第107話 新生

 春季県大会本戦、白富東の対戦相手は、とりあえずとんでもない私立とは最初は当たらない。

 おそらく最初の山らしい山が、ベスト16で当たる三里である。

 あそこも国立が転勤になった後、また監督が代わって、かなり前年から鍛えている。

 なので無事にブロック予選は通過したわけだ。

 国立が三里に残したメソッドは、監督というか指導者にも、ある程度の力量が必要なものである。

 だが彼女なら可能だったのだろう。


 それはまだ先の話で、まずは一回戦。

 いきなり打順も替えて、先発ピッチャーは一年生。

 相手のチームは当然ながら、甘く見られたと思うのも無理はない。


 だが本気で来られたら、勝てっこないのも分かっていた。

「まずは一点! 行くぞ!」

「「「おう!」」」

 かけ声は攻めるような口調であるが、実はあちらは後攻である。


 先攻の白富東は、先頭打者を宮武に替えている。

 宇垣が二番、三番が悟で、四番が上山という超攻撃的なオーダーだ。

 色々と試すだけの実力差が、この試合にはある。

 もちろん最悪でもベスト16に進まないと、シードが取れなくて苦労するのだが。


 先頭の宮武は、二球目からもう打っていった。

 先頭打者ホームランとはならなかったが、外野の頭を越えた。

 そして宇垣も、二球目を打っていった。

 こちらはライトスタンドに飛び込むホームランである。


 既に折れかけているあちらのピッチャーであるが、悟は初球から打っていった。

 ネクストから見ていたので、もう充分だと思ったのだ。

 宇垣とほぼ同じ場所に着弾し、連続ホームラン。

 折れたあちらのピッチャーは、まだ皮一枚でつながっている。


 そして優しい上山がとどめをさしてやった。

 今度はレフトスタンドに突き刺さる、三連続ホームラン。

 これにて相手のピッチャーは交代した。




「あ~、すげえ楽」

 ほわほわしている耕作の目に映るのは、一回の表の6の数字である。

 ホームラン三連発は驚いたが、その後もヒットが出まくって、やる気が折れた向こうの守備も緩慢になった。

 ただしこちらもかなりスタメンは交代してしまったので、これ以上はそうそう得点も得られないかもしれない。

 それでも六点差は楽である。


 のんびりと投球練習を終えて、さあピッチング本番である。

 相手も県大会のブロックを勝ち残ってきているので、万年一回戦負けの雑魚ではないはずなのだ。

 そこから三本連続ホームランを打ってしまう、現在の打力が鬼畜なわけで。


 耕作はサイドスローは変わらないが、色々とマイナーチェンジはしている。

 体の軸を地面としっかり垂直に立てて、強く後ろに引いた腕は、かすかに肘を余らせる。

 そこから右手の反動で左手を持って来るのだが、ここで余った肘が使える。

 肘を撓らせすぎないようにするのがポイントだが、少し撓ってわずかにスピードも上がった。


 そんな左のサイドスローで、ピッチャーのプレートを広く使うのだ。

 上手く角度をつけて投げたら、それだけで普通の左バッター相手には無双出来る。

 まあ向こうのバッターも、あまりの実力差に気力が萎えていたというのもあるのだろう。

 あっさりと三者凡退で、ベンチに戻れる。




 強いチームにいるの、すごく楽。

 生まれもっての希少性のおかげで、ベンチにも入れた。

 甲子園はベンチ枠が18人だし、そもそも夏までには伸びてくる選手もいるだろうが、それでも一年の春で試合に出られたというのが嬉しい。


 なお二回の表は、二点を追加した終わった。

 交代したあちらの二年生ピッチャーは、試合自体は諦めているのかもしれないが、ピッチャーとしての役割は投げ出さない。

 ここで粘り強く投げることが、夏や来年につながることを分かっているのだ。


 二回の裏も、ヒットを打たれることはなく三者凡退。

 ちょっといい当たりはあったのだが、二遊間が鉄壁すぎる。

 さすがにプロから注目されてるショートは違うなと思いつつ、上山と話して今の組み立ての反省点を考える。


 左のサイドスローは左バッターに対して、逃げていく球を投げられる。

 ただ左打者の内角を攻めるのは、少し難しい。

 少し左にずれただけで、デッドボールになってしまうのだ。

「まあ今日はボール球がどれぐらい出るかを見つつ、制球重視で投げきろう」

 このまま順調に進めば、普通に五回コールドである。


 そして試合は普通に進んでいく。

 三回にも一点が入ったが、どうもこちらの打線も早打ちになってきている。

 それで際どい球を打って、凡退しているパターンが多い。

 あちらの二年も打たせて取るタイプらしい。

 もっとも打たれて取るというほうが、ふさわしいのかもしれないが。


 楽な試合になった。

 一年生を使って試合経験を積ませて、ベンチメンバーも試すことが出来る。

 力量が釣りあわない公式戦は、これでいこう。

 もっともいつも、一回戦とか二回戦は、こんな感じのような気もするが。


 なんだかんだ言いながら秦野は、下位打線がよく打っているなとは思う。

 センバツでは上位で点を取るパターンが多かったが、格下相手には充分に通用するのだ。

 やはり試合をしてみないと分からないが、秋からするとしっかりと育っている。

 国立の地道なバッティング指導が実を結んだ結果であろう。


 スコアは11-0で、白富東の勝利となった。

 最後まで粘って、自分のイニングでは五点しか取られなかった向こうの二番手は偉い。

 耕作は68球投げて二安打を許してしまったが、フォアボールのランナーを出すことはなくゲームセット。

 もちろん守備陣に支えられたとは言え、勝ち投手である。


 球数的にもまあこんなもんだろうという気はしているが、問題は三振が一つもなかったことである。

 変化球の球種はあるし、変化量もそこそこそこあるので、三振が奪えなかったのは意外であるが。

 国立と話して、原因を探ろうとする秦野である。




 春季大会は日程が厳しくて、二回戦は翌日の日曜に行われる。

 弱いチームであれば別だが、千葉で決勝まで行くとなると、ほとんどゴールデンウィークは潰れてしまうのだ。

 この二回戦は三年のピッチャーで継投しようと思ったら、あっという間に打線が爆発して五回コールド。

 山村は一点を失ったが打たれたヒットは三本と、まずまずの出来である。

 

 これで一応ベスト16にまでは進み、夏のシードは得られる。

 極端な話ここで負けてもいいのであるが、他のチームが白富東がセンバツに出ている間に、どれだけ成長しているかは気がかりである。

 そのベスト16の相手は、国立がかつていた三里高校。

 女性監督青砥晶率いる、新生三里高校が、壁となって立ちふさがる。


 そう、浦安西高校も公立である以上、異動というのはあるのだ。

 ちなみに晶は国立にとっては、大学時代の野球部の後輩でもある。

 対戦相手であっても、そこは気心のしれた仲。

 まだ国立が教えていた選手たちも残っているのだ。


 試合前に挨拶に来た選手たちは、口々に嘆いた。

「せんせ~、戻ってきてください~」

「鬼っす。あの人は鬼っす」

 どうやら相当に練習やトレーニングが厳しいらしい。

 耐えられるか耐えられないかのぎりぎりのところを、笑顔でやらせてくるのだとか。


 まあ、そういう人である。

 大学時代は男の中に混じって、ゲロを何度も吐きながら、なんとか選手としても試合に出たのだ。

 前任の浦安西が狭いグラウンドでろくに場所を使った練習が出来なかったので、その時のフラストレーションまで、そこそこ広い三里で解消していのだろう。

「でも彼女、自分にも厳しいでしょ」

「だから弱音を吐けないんですよ~」

 国立の楽しい野球を、晶はニコニコ笑顔で厳しい野球にしているということか。

 選手に混じってアップやダッシュなどに混じっていて、まさか女に負けるわけにはいかないと、彼女にしか出来ないやり方で、選手のモチベーションを上げているわけだ。

「もうあの人、野球と結婚しちゃったんじゃないかな」

 そこまで選手に、敬われながらも恐れられるというのは、やはり指導者としては一つの才能である。




 この試合の先発は文哲であり、三里の鋭い振りには正直驚かされた。

 白富東の打線を止めるほどのピッチャーはいなかったものの、打撃においては丁寧に組み立てる文哲のピッチングが、逆に相手に嵌まってしまったらしい。

 それでもリードしている以上、そう簡単にはピッチャーを代えたりはしない。

 文哲も点を取られても、その後をしっかりと投げていく。


 五回を終えて13-3という、やはりコールドでは勝利したが、打線をつなげて上手く勝つのではなく、一発で大量点という場面が多かった。

 やはり悟と宇垣を三番四番で並べておくと、破壊力が違う。

 それぞれのスリーランと満塁のホームランがあったが、そこをどうにかしていれば、もっと健闘出来ただろう。

 試合の後に晶は、とてつもなく、それこそ選手より悔しそうな顔をして、握手をしたものである。

「今度、練習試合お願いします」

「まあ、いいですかね?」

「いいけど、どこまで勝ちあがれるかにもよるしなあ」

 今年の白富東は、センバツでベスト8で負けているため、関東大会の出場権がない。

 自力で決勝まで進んで、茨城県で行われる関東大会に出る必要があるのだ。


 春の関東大会は、東京のチームも出てくる。

 帝都一や日奥第三、早大付属あたりは全国レベルでも強豪校だ。

 もっとも神奈川や埼玉も、この数年は甲子園でかなり上まで勝ち進むことが多い。

 なんだかんだ言いながらも、やはり関東は最大の激戦区と言っていいだろう。

 特に春の大会は、東京も参加してくるので。


「へ~、すると秋は東京は出てこないんだな」

「え、百間君、そんなことも知らなかったの?」

 知らなかった耕作である。

 もちろん秋の大会でセンバツを選抜するとか、春の大会があるとかは知っていたのだが。

「ダイヤのA読まないと」

 そうマナが言ったので、部室に常備されているマンガを読むことになる耕作である。




 白富東は進学校である。

 だがガリ勉が多くて、受験に専念するようなシステムがあるわけではない。

 もちろんそういう生徒もいるが、オンとオフを切り替えて、遊ぶ時には遊ぶのだ。

 そしてここ数年間で全校を挙げてやっているのが、野球部の応援なのである。

 強制参加ではない。ただ、能動的に生徒は動く。

 馬鹿騒ぎする野球部に感謝しつつ、全力で楽しむということだ。


 ただそれも、県大会までが限界だ。

 関東大会は平日にかかってしまうので。

 耕作としてはゴールデンウィークが試合で潰れるというのは、初めての体験である。

 去年までならこの時期は、畑仕事で忙しい。

 なんだかんだ言って雑草を抜きまくるのは、人間の手作業が一番速かったりする。

 米農家はまた違うらしいが。


 ちなみに百間町家は、米を買ったことがない。

 米とは物々交換で手に入れるものであるのだ。

 米や野菜に限ったことではなく、肉なども無料で手に入ったりする。

 最近は鹿の被害があって、猟師さんと言うか、狩猟免許を持っている人も大変なのだ。

 冬場でないので罠をしかけて、最後には棍棒でたたき殺すのがデフォである。

 鹿肉はさっぱりとした赤身で美味い。


 それにしても、春の県大会というのは、素晴らしく大変である。

 なにしろゴールデンウィークに様々な球場を使って行うため、連戦続きになるのだ。

 まあそれは夏にもある程度同じことが言えて、神奈川などは甲子園で優勝するのも、神奈川で優勝するのも、難しさは段違いだが辛さは同じぐらいらしい。




 そしてベスト8、つまり準々決勝である。

 ここまでの三試合を全てコールドで勝ちあがって来た白富東であるが、今日の対戦相手は勇名館。

 あのSS世代がいた頃に、それを破って甲子園に行き、ベスト4まで進んだ有力校である。

 ここ数年はクジ運が悪くないかぎりは県内ベスト4の常連であり、白富東が県内で気をつける、数少ないチームの一つだ。

 つまり今年、ベスト8で当たっているのは運が悪いからと言える。


 そこに先発は耕作である。

「マジかよ」

 思わずそう口に出してしまっても、仕方のないことだろう。

「心配するな。取られてもそれ以上に取ってやるから」

「スタメンは完全にいつも通りだから、心配しなくていいよ」

 悟や、試合でバッテリーを組む上山は、気楽そうにそう言うのだ。


 負けても構わないというのは、確かにある。

 決勝まで進んでより良いシードを取ったとしても、今年は勇名館とベスト8で当たる時点で、既に運が悪いのだ。

 それに点を取られても、それ以上に取ってやるというのも本気である。


「マジかよ」

 そう呟いたのは、投球練習も終えたマウンドの上。

 一回の表、勇名館の攻撃。

「マジかあ」

 深いため息をついた耕作は、そこから開き直って、先頭バッターと対決するのであった。


×××


 ※ 念のため言っておきますと、鹿は棍棒で殺すのは危険です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る