五年目・早春 平凡な季節

第98話 まだ咲き誇る前

 今年のと言うべきか、今年もと言うべきか。

 甲子園は熱い。春でも熱い。

 先日まで行われていた、WBCの影響もまだ残っているのだろう。

 野球に飢えた野球ファンは、プロ野球の開幕を待つと共に、甲子園にも目を向ける。


 寄越せ。我々にもっと野球を寄越せ。

 昼間からビール片手にテレビを見る爺さんたちは、本当に野球が好きなのであろう。

 ただ最近、こういったオールド野球ファンと、ニワカとも言われるニュータイプの野球ファンでは、意見が衝突することも多い。

 もっともそれはあくまでファンだけの問題であり、選手に罪があるわけではない。


 一回戦、白富東の対戦相手は、愛媛の斉城高校。

 21世紀に入って設立された、新興ながらも既に名門となったチームである。

 白富東もなしえなかった、甲子園初出場初優勝という離れ業も成し遂げている。

 その斉城の特徴は――。

「ない。強いて言うなら欠点のないところが特徴だ」

 秦野の分析によると、そういうことらしい。


 愛媛県は古くは野球王国であり、公立全盛の時代は何度も全国制覇を果たしている。

 ただそれもさすがに時代の流れか、私立が強くはなっている。

 そして私立のスカウトが情報網を駆使してくると、選手の側も将来的には、どこのチームに入ればいいのかが分かってくるのだ。

 大阪光陰や帝都一、それに神奈川などのチームが強いのは、選手側も後々を考えて、活躍が目に入りやすいチームを選ぶ。

 それはまず甲子園に出られるチームであり、もしくは強豪がひしめきスカウトが見に来やすいチームである。


 そういう点からすると、四国のチームはプロ野球選手を輩出しにくくなっているのか?

 あるいはそうかもしれない。ただ県内一強で、必ず甲子園に出られるという目算があるのなら、そこを選ぶのも悪くはない。

 だが愛媛のように中途半端に強いチームが散らばっていると、プロのスカウトの目に止まらない可能性がある。

 ならば東京なり神奈川なり大阪なりといった、注目の集まりやすいチームに行った方がいいのだ。




 つまり何が言いたいかというと、今の斉城は強いが、スーパースターはいない。

 それゆえに一人の選手を中心としたチームではなく、全体のチームワークで戦うチームになっている。

 攻撃は粘り強く油断やミスを突き、守備は最低限の被害に抑えて試合を崩さない。

「まあつまるところ、めんどくさいチームだ」

 こういうチームが調子に乗ってしまうと、一気に勝ち進んでしまうこともある。

 もっとも采配を握る監督にしても、より高度な戦術を考えるようになり、試合が崩れるようなことはないように考えている。


 白富東も去年から、スーパースターと言うほどの選手は少なくなったが、少なくとも二人はプロを輩出したし、指名されるかもしれない選手は何人かいた。

 だが今年の新三年を見てみれば、ドラフトにかかるほどの成績を残しているのは、悟ぐらいである。

 まあその悟が、歴代トップクラスの成績を残しているのであるが。


 一年の夏から出場出来ていたということもあり、悟はこれまでの三大会で、六本のホームランを放り込んでいる。

 打率も五割を打っていて、このセンバツと夏次第ではあるが、一位指名の可能性もある。

 体格がうんぬんと言われるかもしれないが、大介という前例があるし、171cmと、わずかだが伸びているのだ。

 それに飛距離を出すテクニックはあるし、俊足のショートである。

 白石二世とまではさすがにいかないが、現時点でも相当に評価はされている。


 ちなみに悟の好きな球団は、東京の人気がない方である。

 中学生の頃には、神宮球場で甲子園行きを決める試合をしたいと思っていたものだ。

 ボロクソに負けて圧倒的な最下位を見てから、よけいに好きになってしまったという、悟もちょっとクセのある好みをしている。


 怪我で閉ざされたと思っていた、プロへの道。

 だがむしろそれは、隠された近道であった。

(ここで打てばいいんだけどな)

 一回の表、白富東は先頭の大石が倒れる。

 打率はいいのに出塁率が悪いという、いつもの頭の悪いスイングをしていってしまったわけだ。


 溜め息をつきつつバッターボックスに入ったのは二番の宮武。

 こちらは監督のオーダーに忠実に、ピッチャーの球種を引き出す。

 基本的にストレートでコースに投げ分け、変化球はカーブと、ツーシーム……と言うか、これはシュートか?

 思いっきり投げたストレートにはシュート回転がかかる場合があるが、これはひょっとして握りで変化をつけているのではないらしい。

 ツーシームにした方が、肘への負担は小さいのにな、とピッチャーとしてツーシームを使っている宮武は思った。




 初回から粘った宮武が、最後にはちゃんとフォアボールを選んで塁に出た。

 自由なやつが多すぎるので、しっかりしないといけない宮武は苦労人である。

 大学進学の時には、第一に推薦してあげてほしいなと思う秦野である。

 野球部のキャプテンは大変なのだ。


 おかげさまで悟の前にランナーが出た。

 ピッチャーの動きを引く程度で、危険な盗塁はしなくてもいい。

 ただ宮武は、足もある。

 長打を打てば帰ってこれる可能性は高い。


 大介の場合はダースベイダーであったが、悟の場合はロッキーである。

 そしてそこからゴッドマーズにつながるのが、悟の応援曲である。

 イリヤがいた時代にスタメンであった悟は、専用曲を編曲してもらう機会があった。

 ただ、好きなのを選べと言われただけであるが。


 他にもイリヤは編曲した譜面を多く残したので、白富東の選手は、様々な応援曲から豊富に選ぶことが出来る。

 ただ、20世紀のロボットアニメが極端に多いのはどういうことなのか。

 比較的新しいのでは、紅蓮華やアニメ版グリッドマンなどがあったりするが。

 無償でやってくれていたので、文句も言えないが。




 ランナーがいる時の悟は、絶対打点増やすマンに変わる。

 三塁ランナーがいた時、絶対ランナー返すマンと言われていたことと比べると、格段の進化なのかもしれない。

 宮武が粘ってくれたおかげで、おおよそ相手のピッチャーの特徴は分かっている。

 球速のMAXは140強で、打ち頃と言えよう。


 悟もまた腕があまり長くないため、外角を攻められることが多い。

 だからといって大介のような、規格外の長さのバットは使わない。

 扱いきれないというのもあるが、そもそも自分しかそんなバットは使いたがらないだろうからだ。

 それでもある中では一番長く細い、ホームランバッター用のバットを使っている。


 一年の夏から甲子園に出て、試合を決める決勝打もたくさん打ってきた。

 このバッターをしとめることが出来れば、試合の勝率は確実に上がる。

 まずはこれ、と示されたサインに頷くピッチャー。

 悟は出来れば外角に投げてくれないかなと思う。


 ストレートがアウトローに。見逃してボール。

 セオリー通りにアウトローから入ってきたか。

 なら次は内側を攻めるか?

 今日の甲子園は風がそこそこあるので、出来ればライト方向には打ちたくないのだが。


 二球目は真ん中寄り。

 スイングを始めるが、そのボールは外へ逃げていく。

 ファールを打たせてカウントを稼ごうというつもりだったのかもしれないが、悟のスイングはその想定を上回る。


 高いレフトフライ。だがしっかりと最後の一歩が入っている。

 あとは風に流れていきすぎなければ、入るか。

 ポールに当たって、フェア側の観客席に入った。

 先制のツーランホームランがポール直撃とは、運もいいものである。




 斉城の打線は左が多いこともあって、本日の先発は山村である。

 斜めに入ってくるカーブを上手く使って、打線を上手く切っていってほしい。

 ただベンチとしては、上山が山村を上手くコントロールしてくれるよう、祈るしかない。


 一回の裏、山村はサインに首を振って投げたボールを、一番打者に打たれてしまった。

 幸先の悪いことである。ただその後の二番が、恒例の送りバントをしてくれたことはありがたかった。

 プロにおける送りバントは、点数に結びつかないというデータの統計。

 それは一試合一試合、あるいは打順が変わることで、高校野球ではあまり通用しないものになっている。


 斉城は三番も四番も、去年の秋は県大会でホームランを打っている。

 だが完全なスラッガーというわけではなく、ヒットにするミートの延長にホームランがあるというタイプである。

(けど秋のデータはセンバツでは通用しないって言うしなあ)

 上山は色々と考えて、まずは外して様子お見たいと考える。

 しかし山村はまた首を振る。


 山村の性格はピッチャー的である。

 だがそれは悪い面が多く出ていることが多い。

 お山の大将ではあるが、高校レベルで白富東なら、普通に山村レベルはいる。

 自分の今の限界を認識した上で、身の程に応じたピッチングをしてほしいのだ。

 別に練習をしないとかトレーニングをサボるとか、そういうことはない。

 だが自分自身の、自分への期待が大きすぎるのだ。


 目標がはっきり見えていないと、適切な努力も出来ない。

 そもそも練習やトレーニングを、努力を辛いものだと考えているうちは、まだまだ道のりは遠い。

 それは、やっていて当たり前のもの。

 そんな結果が秋の関東大会、四回で三失点という結果に出たのだ。


 文哲も点を取られたが、エースクラス二人がそれぞれ失点したのが、あの試合では大きかった。

 8-5で敗北したのだから、打線はそれなりに機能していた。

 やはりピッチャーと言うか、守備で相手の打線を封じ込めないと、高校野球は勝てない。

 特に今のような、下位打線の得点力が低いチーム事情では。




 三番が進塁打を打って、四番がクリーンヒットで一点を返す。

 おそらく一番ありきたりなパターンで、斉城は一点を返した。

 一回の表裏を見ただけでも、ある程度の失点は覚悟する試合になる。

 そしておそらく継投も必要だ。


 秦野は、まだしも白富東には運があると思っている。

 白富東の、現在の明確に長いイニングを投げられるピッチャーは、文哲に山村、そしてユーキの三人だ。

 だがユーキは長いイニングを投げるより、短いイニングをスパッと切るクローザーのように使いたい。

 すると山村は先発向きかと思えるのだが、相手が右バッターが多いと、左の有利はやや小さくなる。

 左バッターの多い斉城は、だから相手としては良かったのだ。


 四回を投げて三失点。

 及第点とするには少し厳しい内容で、山村はマウンドを降りる。

 そこから投げる文哲の方が、ピッチングの内容は安定している。


 山村は基本的には、打たせて取るタイプのピッチャーなのだ。

 それが本格派のように、三振を狙っていくから打たれる。

 それに比べると文哲は、もっとゲーム的にピッチングを考えている。

 配球を考えて、コンビネーションで駆け引きを楽しむ。

 この思考さえ備えてくれれば、山村はもっといいピッチャーになるだろうに。


 五回が終わって、3-2と逆転されたこの状況。

 当然ながら点を取っていかなければ負ける。

 だが秦野としては、まだチームが戦術理解度が、低いように感じるのだ。

 宮武、悟、上山あたりは、しっかりと言うことを聞いてくれる。

 宇垣も色々と反抗的ではあるが、自分の仕事はしっかりするタイプだ。

 しかし先頭打者の大石や、貴重な左投手の山村が、戦略の理解に乏しい。


 打線を見ればここは、とにかく一点は必要な場面である。

 しかしそこから大石などが、自由に打っていってアウトになってしまう。

 だがこの六回の裏は、先頭が宮武から始まる、一番信頼性の高い打順であろう。


 この日は一打席目をフォアボール、二打席目をクリーンヒットで出塁している宮武は、この打席ではピッチャーが注意しすぎて、またフォアボールを選ぶことが出来た。

 そして悟に対しては、敬遠気味のフォアボールである。

 剣呑な輝きを目に宿し、四番の宇垣が打席に入る。

 悟は確かに実績のある強打者だが、宇垣は四番なのだ。

 三番は歩かせたのに、四番とは勝負する。 

 その舐めた真似が気に入らない。


 白富東の二番目のバッターは、宇垣である。

 その体格から見ても、また秋の大会の結果を見ても、警戒する打者には間違いない。

 だが斉城は宇垣との勝負を選択した。

 そんなことをされて黙っていられるわけもない。


 強く当たりの打球が、右中間を割る。

 タイムリーツーベースで、二人が帰って逆転。

 さらにここからヒットと外野フライで、もう一点を取る白富東であった。




 試合はその後、文哲が一点を取られはしたが、5-4でどうにか逃げ切った。

 ただ課題は多い試合である。

 それに見ていた観客たちも、今までの白富東とは違うな、と感じる。


 これまではたとえ負けたとしても、王者の風格を持っていた。

 だがこの試合では、普通の強豪が同じ強豪相手に、ほぼ互角に戦っているイメージである。

 特に去年までの、下位打線からでも点を取ってくるというイメージが薄い。


 公立の高校の、これが限界なのだろう。

 面白いチームであったが、それもスーパースターがいてこそのこと。

 優勝候補ではなく、普通のチームに戻ったとも言える。

 そしてそれは監督だけではなく、選手や応援団も同じことを感じている。


 一回戦は勝てたが、かなりぎりぎりであった。

 そして二回戦の相手は、強豪としては言わずと知れた、仙台育成。


 一回戦を勝てただけで、春は満足すべきなのか。

 秦野は難しい顔をしているが、国立は勝った部員たちをねぎらっている。

 このあたり指揮官と、野球部全体に目を配る部長の差であるのかもしれない。


 二回戦。

 苦しい戦いになるのかもしれない。

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