぐらいなのであるが。




 上山の角落ちで、二人はまた最初から始める。

 さすがに強い駒が一つないと、かなり厳しいものになる。

「他に野球で上に行くのって誰がいんだろ」

「宮武は間違いないでしょ。野球部のキャプテンだから、早稲谷に行く枠が使えるっぽいし」

「ああ、淳さんが行ってたな。文哲は台湾に帰るのかな。大石と宇垣は、野球じゃないと大学無理かな」

「宇垣はぎりぎり、どっかが育成で引っ張りそうな気もするけどね」

 育成か。

 宇垣は確かに、他校のプロ注の選手と比べても、見劣りしないものを持っている。

 ただ、隣にいるのがもっと大きな存在である。


 悟はプロに行くだろう。

 一位指名の確率も高いし、あるいは競合まであるか。体格を理由に低い順位での指名となるかもしれないが。

 この夏の活躍次第で、それも変わるかもしれないが。宇垣も素質はプロ並なのは間違いない。

 あいつは性格が悪いし、素行もあまり良くないし、協調性も高い人間ではないが、練習やトレーニングに手を抜く人間ではない。

 絶対に認めないだろうが、悟を強く意識している。


 人の気配が増える。

 他の部員たちがやってくるが、今日は練習はお休みだ。

 だが夏までにやることの復習がある。


 秦野と国立に、コーチ陣もやってくる。

 体もしっかりと休め、最後の夏への挑戦が始まる。

「さて、じゃあ始めるか」

 秦野にとっても、白富東での最後の夏が始まる。


 練習量はやや増えるが、土日には必ずどちらか、あるいはどちらも、ダブルヘッダーもありで練習試合を入れていく。

 一二年の、伸びてきそうにない選手は、基礎能力の向上へと、内容をシフトする。

 本当に練習に使えるのは、あと一ヶ月。

 七月に入れば実戦を想定していかないといけない。

 その中では全国各地の地方大会の話もなされる。


 仮想敵はやはり、大阪光陰となる。

 だが去年の秋の敗退や、今年の春も含めて、夏のシードを取るところまでは良かったものの、まだベスト8で負けている。

 夏までにどれだけチームを整えてくるか、監督の腕の見せ所だ。

 センバツを優勝した明倫館は、中国大会を優勝。

 王者として隙なく、春夏連覇を狙ってくるだろう。


 それ以外にも言えるのは、これまで絶対王者と言われていたようなチームが、案外負けているということだ。

 関東にしても、横浜学一は確かに名門で強豪で、優勝してもおかしくはなかった。

 だが帝都一は都大会で敗退しているし、白富東はピッチャーが完全に抑えるというゲームにはなっていない。

 それはピッチャーがいなければ、当たり前のことではある。


 この一ヶ月。

 普通なら伸びてくるにしても、さすがに短い時間だ。

 だが高校生になら、可能性がある。

 密度の濃い練習をして、他のチームのデータも集める。

 両方やるのは指導者の役割である。




 日が長くなるこの時期、早めに生徒たちを帰す。

 秦野と国立は他校の分析に、あとは練習試合の日程の最終調整だ。

 県内の相手にしても、組み合わせと当日のピッチャーの調子次第では、確実に勝てるとは言えない。

「有力なところでは、トーチバ、勇名館、あとは上総総合ですか」

「その三つだな。下手すれば三つ全部に当たるかもしれん」

 強豪私立が二つに古豪の公立が一つ。

 春の大会ではベスト4にまで残っていた上総総合。

 チーチバなどとの対戦内容を見ると、かなり仕上げてきていると言っていいだろう。


 そちらはこれからいくらでも情報が手に入るし、むしろこの時点の情報だけを分析しても仕方がない。

 甲子園で戦う相手はどうなるか。

 今年は軟投派と言えるピッチャーは耕作だが、甲子園レベルの相手と対戦する場合、さすがに分が悪いだろう。

 ただそれでも入学からこっち、一年生の中で一番伸びたのは間違いない。


 あとは上級生で意外と伸びた者。

「山村が伸びてきてくれたな」

 最後の夏の近付くのを感じ、本人にいい意味で余裕がなくなってきたか。

 野球に集中するなら、もっと早くから集中してほしかったものである。


 あとは集中力と言えば、チャンスでしっかりと力を発揮するのは、宇垣である。

 当初は四番に慣れていない印象があったが、悟の後の四番を打つということで、ちゃんとプレッシャーに負けずに結果を残している。

「あとは二年の中から、どれだけベンチに入れるかですね」

「百間と塩谷は、甲子園でも入れるからな。二年は……ユーキと塩野、大井は確かとして、宮下か麻宮のどちらかが、甲子園のベンチには入れないわけか」

「ここからは練習も試合も、全てがアピールの機会ですからね。どうなることやら」


 ここからの展開は、本当に偶然の要素がある。

 三年生には守備を見ればスタメンに入れたい者がいて、ほぼ13人は確定している。

 来年以降の見通しという意味ではなく、純粋に控えやピッチャーとして、耕作と塩谷は必要になる。

 二年はユーキと、塩野、大井の三人は確定で、県大会の20人枠のうち、19人はほぼ決まっている。


 これからは特に三年には怪我に気をつけてもらって、あとは二年がどういうパフォーマンスを見せるか。

 真情を言うなら、三年生は最後の夏、甲子園のベンチに入れてやりたい。

 だが実力や、チーム内での働きを考え、そして来年以降のチーム編成も考えるなら、下級生は絶対にある程度入れる必要がある。

「もう夏の雰囲気が感じられるよなあ……」

「そうですね」

 秦野や三年にとっては白富東での最後の夏。

 一年生にとっては最初の夏。

 日本全国の各地において、それに向けた準備が行われる。




 宮武学のシニア時代のポジションはどこであったか。

 実はピッチャーである。

 球速は女子としてはかなり速い120kmが出て、柔らかい体から、しなやかな変化球を投げていた。

「お前、俺が引退したら選手しろ」

「冗談でしょ」

「最後までピッチャーをやる必要はない。けれどユーキ以外のピッチャーの尻に火をつけたい」

「ああ、そういう……」

 キャプテン宮武は、様々なところに目が届いてしまう。

 その中ではっきりしているのが、来年の投手不足だ。


 いや、二年にユーキ、一年に耕作と、それなりに使えるピッチャーが一学年に一人いるだけで、普通ならば贅沢なのだ。

 しかし全国制覇をするには、明らかに足りない。

 本当の全国レベルと言えるピッチャーはユーキだけだ。耕作はイニングを黙々と投げることは出来るかもしれないが、決定力がない。


 カンフル剤が必要なのだ。

 そのためには、実の妹でも利用する。

「分かった。悪役になるよ」

「……悪いな」

 宮武は、野球部を好きになりすぎてしまった。

 自分のバックアップがなければ、妹の選手起用もかなり反発はあるだろう。

「そんなに気にしなくていいよ。私も百間君のピッチング、身近で見たかったし」

「え、お前、ああいうのが好みなのか」

「そういうのじゃないってば」


 ただ、マナが知る限りでは、かなり異質のピッチャーと言うか、野球選手なのは確かである。

 肉体的にも精神的にも、タフだなとは思う。一年の中では間違いなく、一番頑丈だ。

 ただ、耕作がエースになって、甲子園まで勝ち進めるとは思えない。

 ピッチャーが足りないのだ。ならばどうにか来年の新入生で集めるか、誰かの覚醒を待つしかない。

 最後の夏を前に、チームのことを考えるキャプテンそれに協力するマネージャーの、麗しき兄妹愛であった。

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