第106話 雑草抜きまくる魂
これが地方大会の公式戦であれば、既に試合は終わっている五回の裏。
先頭打者大石相手に、塩谷が出したサインはスライダーである。
(まだコントロール出来ないんだけど、それでいいならいっか)
サウスポーのサイドスローということで、一応は大石もチェックはしていた。
角度的に左打者にとっては、一番打ちにくいタイプだ。
そのボールが当たりそうな軌道から、外角に逃げていった。
思わず腰を引いてしまったが、完全なボール球である。
(今の、変化球? だけどなんだかおかしかった)
リリースからちゃんと見ようかと、じっと構える大石。
二球目はど真ん中にストレートが決まった。
(打てば良かった~!)
そんなことを考えているから、こいつはダメなのである。
結局は打たされてサードゴロ。初めて先頭打者を凡退させた。
気力が萎えかけていた守備陣も、ほっと一息である。
ボールを受ける塩谷としても大満足である。
初球はともかく、二球目のど真ん中を投げ込んでくれるとは。
(開き直ったって言うよりは、自分でも納得した感じのボールだったよな)
キャッチャーはピッチャーの投げるボールから、その意思を感じるものなのだ。
確かに耕作は、納得して投げていた。
暴投に近いような変化球から入れば、次は一球見ておくかというのが、打者心理である。
そして本日は二番に入っているのは、セカンドの花沢である。
体格はないので長打はないが、小技が利いて選球眼もあり、出塁率が高い。
これに対してもストレートで押す。
内野フライで、あっさりとツーアウト。
普通科と思って、不思議な感覚はしていたのだ。
からだの鍛え方は、かなりのものだ。それも別に見せるような筋肉ではなく、おそらくちゃんと動くための筋肉。
ブルペンで受けていた時も思ったが、バランスのいい投げ方をしている。
(リリースがいいんだよな。サイドスローだから回転軸は歪んでるけど、スピンは利いていてキレがあるし)
ナチュラルにスライダー回転がかかっている。
そこからさらにスライダーにしようとしているので、あの変な変化量のスライダーになるわけか。
三番打者はキャプテンの宮武。
春のセンバツでは打ちまくり、出塁率は五割を超えていたはずだ。
それも二球目を打っていって、内野ゴロでアウト。
三者凡退で、上級生の攻撃で初めての0がついた。
「んだよ平民、やるじゃんか」
「平民じゃねえ。農民だ」
「百姓か? 貴族なのか?」
「うるせえ。ニンジン食わせるぞ」
一年生全体が明るくなっている。
思ったよりも球威がある。
外から見ていた国立としては、宮武が二球目から打っていって、凡退したというのが不思議である。
最近一年は秦野やコーチが見て、国立は上級生のバッティングを見ていた。
だから短期間に耕作が成長しているのは、ここまではっきりとは分からなかった。
成長と言うのは、ただ伸びるということだけを指すのではない。
無駄に伸びているところを切り、必要なところだけに集中することでもある。
フォームの微調整によって、球威がいきなりアップするということはある。
野球部員全員の身体データによって、コントロールの安定度を増したわけだ。
たとえば佐藤兄弟は、同じ血統でありながら、骨格のタイプが違った。
直史は安定的であり、武史は爆発的であった。
直史がいくらでも変化球を投げられるのに対し、武史は一部の変化球以外は、フォーム全体にメスを入れる必要があったのだ。
それでは元の能力まで変えてしまうため、元の傾向をより伸ばしていった。
それがストレート主体でムービング系の変化球を操り、大きく変化する球は二つだけに絞った今の姿である。
耕作のデータから導き出された分析は、もしも将来的にプロを目指すなら、速めにオーバーハンドかスリークォーターに戻すべきというものだった。
もちろんプロなど目指していない耕作は、現状維持をして、そこから伸ばしていくことを選んだ。
それでも幾つもの課題はあったのだが、とりあえず必要なのは、ストレートと本人が縦スラと認識しているボールを磨くことである。
フライボールピッチャーと、グラウンドボールピッチャーに、ピッチャーと言うのは大きく分かれる。
奪三振をストレートで取っていくのは、まず間違いなくフライボールピッチャーだ。
伸びのある球は振ったバットの上を通り、当たるとフライになるからである。
これに、沈む変化球を多数持ち、ストレートのギアを変えることで、三振も奪える悪魔のようなピッチャーが誕生する。
耕作の場合はサイドスローから投げることによって、リリースの位置からすると、あまりストレートは落ちないように感じる。
だがスピンが真っ直ぐではない回転軸でかかっているため、キレが鋭く詰まることはあり、また打てても芯を外して重く感じる。
これに沈む縦スラを加えることで、完全な打たせて取るピッチャーとなるわけだ。
グラウンドボールピッチャーであるが、そのグラウンドボールピッチャーに大切なことは主に二つ。
一つは内野の守備力であり、もう一つがストライクを取りに行く勇気である。
空振りが取れるほどの球速はない。
だから自然とボールは転がって、強豪の鍛えられたスイングであれば、内野の間を抜けていく。
だからといって下手にボール球を投げていくと、何もせずにランナーが出てしまう。
つまり何が言いたいかというと、あれである。
耕作は上手く打たせているのだが、それでもヒット連発になってしまったりする。
上級生のスイングを徹底して鍛えた国立が悪い。
「いや~、取られたな~」
「わ、悪い」
塩谷は小さくなるが、耕作は全く気にしない。
「気にするなって。俺のスピードでずっと抑えられる方がおかしいだろ」
交代して最初のイニングは三者凡退に抑えた耕作だが、次の回にはヒットばかりで二点を取られた。
それでも国立は評価しているが。
鋭い打球が内野を抜けていくのは、純粋にまだ守備のレベルが低いから仕方がない。
悟や宮武が守備していれば、おそらく点は入っていないだろう。
長打を打たれていないのが素晴らしいし、単打を重ねられても、ボール先行になっていない。
キャッチャーは負けず嫌いで色々と考えているし、ピッチャーはいい意味で鈍い。
これで他の二人と同じように、二回は投げた。
少なくとも一イニングは無失点だったことを考えると、ワンポイントなどで使える可能性は高い。
あとはキャッチャーが、自分のリードに自信をなくすのが怖いか。
「塩谷君」
声をかけられた塩谷は一瞬だけ顔を強張らせたが、すぐさま平静を装う。
その心理まではっきりと国立は分かる。
「狙いはいい。外野をオーバーするような打球がなければ、それで正解だよ」
「はい」
塩谷はそう言われても、色々と考える。
あちらのベンチの秦野と視線を合わせるが、試合は続行だ。
このままなら予定通り、塩谷はベンチ入りさせる。
あとはもう一人をどうするかだ。
七回から上級生チームは、ユーキが投げ始める。
おそらく一番、一年生にとっては、実力差が分かりやすいピッチャー。
140km台後半のストレートを投げて、あっさりと一年生を封じていく。
だが狙ったような四隅へのピッチングは、とても他のピッチャーには真似できない。
槍のようなストレートだ。
球速があり、癖のない真っ直ぐでありながら、真っ直ぐすぎてまともに打てない。
結局一年生の中には、打撃では試合に使えるような者はいないか。
(だとすると、やっぱりサウスポーを入れてみるか)
国立はそう思うが、秦野はどう考えているだろう。
センバツの試合ではっきりしたのは、まだまだ打力が不足しているということ。
明らかに去年から落ちている投手力を思えば、どんな相手からでも三点以上、出来れば五点以上は取るためのオプションがほしい。
今の三年生は、悟、宇垣、宮武、上山などがよく打てる。
大石は意外な球を打ってしまうことに長けているが、もっと塁に出ることを優先すべきだ。
今のままでは確かに、一番打者ではなく二番打者にした方が面白いのかもしれない。
あるいは意外性に期待して、九番に持っていくとか。
ともかく今は、一年生バッテリーの背中を押してやらなければいけない。
「まだ硬球に慣れていない、高校の打球に慣れていない守備だから、内野を強襲のヒットになったり、運良く抜けてもいいんだ。しっかりとストライクを取ろう。ただ、ボール球もしっかり使って」
そして送り出す国立である。
ポコポコ打てると思った上級生チームは、ボール球でも甘いと見れば打ってきてしまう。
だが耕作のストレートが高めに決まると、案外空振りしてしまう。
伸びるのかと不思議に思うが、それは違うだろう。
サイドスローの軌道が、タイミングが合わないのだ。
それに加えて、左バッターには逃げていくように角度をつけて投げている。
逆に右バッターには、懐を襲うようなボールも使っていく。
三振も奪ったが、圧倒的にゴロが多い。
加えてストレートを投げた時は、フライを打ち上げてしまうことがある。
国立に言われて改めて気付いたのだが、耕作はジャストミートをされていない。
もちろんそれでも振り切ったスイングは、強い打球を放つ。
しかしピッチャー返しでセンター前とか、引っ張ってレフトやライトの前に飛ばすとか、そういうものがあまりない。
悟と宇垣なら、あっさりとスタンドまで運んでしまうかもしれないが。
予定されていた三イニングより長い五イニングを、耕作は投げた。
八本のヒットを打たれて、四失点。
最後には上山に長打を打たれたりもしたが、甲子園上位の打線が相手なのである。
悔しさと言うよりは、むしろけっこう通じたなと思うのである。
試合後に短く、秦野と国立は会話した。
単に目の前の試合だけを見るなら、上級生だけで戦える。
しかし、力は次代につなげていかなければいかないのだ。
そのためには、一年生に経験を積ませていかなければいけない。
秦野としては、次の監督を務める国立の意見を重視する。
いざとなれば、今の二三年の力だけで、甲子園を勝ちとることも考えて。
背番号20というのは、白富東においてはけっこう伝統的と言うか、伝説的なものなのだ。
あの佐藤直史が、最初にもらった背番号ということで。
「普通科から出てくるとはなあ」
同じクラスではあるが、体育科の同級生からは少し複雑に祝われたものである。
「ね、最初に行って良かったでしょ?」
マネージャーのマナのみは、素直に祝福してくれるが。
女友だちと一緒に席を外すと、前後からロックされる。
「野球部は部内恋愛禁止なんだよなあ」
「離せ! そういう感じじゃない!」
実のところあの、ベリーショートから見えるうなじが、耕作には眩しかったりする。
元陸上部ということもあってか、女性らしい特徴よりは、スポーティーでボーイッシュな感じもする。
話してみれば、普通に女の子だなとしか感じないのだが。
この年頃の男は、可愛い女子と一時間も話せば、好きになってしまうのだ。
男というのはそういう生き物なのである。
ただ部内恋愛禁止というのが痛い。
革新的で開かれた白富東の野球部であるが、この禁を破った時は、昭和の野球部に戻るらしい。
吐くまで走らされた部員を彼女が介抱して、やっと許されるということもあるそうだ。
しかもその後もことあるごとに、ボコボコに殴られるそうで。
ちょっと手は出せない。
「だけど、例外もあるんだぜ」
噂話というわけではなく、しっかりと話を聞いてくる部員もいる。
「狙ってた女子に他の男が告白してきたりした場合だけ、自分も戦ってもいいんだとか」
「マナちゃんモテそうだよなあ」
「でもキャプテンの妹だぞ。俺らは手なんか出せねえよ」
宮武はそのあたり、そこそこ柔軟そうでもあるのだが。
とりあえず背番号を貰った耕作は、早急にフォームの微調整を行っていく。
あとはクイックと、セットポジションからのピッチングだ。
サイドスローの場合、あまりワインドアップなどは使わないし、耕作も使わないので、あとはクイックだけが問題だ。
ただ左利きというのは、それだけで一塁にランナーがいても走りにくいものである。
いくつかの方向から撮影した映像を、何球も連続して投げて、球種ごとの違いを見る。
球種が分かっていれば、もちろんバッターは打ちやすい。
中学レベルでは気付かない小さな癖も、県大会の上位に入る私立であれば、しっかりとスコアラーが分析してくる。
あとは実際にバッターに向かって投げてみる。
バッターボックスに入った国立は、左打席からもしっかりと球筋を見ていく。
思ったとおりと言うべきか、やはり左打者は打ちにくい。
せっかくだからとバッピをレギュラー相手にさせるが、これはけっこうぽんぽんと打っていく。
ただ、確かに掬い上げて長打にするのは難しい。
左のサイドスローと言うと、帝都一の青山や、明倫館の品川が思い浮かぶ。
あのあたりまでくるとサイドスローでも140kmを超えてくるので、さすがにものが違うのであるが。
「継投していけば、充分すぎる戦力になるよ」
そう言った国立は、かつて育てたアンダースローのピッチャーのことを話したりする。
要はピッチャーというのは単体ではなく、そのチームの中でどう機能するかが問題なのだ。
それは耕作は、春の大会の中で知って行くことになる。
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