第97話 即戦力募集中
年が明けた。
キャッチャー探しは難航していて、まずこのまま育てて一人は確保する方向にシフトする。
そしてスポ薦の試験が開始される。
去年の夏に行われている体験入部で、ある程度の素質を持つ者はチェックしてある。
だが体育科を作って本当に良かったかと不思議に思うほど、県内の有力な選手は既に私立に取られていたりする。
私立が許される特待生は、一学年につき五人まで。
もっとも家庭の経済事情や、学業優秀なためなどと言って、だいたい毎年20人はスカウトで取ってくる学校もある。
大阪光陰と言うのだが。
あそこは基本的に、スカウトで入学した者しか野球部に入れないというのだから徹底している。
千葉県でスカウトが強いのは、やはりトーチバと勇名館である。
それに少し遅れて東雲。
そして私立には行かない公立であれば、家庭の事情もあるだろうが、上総総合か白富東に来る場合が多い。
白富東は体育科を作ったことにより、基本的には県内全域からの入学が可能になった。
ただしそれでも県外からスカウトしてくるような、私立には負けるが。
体験入部にはいなかったのに、これに参加してきた者がいる。
何か事情があったのかもしれないが、ありがたいことである。
それもちゃんと、野球部経験を積んだ上での話である。
キャッチャーだ。
それもキャッチング技術とリードだけでいいというタイプのキャッチャーではなく、ちゃんとバッターとしての素質も優れている。
実技試験でおおよその合否判定は下すのだが、実際には野球部の戦力補充のためであるので、内申書代わりに野球の経験が書かれているのである。
「塩谷か……ん? なんかうちのチーム、塩で名前が始まるやつ多いな」
どうでもいいことに、秦野は気付く。
レフトを守っている二年の塩崎、そしてキャッチャー以外はいける器用な一年の塩野。
塩谷と書いて、しおやと読むこの子が入ってくるなら、確かに珍しい偶然が成立する。
まあ実力はちゃんとありそうなので、問題はないのだが。
「あとは、この子も良さそうですね」
国立が示したのは、ナカムラという名前の少年。
ただし一般的な中村ではなく、仲邑という珍しい漢字なのである。
本当にどうでもいいことなのだが今年は、微妙に印象に残る名前の選手が揃っている。
九堂という名字は「くどう」と読む。まあ分からないでもない。ただ野球で「くどう」なら工藤が真っ先に思い浮かぶが。
城という名字は、そのまま「しろ」と読むらしい。
あとは長谷がいるのに長谷川という選手が入ってきそうだったり、ユーキがいるのに悠木という選手が入ってきそうだったり。
偶然なのだろう。当たり前である。こんなことに手間隙をかけてどうなるというのか。
ただそれでも、名前が目立つことは、それだけでアドバンテージになるのかな、と思わないでもない指導者二人である。
そして困ったことが一つ。
やや試験の数字を誤魔化したとしても、明らかな事実。
有力なピッチャー志望の者がいない。
一応肩の強さなら、仲邑が一番である。
しかし彼は外野であり、ピッチャー経験は全くないということ。
詳しくは知らないが面接では、ノーコンだったと言っていたらしい。
白富東のコントロール強化メソッドで、どうにかならないものだろうか。
まあピッチャーというのは、そう簡単に作れるものではないが、本格的でなくてもある程度は試合でさえ通用する。
とりあえず来年は、今の一年の中から、ピッチャー経験者を指導していくしかないか。
ユーキ一人に任せるのは、さすがに無理な話である。
左利きがいたら真っ先に投手適性を調べようと頷く二人であった。
卒業式が終わり、三年生が去っていった。
白富東の四連覇を終わらせた世代ではあるが、それでもセンバツではベスト4、夏はほとんど勝っていたと言ってもいい準優勝である。
この年までは、間違いなく白富東は強かった。
今の時点でも、それは確実だと思える指導者二人である。
野球部の人間として、スポ薦組は既に把握してある。
ここからいきなり私立に進まれたら困るのであるが、おそらく白富東を選んでくれるのだろう。
なんと言っても実績では近年、千葉県内で他に及ぶものがない。SS世代の最初の夏、決勝で勇名館に負けて以来、県内の公式戦では無敗である。
ただ正直なところ、次の春はどうかとも思う。
センバツとメンバーは変わらないのだが、どこか不安を感じるのだ。
そもそも今年のベンチ入りメンバーは、新三年生が多すぎる。
普通のチームであれば普通なのかもしれないが、白富東では間違いなく異常事態である。
まあ今年の三年が、体育科とスポ薦導入の一年目で、特に気合の入った選手が揃ったためとも言えるのだが。
練習試合禁止期間も明けて、センバツ前に部内で紅白戦なども行い、県内で二度ほど練習試合を行う。
国立の古巣三里と、鶴橋監督の縁で上総総合に組んでもらった。
どちらも無難にこなしていくが、やはりピッチャーが弱いのではないかと思う。
ただそれでも、文哲はストレートをMAX142kmに、山村も137kmにまで上げてきて、分かりやすい球速という物差しでははっきりと進歩が見られる。
おそらくセンバツは、全国制覇はもちろん、強豪に勝つことさえ難しい。
ここからさらに鍛えて、どれだけの伸び代が夏に向けてあるか。
完璧ではないが、完了はしてしまった。
この穴の多い戦力で、センバツに挑むことになる。
その前の幸いな情報としては、スポ薦で注目していた塩谷、仲邑、九堂、城、長谷川、悠木。六人がちゃんと入学しそうである。
セイバーにはピッチャーが足りないと言った秦野であるが、どうも期待していたタイプの選手は見つからなかったようだ。
ピッチャーの出来るアメリカ人で、ハイスクールに入る逸材ならそこそこいたそうだが、日本に適応できるかどうかで人材が絞られてしまったらしい。
これはもう国立にお願いして、あのセンバツに出場した時のように、上手くピッチャーを作ってもらうしかないのか。
壮行会が終わり、選手たちは甲子園への準備を始める。
もちろんこの頃には既に、出場校32校は全て決まっている。
「大阪光陰がいないのって、なんか平穏なトーナメントだな」
「言えてる~」
大阪光陰は去年の夏を制した後、国体では一回戦で敗退していた。
三年が燃え尽きていたのと、スーパー一年生蓮池が、怪我で欠場したことが大きいだろう。
その影響もあるのだろうが、秋の大会も府大会で敗退している。
頂点を制したチームは、次の年にあっさり負ける。
けっこう言われていることだが、今までの白富東にはなかった。
あの強力なSS世代の時でさえ、戦力がかなり残っていたからだ。
三年生が大半を占めるチームだと、新チームの始動が遅れる。まして甲子園にまで行っていれば、新チームの始まりが一ヶ月ほどもずれることがあるのだ。
大阪光陰は二年生もそこそこいたのだが、緒方の年代を埋めるほど、一二年の実力がなかったということだろう。
実は来年の白富東にも、同じようなことが言える。
三年生がベンチメンバーのうちの13人を占めていて、しかもスタメンはピッチャーを除くと全員が三年だ。
これが全員抜ける来年は、はっきり言って甲子園出場すら危うい。
大阪光陰はいなくても、他の強豪はたくさんいる。
東京からは帝都一と日奥第三が二校出ている。
関東からは他に、浦和秀学、横浜学一、東名大相模原、桐野あたりが出場している。
他に強そうなのは、愛知の名徳、鹿児島の桜島、山口の明倫館、他にも甲子園常連がほとんどである。
まあ21世紀枠の三校以外は、楽な相手などいないと言っていい。
センバツの幸いなところは、事前に全てのトーナメントが決定し、ピッチャーの運用を計算出来るところか。
あとはあの馬鹿な暑さがないので、ピッチャーの消耗もある程度防げる。
それにしても、これだけ甲子園に連続出場しているチームというのは、なかなかないのではないだろうか。
毎年強豪となるチームは、各地区でもそれなりにライバルがいて、競い合うからこそ強いのだ。
まあ今年の秋の大会は、かなり点の取り合いになった試合もあったが。
秦野としても国立と相談しながら、関東大会は必死で戦ったものだ。
ベスト4まで進出出来たのは、かなり運が良かったと思っている。
また今年も来たのかと、感心されながらも呆れられているような宿舎の従業員の表情。
強くてごめんなさい。
荷物を置いて着替えて、軽く体を動かしてみたりする。
調子の悪い者はいない。
こちらの地元の強豪と練習試合をしてみるのだが、その中で大阪光陰についての話も聞いた。
やはり燃え尽き症候群であったらしい。
選手だけではなく監督もだ。
さすがに秋の大会で負けてからは、ネジを締め直すことに専念しているらしいが。
練習試合の遠征なども行って、精力的に活動しているという。
そんな白富東の運命を賭けた、トーナメント抽選が始まる。
弱いところがいい。
出来れば21世紀枠と当たりたい。
そんな不純な思いがあるせいか、21世紀枠との一回戦は早々に埋まる。
ならば空いている場所はどこか。
どんどんと場所が埋まっていって、残っているのは一回戦から東名大相模原、名徳、日奥第三……。
「お」
決まった。
秦野は思わず声が出た。
一回戦の対戦相手は、愛媛県の斉城である。
公立でも強いチームの多い愛媛県はあるが、私立優位の波はこの県にも及んでいる。
その私立の中でも、おおよそ二強と呼ばれているのが斉城である。
おおよそ新興と言っていい、21世紀に入ってから、甲子園初出場を決めた斉城。
これまでの最高成績は、初出場の時の優勝である。
愛媛県はおおよそ、日本の中でも相当に野球熱の熱い県だ。
野球を愛した正岡子規の生まれ故郷ということもあるだろうが、甲子園に出場しても、どっさりと応援にやってくる。
関西ほどではないが、準地元と言ってもいいチーム。
去年の夏も出場して、帝都一に三回戦で敗れている。
弱いチームではない。
優勝候補と言うほどではないが、舐めてかかれる相手ではないというのは確かだ。
それにもしここで勝ったとしても、次は相当に厄介な相手である。
愛知の名徳と、宮城の仙台育成の勝者となる。
さらに勝てたとしても、おそらく明倫館が上がってくる。
地獄か。
いやいや、いきなり帝都一と当たらないだけでもマシと思うしかない。
斉城も弱いチームではないが、去年の秋には瑞雲に四国大会で負けている。
ただ仙台育成は、去年の秋に東北大会で勝利し、神宮大会に出ていたが。
それを言えば名徳だって、甲子園や神宮の常連なのだ。
日程的には二日目の第一試合である。
一回戦が後半戦にないというのは、後から微妙に有利になってくる。
それをも含めれば、まだ運がいいと言えるのか。
練習して調整しながら、一回戦を迎えるのだ。
もちろん首脳陣は、データを集めて対策を練らないといけない。
そのデータによると、大阪光陰が負けたこの大会は、帝都一と日奥第三の、東京の二校が優勝候補筆頭と言われている。
白富東はさすがに、スタープレイヤーがいなくなったという認識だ。
スタメンで甲子園のグラウンドでプレイした選手が、三人もいるのだが。
プレイ自体を経験したというなら、もっと多い。
初日の試合は、全てリアルタイムで視聴することにした白富東である。
なぜならばこの日の三試合の勝者たちが、二回戦と三回戦の相手になるのだから。
もしそこでも勝ったら準決勝の相手は、横浜学一、日奥第三、桜島など、予想のつかない相手になる。
宿舎の一室に集まり、観戦するベンチ入りメンバーに情報班。
秦野と国立の前に積み上げられたのは、各チームの戦力分析をした雑誌などである。あとは秋の大会のスコア。
もっとも春のセンバツで、秋のデータをアテにしていたら、痛い目に遭う。
初日の第一試合は、いきなり明倫館と、福岡の岩屋である。
福岡は打力が高く、ピッチャーもエースクラスを二枚揃えているそうだが、なんでもオフの間に一方が故障してしまったそうな。
エース一枚で挑むこの大会、消耗した状態で当たれたらありがたい。
だがそんな都合の良いことはなく、明倫館が無難な試合運びで勝利した。
第二試合は京都の立生館が21世紀枠と当たり、順当に勝利。
こちらも全力を出している感じではなく、無難な試合運びであることは同じ。
そして第三試合、勝てば次の相手となる。
一回戦の試合の中でも、かなり注目度は高いであろう、愛知の名徳と宮城の仙台育成の戦い。
事前の情報では、名徳のチーム力の方が上なのではと言われていた。
しかし蓋を開けてみれば、仙台育成のエースがバンバンと150kmオーバーで打線を抑えてくる。
「冬の間のトレーニングで、150kmオーバーを投げるパワーを手に入れたと言っても、覚醒しすぎだろ」
秦野がそんな言葉をこぼすほど、スタミナにも優れたパワーピッチャーだ。
名徳のエースもいいピッチャーだったのだが、パワーとパワーのぶつかりあいは、仙台育成に軍配が上がった。
これと、二回戦で戦うのか。もちろん一回戦を勝てたらの話であるが。
「……別にたいしたことないよな?」
「150kmオーバーなら普通に打てるだろ」
感想がこれである。
今の三年は一年の時、夏までは武史がいた。
左で160オーバーを投げる、正真正銘の化け物である。
そして去年の夏までは、トニーがいた。
こちらも150kmは普通に投げていた。
それに比べれば普通である。
よってミーティングは、一回戦の斉城に絞られる。
少なくとも、萎縮してはいない。
それだけで甲子園に、適応して戦うことが出来る。
秦野も国立も、まずは目の前の一回戦突破を目指す。
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