第105話 甲子園常連校
紅白戦が二度行われ、これでベンチ入りメンバーが決まるのかと、ドキドキしていたのは耕作もである。
常識的に考えればサウスポーのピッチャーは、三年の山村が既にいるので、急に補強しなければいけないポジションではない。
ただ周囲も言っている、塩谷が選ばれるのは確かにそうかな、とも思っている。
投げやすいキャッチャーだった。
要求は厳しいが、しっかりとしたリードではあった。おかげで中学時代の自分の、レベルの低さにも気付かされたが。
シニアはやっぱり違うなと思いつつ、隣の席のマナと、誰が選ばれるのか話してみたりする。
なおクラスにも野球部は、他に何人かはいる。
「てかマナちゃんはキャップから何か聞いてないの?」
キャプテンも宮武なので、自然と名前呼びになっている、野球部の姫である。もちろん冗談だが。
兄弟で同じ部活に入ると、特に下は名前呼びになる。部活あるあるである。
「お兄ちゃんも別に聞いてないみたいだし、私から変に伝わるのも怖いから、予想とかも口にしないの」
「まあでも、ピッチャーとキャッチャーじゃねえの?」
「どうよ、普通科の星君」
「そのいじりは止めろ」
体育科の野球部どもは、だいたいがガサツなのである。
隠れマッチョの耕作は、メガネはしているが貧弱ではない。
実のところ、本当にマナは、宮武からはなにも聞いていなかった。
だが秦野と国立が話していたことは聞いていたのだ。
もちろん秘密のことなので、兄にも言っていない。
(楽しみだな~)
純粋に期待しているあたり、彼女もナチュラルな悪女である。
春の大会に提出するオーダーの締め切りの前日、秦野は紅白戦に出た選手たちを集める。
いよいよ発表かと思ったが、そこから何人かの名前を読み上げた。
一年生が合計で12人。
「さてそれではこれから皆さんに殺し合い……じゃなくて、上級生との試合をしてもらいます」
ひどい前口上である。
上級生。
つまりはこの間まで、甲子園で戦っていたメンバーである。
「正直誰を選ぶか最後まで決められんかったから、絶対勝てない相手と戦って、どれだけのことが出来るか見せてもらうぞ」
ひどすぎる。
「ピッチャーは三人いるし、ある程度ポジションは考慮したつもりだ。国立先生と話し合って、打順とかは決めるように」
おいでおいでと国立が手招きしているが、それは絶対に危険なやつだと思う。
三人のピッチャーの中に、耕作はしっかりと入っていた。
左利きだからという理由であるらしいが、それだけでここまで優遇されるものか。
そもそも外野を主にやっているが、ピッチャーもしていたという左利きもいたのに。
(まあ左のサイドスローなんてそうそういないか)
打たれにくく、コントロールもつく投げ方を試していたら、それに辿り着いたのである。
上級生チームは、ほんの少しだけ手加減をしてくれるらしい。
レギュラーから悟と宇垣の二人を抜いてある。
あまりにも点を取られすぎると、ピッチャーの自信もなくなるだろうし、バッターも反撃の気力を失う。
ただあちらも甲子園で投げた、三人のピッチャーを継投させるそうな。
「とりあえすオーダーはこうなってるから」
そう言って国立は紙を見せる。
1 九堂 (左)
2 城 (遊)
3 悠木 (右)
4 長谷川(三)
5 塩谷 (捕)
6 仲邑 (中)
7 紺条 (一)
8 新居 (二)
9 瀬戸 (D)
特別ルールでDH制がある。
ピッチャーにはバッティングまでは期待していないということだ。
ポジションは完全な要求は通らないが、なんとか出来なくはないという状態である。
「じゃあ、最初に投げたいのは誰かな?」
(俺は嫌だ)
耕作がそう思っている間にも、アピールするべく一人が手を上げた。
一年生相手に先制打を食らわせるのは気の毒だろう。
そういう観点から、先攻は一年生に譲った三年生チームである。
そして先発は文哲である。
文哲はコントロールがよく、球威ではなくコンビネーションで勝負する。
一年生にとっては、当たることは当たるがジャストミートは出来ない、厄介なピッチャーになるだろう。
そう予想させるグラウンドを見ながら、悟は宇垣に話しかける。
「どう思うよ」
「一年をボコボコに出来ないほどの雑魚じゃねえだろ」
触れる者みな傷つけた一年のころからを考えると、宇垣も丸くなったものである。
もっとも試合に出られないことは、不満ではあるらしいが。
「もし終盤に負けてたら代打でボコろうぜ」
「まあないだろうけど」
宇垣の案に反対はしない悟である。
一年生たちのことは、はっきり言ってほとんど見ていなかった悟である。
ただ左のサイドスローなどという珍しいものがいるのは見ていたが、去年までは左のアンダースローなどという希少種がいたのだ。
「けどキャッチャーはいるよな」
今のままでは、上山一人に頼りきりになる。
二年にも三年にも控えのキャッチャーはいるが、実力差が相当にあるのだ。
何よりピッチャー陣からの信頼感が違う。
キャッチャーは頭脳職。
なんとなく二人も、そんなことは感じている。
いっそのこと宮武あたりにやらせればいいんじゃないかと思ったりもするが、キャプテンにキャッチャーまでをやらせるのはしんどいか。
二人の見守る先で、文哲は簡単に三人をアウトにした。
三振は奪わなかったが、完全に死んだ打球を打たせるピッチングであった。
「もっと甘い球じゃねえと打てねえだろ」
宇垣は舌打ちして言うが、その甘い球を投げないのが文哲なのだ。
そして一回の裏になるが、先頭の大石がいきなりフェンス直撃の長打。
雑魚相手には、相変わらずよく打つバッターである。
「今日はいいけど、あいつの好きなものを打つスタイル、変えないと勝てないだろ」
宇垣は相変わらず不満であるらしいが、大石の性格は直るものではないだろう。
むしろあんな積極的に打つのだから、そこから出塁する方法を考えた方がいい。
単純に大石の足を活かすなら、代走の方がいいだろう。
盗塁の成功率は、悟と一二を争うほどなのだ。
もっとも出塁の機会から、成功数は悟の圧勝になるが。
それにセンターとしての守備を考えると、他に出来るやつはいない。
「宮武一番の方がよくねえか?」
「平野あたりを二番にか?」
「そうそう」
別に仲が良くなった二人ではないのだが、こうやって野球に関しては普通に話せるのだ。
上級生組みは容赦がない。
あっさりと初回から、三点を取ってしまった。
もっと取られてもおかしくない当たりだったが、野手の正面なら捕れるものなのだ。
「まあこれで一人は撃沈だな」
「雑魚はもっと地道に努力しろって話だな」
なおこの二人が客観的に試合を見ているのは、秦野の指示である。
自分たちがいないチームを見て、長所や短所をどう思うか。
ただ相手がまだ入学したての一年生なら、そんなところまで目がいかないというものだ。
悟たちの年代にとってはあまり関係がないことだが、白富東は今の三年が引退すると、ピッチャーが完全に不足する。
文哲と山村の左右に加えて、悟、宮武、花沢、平野、石黒と、それなりに公式戦でも投げているメンバーがいなくなるからだ。
ユーキ一人では、さすがに甲子園出場すら難しい。
エースを休ませる程度でもいいから、せめて三イニング程度を抑えてくれるピッチャーはほしい。
二年生のピッチャーもそれなりに鍛えているのだが、少なくとも夏には間に合いそうにない。
秦野はそう思うが、秋にさえ間に合えばそれはそれでいいのだ。
だが出来ればこの夏に、一年が二人ほどベンチに入っていてほしい。
秦野は夏で、このチームからはいなくなる。
その後は国立が引き継いでくれるのだが、国立はどういったチーム作りをしていくのか。
自分には関係がないと言いつつも、気になることは気になるのだ。
野球人としては当たり前のことである。
(次のキャプテンは、どっちだ? ユーキはそういうタイプじゃないし、大井か塩野だと思うんだが)
大井は外野をしっかり守れるし、塩野は内野の便利屋で、代走や代打もこなす。
色んなポジションの経験から考えると、塩野でいいと思うのだが。
それはそれとして、やはりこの対決は一年には荷が重いか。
二回になっても文哲からはヒットが出ず、一年ピッチャーはさらに二失点。
ただ初回で三点を取られて、二回にも二点を取られながら、どうにかイニングの最後まで投げきったことは立派である。
もっともホームランでも出ていたら、そこで交代になっていたかもしれないが。
三回の表もあっさりと終わって、裏から一年はピッチャーが代わった。
二番手ピッチャーも、あのサウスポーではない。
(前の二人がボコボコに打たれて、それでもちゃんと投げられるなら、それだけでもメンタルは合格だぞ)
二人目のピッチャーはフォアボールからやはり失点する。
キャッチャーの塩谷が必死でリードはしているようだが、首を振る回数が多い。
それでぽこぽこ打たれているのだが、全てキャッチャーの責任にして、割り切って投げればいいのに。
そして四回の裏も終わって、ここで既に11点差である。
コールドは考えていなかったが、あるいはピッチャーの出来次第では、それも考えないといけないのかもしれない。
公式戦の地方大会なら、ここで二点を取らないと終わりだ。
しかし四回から代わって投げている山村のボールを、誰も打ててはいない。
「あ」
そう思ったところ、四番に置かれていた長谷川が打った。しかも長打だ。
舐めすぎてカーブもほとんど投げていなかったのだ、ストレートを狙われたわけだ。
文哲が九人で抑えたのだから、ここから機嫌を悪くしていくかもしれない。
だが山村も成長している。
成長と言うよりは適応なのかもしれない。
甲子園では、そうそう上手くはいかなかった。
逆にストレートだけで押していったのは、どれだけ通用するかを確かめるためだったのかもしれない。
後続にはカーブを上手く使って、新しく試しているスライダーも投げた。
結局点は入らない。
これは五回まではともかく、七回までで終わらせるべきだな、と秦野は思った。
ベンチに入るのは、キャッチャーの塩谷と、長打を打った長谷川になるか。
(あとはあれか)
五回の裏からは、ひそかに期待しているサウスポーがマウンドに登る。
春の大会は、よほど楽な場面以外では、投げさせることはないだろう。
だが夏までに、あのスライダーが安定して投げられるようになれば。
白富東での最後の夏。
一番優勝したいのは、秦野なのかもしれない。
「マジかあ……」
11点差である。
三回ずつを投げるはずだったピッチャー二人が、KOされてベンチで膝を抱えている。
(実力差それぐらいはあるんだから、そんなに落ち込まなくてもよかろうに)
二人とも130kmぐらいは出ていそうで、中学軟式では体験しなかったスピードだった。
割り切っている耕作は、自分は果たして何点取られるのやらと思いつつ、投球練習を終える。
キャッチャーの塩谷が近付いてきた。
非常に不本意そうな表情だが、それも仕方がないだろう。
「先輩たちにまともに勝負して勝てるわけないのは分かってるよな?」
開口一番この台詞である。
「だいじょぶだいじょぶ。分かってるさ。リード通りに投げたらいいだろ?」
「ああ。打たれそうなリードだと思っても、とにかく一イニングぐらいは俺を信用してくれ」
「俺は前の二人と違って、打たれても仕方ないと割り切ってるからな。リード通りに投げて打たれたらキャッチャーのせいだ」
開き直りのすごい耕作であった。
主砲が二人抜けていても、甲子園常連校は強かった。
それもセンバツで負けた相手は、結局そのまま優勝しているのだ。
そことほぼ互角の勝負をしたこのチームに、ついこの間まで中坊だったピッチャーが通用するはずもない。
バックにはしっかりとした守備陣がいて、キャッチャーはリードもキャッチングも上手く、硬球を思いっきり投げられる。
これ以上の贅沢を言ってはいけない。
どのみちこの調子なら、六回までを投げればそのあたりで試合終了だろう。
下克上など露ほども考えていない耕作に、塩谷は毒気を抜かれる。
だがまあ、自分の言う通りに投げてくれるなら、それでいいと自分も割り切る。
(甲子園レベルってのは、本当にやばいのは分かった)
分かった上で、こいつなら、と塩谷は思うのだ。
強豪は軟投派に弱い。
もっとも白富東は去年まで、淳のようなピッチャーさえいたのであるが。
ともあれ目先を変えた、耕作のピッチングが始まるのである。
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