第113話 チバラギって言うな!

 今さらいうまでもないことだが、茨城県にはプロ野球球団はない。

 プロ球団がなくても立派な球場をあるところにはある。愛媛や新潟は30000人規模の球場があるのだ。

 それでも10000人は収容出来る球場は普通にある。

 そもそも球場を作れば、一万人規模のものは普通に作れてしまうと言うべきだろうか。

「少なくとも野球文化においては、我が千葉県は茨城よりも上だな」

 宮武が珍しくキャラじゃないことを言って、なんだこいつという視線を送られる。


 関東大会は五日間にかけて行われ、ほとんどが連戦である。

 少しは間隔があるという点では、まだしも甲子園の方が楽であろう。

 ピッチャーの層が厚い白富東は、この点でも有利である。

 もっとも東京や神奈川の強豪校は、普通に全国レベルのピッチャーを複数用意する。


 埼玉はおそらく、近年では一番強くなっている地区である。

 私立三強とは言われているが、公立も時々決勝やベスト4に残って、三強を倒したりする。

 その中でも浦和秀学はウラシューと呼ばれる、全国から選手を集めるチームとして有名だ。

 ただ、白富東は練習試合などでここと当たっても、負けたことはない。


 秦野は次の対戦も見据えている。

 別に負けてもデメリットのない大会ではあるのだが、勝てば自信がつくというメリットはある。

 それと夏に出てくる有力校の手の内を、それなりに実戦で探れるということだろうか。

 秦野はウラシューと甲子園で戦っても、正面突破で勝つ自信はある。

 だが同じ埼玉のチームが、当然のようにここに、見慣れたスコアラーを送ってきている。

 花咲徳政と春日部光栄。

 どちらも甲子園の常連だけに、対戦することを考えなくてはいけない。


 ただ、夏の甲子園で当たるまで、まだ二ヶ月以上ある。

 秦野たち大人に取ってはたったの二ヶ月だが、高校生の選手たちはこの短期間で、驚くほど伸びることがある。

 単純に球速だけを言っても、文哲は140km台が安定して投げられるようになったし、山村も130km台の後半をコンスタントに投げ込んでくる。

 今日の先発は、相手に左バッターが多いということもあり、その山村である。




 県大会に比べると、圧倒的に応援の姿が少ない。

 当たり前だ。平日であるし、遠方でもあるのだ。

 遠くの球場で平日でも応援してもらいたいなら、甲子園に行くしかない。塩谷にそう言われて、耕作は呟く。

「甲子園か。行ってもスタンドは嫌だな」

 体育科でもなく野球部に入った割には、耕作は試合に出たいという気持ちは強い。

 もっともそれは、どの選手にも同じことが言えるのだろうが。


 さて、三箇所の球場で行われる大会であるが、人気の白富菱もスーパースターと言えるレベルの選手は、悟一人になっている。

 相手も地元ではないので、観客の数は確かに少ない。

 しかしその筋の人間らしき者は見られる。

 カタギではない。野球という業の深い世界に身を浸した、スカウトたちの視線である。


 プロのスカウトにかかりそうなのは、今のところは両チームを合わせても悟だけである。

 だが春の大会を見れば、ウラシューのピッチャーにもそれなりの目が向けられるだろう。

 あとは味方では宇垣だろう。最近の打点はむしろ悟よりも多い。

 二年生までを含めればユーキも入るのだろうが、ユーキもプロに行くつもりはない。


 あとは大学のスカウトである。

 プロと違って先に話を進めることが出来る大学は、この時点で既に接触していることが多い。 

 実は宇垣と宮武にも話はきていたのだが、宇垣はまた一年からやるのは嫌だし、宮武は特待生でないのなら、普通に大学をいくらでも選べる。

(水上はともかく、宇垣は夏次第だな)

 ポジションがファーストというのも微妙だ。これが外野やセカンドなら、もっと指名される可能性は上がったろうに。

 そんなことを考えつつも、ウラシューの先攻で試合が始まる。




 山村のピッチングの生命線はカーブである。

 左バッターには効果的で、とは言え右にも充分に通用する、大きく曲がる速いカーブ。

 チェンジアップとスライダーは、あくまでのセカンドオプション。

 ストレートとカーブを見れば、その日の調子は分かる。


 今日の山村はかなりいい。

 だがそれだけに、集中力を切らさないピッチングが求められる。

(もう少し粘り強くなれば、もっといいピッチャーになると思うんだけどなあ)

 上山も思うとおり、安定感では明らかに文哲の方が上である。ユーキに比べても微妙だ。

 それどころか耕作に比べてさえも。


 淳の卒業後は貴重な左として存在していた。

 相手のオーダーによっては、やはり左なので多く使われることがある。

 しかし耕作のことを考えれば、あちらの方がより左バッターに対しては効果的ではないのか。


 ともあれ今日は、山村で勝負である。

 ウラシューの一番は出塁率の高い俊足なので、とりあえずは打ちとっておきたい。

(いきなりセーフティもあるかな)

 ファーストとサードはやや全身守備である。

 出来ればやるとしても、サードにやってくれた方がありがたい。


 ほら。

 初球からコツンとバットに当てて、ボールをサードに向けて転がす。

 しかし宮武のダッシュは速く、キャッチからスローまでも澱みがない。

 問題なくワンナウトである。


 


 ベンチから見ていると、山村のピッチングの良さが分かる。

 もっとも半分以上は、上山のリードのおかげだろうが。

 一回の表は七球で終わり、内野ゴロと内野フライである。

 あちらのベンチでは、バッターが監督に叱られている。

 まあ七球で初回の攻撃が終わっていては、それも仕方がない。

「大石、いやらしく行けよ」

 頷く大石であるが、はたしてどうなるか。


 やってくれました。

 初球セーフティで、しかもこちらは一塁セーフ。

 いやもっと球筋とかを見てくれよと思うのだが、それは宮武に任せるしかない。

(とりあず初球スチールはなしだぞ)

 そうサインを送っておいて、宮武には送りバントの構えで揺さぶれとサインを出す。


 宮武は忠実にこの指示を守った。

 そして最後には右方向に進塁打を打ち、ワンナウト二塁とする。

 白富東で一番怖いバッターである悟相手に、どういったピッチングをしてくるのか。

 秦野はそれに注目していたが、外を中心に敬遠気味の四球である。

 大介じゃないんだから、そんなところは振らないぞ?


 悟よりはまだ宇垣の方が、相手にしやすいと思われたのか。

 そんな舐められたことをされた宇垣が、力んだ方がいい打球が飛ぶタイプだ。

 ゆっくりと待った三球目。

 ジャストミートした打球は、ライトスタンドに放り込まれた。




 試合序盤の流れは、間違いなく白富東の方にある。

 山村も気分を良くして、しっかり腕を振って投げてくる。

 三振がなかなか奪えないのは不満だろうが、その分省エネピッチである。


 一気にコールドといきたいところだが、さすがにウラシューも引き締めてくる。

 山村のボールを、しっかりと見ていく。

 難しいところはカットしていき、球数を増やさせる。

 昔はそれで、緊張感が切れていた山村であるが、精神的にはこれでもかなり成長した。

 粘り強いピッチングで、三回までは一人のランナーも出さない。


 白富東側も、そうそう一気に大量点は取れない。

 ただウラシューは、まだまだ白富東の戦力を過小評価していた。

 三回の裏、ツーアウトからランナーなしで悟。

 外角を攻めて内角にはボール球。

 そんな考えであったのだろうが、悟は平気で外に踏み込む。


 ガツンと打ったボールは、レフトスタンドへ。

 外の球を外へ運ぶ、見事な一打である。

 わずかに平衡に戻りつつあった試合の流れは、また白富東の方へ大きく傾いた。


 三回で4-0。

 五回コールドは厳しくても、七回コールドはありうる展開である。

 クリーンナップには一発を。

 下位打線でも鋭く強く振り、基本的には打撃のチームとして認識されている。

 このスコアを見て、下位打線にまで慎重に対応してくるようになれば、それはそれでありがたい。




 山村を最後まで投げさせるべきか。

 秦野としては悩みどころである。

 球数自体は多くないので、それはそれで間違いではない。

 ただ明日、もし相手が水戸学舎であると、実はウラシューよりも左バッターは多いのである。


 耕作を試してみるつもりであった。

 打たれても序盤であれば、文哲かユーキを使って、流れを引き戻すことは出来る。

 ただ山村が左相手に、明日も使えるのならありがたい。


 早めに文哲かユーキに継投させて、ピッチャーの負担を軽減させるか。

 ただ粘り強くピッチングをしている山村を代えるのは、本人にもいいことではない。

(いや、コールドもありえるという、都合のいい考えはダメだ)

 山村は最低でも五回は投げてもらう。

 その間に何点か取られても、山村がしっかりと投げてくれることの方が大事だ。

 四点はホームランによる得点だ。偶発的要素が強い。

 

 四回の表にはヒットを打たれたが、そこでも山村は崩れない。

 なんだか知らないうちに、メンタルが安定してきている気がする。

「あいつなんかいいことでもあったの?」

 秦野としてもそんなことを尋ねてしまうぐらいのものである。

 まあ高校生ぐらいの時期は、急激に伸びることはあるのだが。




 五回が終わって、スコアは5-0と変化している。

 ホームランの一発ではなく、ランナーを進めて取った一点が大きい。

 そして何より、山村が三安打一四球の無失点に抑えたのが大きい。

「よし、じゃあ残りは文哲にいってもらうか」

「別にあと二回ぐらい行けますけどね」

「体力を温存しとけ。明日は左ピッチャーが複数必要になる可能性もあるんだ」

 山村はそれ以上は文句も言わず、ベンチで試合を見届ける。


 安定感と言うなら、文哲がやはり一番だろう。

 六回の表も三振はないが、確実に内野ゴロを打たせてスリーアウト。

 山村のカーブ主体のピッチングの後だと、四隅にストレートをびしりと決めるような文哲のピッチングは、ぎりぎりの見極めが難しく手を出してしまう。

 この三者凡退は、守備側にも影響を与える。


 五点差であと攻撃が三イニング。

 高校野球なら追いつけない点差ではない。

 しかしこれまでの白富東のイメージが残っていれば、不可能にも感じてしまう。

 山村がしっかりと無失点で封じてくれたことが大きい。


 六回の裏には、上山の打者二人を帰すタイムリーツーベスがあって、得点差は七点と開く。

 つまり七回の表を無失点で守りきれば、コールド成立である。


 まずは一点。

 執念でフォアボールを選び出塁したランナーを、アウトカウントを重ねながらも、三塁までは進める。

 出来ればここでコールドにして、少しでも明日以降のピッチャーを楽にしたい。

(関東大会まで出てコールドだと、さぞ夏までには鍛えてくるだろうな)

 秦野としては、これでむしろウラシューを強くしてしまったかなとも思う。

 埼玉県大会で準優勝。それでも立派ではあるのだが、今の白富東相手に、コールド負けをするような戦力ではない。

 センバツの疲れか、メンタル的なものか。

 一年生も入ってきているだろうから、ベンチ入りメンバーは大きく変わるかもしれない。


 最後にはサードゴロを打って、内野ゴロで一塁送球。

 必死に滑り込んだが、間に合うことはない。

 7-0にて白富東は準々決勝に進んだのである。




 群馬の前橋実業を破って、次の相手は予想通りに水戸学舎に決まった。

 水戸学舎は近年急激に力をつけてきて、初出場の神宮大会で、全国制覇を成し遂げた。

 一応神宮大会もちゃんとした、全国大会なのである。

 その過程では白富東も敗北したのだが、その後のセンバツでは逆襲に成功している。


 エースピッチャーは現在、サウスポーである。

 白富東側は、とりあえず耕作を試してみるつもりだ。

 本当に左が必要になった時は、山村に投げてもらうことも考えてあるが。


 白富東の現在の打線も、左打者がそれなりに多い。

 特にクリーンナップのところで、悟と宇垣が両方左というところが、左ピッチャーを弱点とするところ、と見られやすいのだろう。

 実際には悟と宇垣は、サウスポーを相手にしていても、打率などに明確な変化はない。

 控え目に考えても、確かに少しは低いが、誤差の範囲。というか打ちにくいピッチャーが左にいるからだろうか。

 むしろ下位打線の左が、明らかにサウスポーを苦手にしているが。


 それも踏まえて打線は、やや前後することになるだろう。

 特に問題なのは、先頭打者だ。

 大石はかなりボール球を打ちに行くのは改善しているが、左ピッチャーに対しては明確に差が出ている。

 打率もであるが、それ以上に出塁率に。

「ということで、これが明日の打線な」

 秦野が出したのは、一番宮武、二番上山というものの後に、悟と宇垣が続いていくものであった。

 大石は五番で、なんとか上手く出塁して欲しい。

 スイッチで打てる石黒が入っているので、相手がエースを出してこなくても問題はないのだが。


 最初の試合でエースは三イニングしか投げていないので、ここも先発してくるはずだ。

 それでも連投なので、きついことはきついだろう。

 白富東も今の三年が抜ければ、かなりピッチャーの事情は厳しいことになる。

 さて、それではロースコアが前提の、洗練されたチーム相手にどう戦おうか。

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