第96話 それぞれの道

 野球において一番大事なポジション。

 それはもちろんピッチャーである。

 だが幾つかの前提と条件を付けると、それは変わる。

 キャッチャーに変わるのだ。


 エースピッチャー一枚では、甲子園では勝ち進めない時代である。

 地方大会であっても、千葉県ぐらいのたくさんのチームがあれば、最低でも計算出来るピッチャーがもう一人は必要になる。

 あと出来ればピッチャーは、同じ種類ではなく違う種類を作った方がいい。

 右腕と左腕という分かりやすい違いもあれば、持ち球が少し違うだけでもいい。

 そしてそういったピッチャーをリードするためのキャッチャーは、出来れば一人でどのピッチャーもリード出来た方がいい。


 キャッチャーがよければ、ピッチャーは育つ。

 だからまずはキャッチャーを育てる。

 ただそれは元キャッチャーの秦野の持論であって、ピッチャーがキャッチャーを育てるということももちろんある。

 なおプロに行くと対戦するバッターに加えてリードするピッチャーも爆発的に増加するため、プロにおけるキャッチャー適性はすさまじく貴重である。

 孝司の場合は直史、岩崎、武史、アレク、淳、トニーと、かなり幅広い特徴のピッチャーをリードしていたことが、高卒でありながらそこそこ高い順位で指名された理由であろう。

 こう考えると倉田なども、本人にその気があれば、もっと上のレベルでプレイ出来たのではないかとも思う。


 国立が高校大学時代の伝手を使って、近所の中学生を調べてみる。

 当然ながらバッティングに優れた選手は、既に売れてしまっている。

 こういう言い方はなんだが、白富東は体育科でさえ、馬鹿では入れない。

 頭脳労働の多いキャッチャーであるので、ある程度の学業成績もあるとは思いたいが。




 そう都合よく未知の逸材などは見つからず、季節は過ぎていく。

 秦野はある程度諦めて、素直に現在のキャッチャー経験者や、来年の新入生に期待する。

 ただ白富東は毎年、必ずピッチャーとキャッチャーを一組は作るのだ。

 戦力の継承という意味でも、それは間違いなくいいことだ。


 現在のところ一年でベンチに間違いなく入れるのは、外野の大井と、キャッチャー以外はどこでも守れる塩野の二人である。

 特に塩野は、シニア時代にチーム事情で色々とポジションを移されたらしい。ピッチャーとしても平凡な高校ならエースクラスであろう。

 守備力は高いのだが、とりあえず今年は守備固めとしてどこかに使うぐらいしかないだろう。

 大井は安定して外野を守れるし、バッティングもまずまずだ。

 しかし体育科一年目に比べると、スポ薦組もかなり能力は低い。

 やはり一年目に素質のある選手を集めすぎたせいで、他の県内私立が早めに手を打ったからだろう。


 せっかく体育科を作ったとはいえ、スカウトで特待生にするわけにもいかない

 寮などの設備もないし、県外から連れて来ることも全く出来ない。

 秋の大会こそ勝てたものの、来年の夏には、県大会で優勝するのも難しくなるかもしれない。

 再来年のチーム構想は、それこそ大変である。


 だがもちろん悪いことばかりでもない。

 このオフの間に、国立はしっかりとバッティングの方を叩き込んでくれている。

 特にパワーはあるのだが、ミートが上手くないという選手に、正しいスイングを教えるのが上手い。

 これだけ指導力があるのなら、それは三里も一年でセンバツ出場を果たすだろうというものである。

 それに出ただけれではなく、一度は勝っているのだし。


 ミートが下手なバッターは、とにかくまだ体に軸が出来ていないのだ。

 そして体幹も弱い。だから体の動きがバラバラになる。

 体重移動やスイングの始動など、いくらでも教えることはある。


 秦野はキャッチャーを鍛えるのと同時に、もちろんピッチャーも鍛えている。

 文哲にはチェンジアップを効果的にするために、球速のアップをやらせる。

 地味なトレーニングが続くが、どうにかMAX145kmが一試合に数球投げられるようになれば、ピッチャーとしてのレベルは一段階上がることになる。

 ただ球速に関しては、ユーキの方が成長が著しい。

 体格的には文哲とそう変わらないのだが、体の柔らかさが違うのか。

 撓るような右手から投げられるストレートは、おそらく春までに150kmに乗せることが出来るだろう。


 手こずったのは山村である。

 元々あまり秦野の言うことなど聞かないし、サウスポーという希少性もあり、それなりに実力もあるため、自分は外れないと思っているのだ。外国人コーチの言うことの方が良く聞くぐらいで、それならそれで別にいい。

 確かに秦野の量産したピッチャーにも、サウスポーはいない。

 それだけ貴重ということで、確かに戦力にはなるのだ。

 だがこのオフの間に、もう一つ変化球がほしい。


 山村が現在投げているのは、カーブとフォークである。

 ただフォークはあまり落ちず、しかも見極められやすいという欠点がある。

 一応ツーシームぐらいなら投げられるだろうと教えてはいるのだが、握りで投げるタイプの変化球は、あまり効果がないらしい。

 やや抜く感じのスプリットは候補にはなっている。

 カーブは抜くタイプの変化球なので、自然に使えるらしいが。


 シンカーは肘に負担がかかりそうで、スクリューも同じである。

 サウスポーでカーブを二種類投げられたら、それで満足すべきなのか。

 そう思っていたところに、国立が一つ球種を持ってきた。




 バッターボックスに国立が立ち、キャッチャーは秦野が務める。

 この圧迫面接に対し、まず初球はストレート。

 そして二球目はストレート……に見えたがボールが来なくて、手前でやや落ちた。

「チェンジアップか」

 秦野としてはそう判断するしかないのだが、半速球がほんのわずかに落ちただけとも思える。

「深く握ったストレートなんですけどね」

 

 ストレートですら、握り方は一つではない。

 最後にボールを押すときの指の感覚や、浅めに握るか深めに投げるかなど、選手によって適性が違うのだ。

 深くボールを握るピッチャーは、球は速くても棒球になると言われることもある。

 最後に指先で弾く感じが使えないからだ。

 ただ、このチェンジアップは、わざと棒球気味にして、少し落ちる変化がかかっていた。


 コンビネーションでこれを使うと、悟が内野ゴロを打ちまくったので、山村は嬉々としてこのボールの習得に励むことになる。

 最初はわざと凡退しろと言われていた悟だが、本当に打てないので途中からマジになったのは秘密である。

 なんにしろこれで山村には三つ目の球種が加わり、バリエーションを一気に豊かにした。

 MAXはまだ140kmにも届かないが、これなら春までに完成度を一つ上げることが出来る。




 そんなことをやっている間に、冬も深まってくる。

 怪我を一番注意する白富東は、最近はまた練習メニューを改革している。

 これまでは全く取り入れてこなかった、走りこみの導入である。

 もっとも他のチームのやる、所謂走り込みではなくて、選手にとってスピードはバラバラ、テンポもバラバラ、走り方もバラバラの走りこみである。

 何より途中でペースを落としたり上げたりする。ピッチャーには特にこれが多い。


 故障を防ぐために重要なのは、事前の準備体操。

 走り込みではなく、ほとんどジョギングとしか言えない程度のメニューを、30分ほど行う。

 最初の10分は本当に体を温める程度のもので、そこからペースチェンジのラン&ジョグとなる。

 そしてもちろん、ダッシュは多い。


 秦野が驚いたのは、案外キツいこの走りこみに、ユーキがケロリとしていたことである。

 やはり野生の中で育つと、こういう持久力が身に付くのか。

 アフリカ全土を色々と回っていたことで、肉体が環境に順応する力が高いらしい。

 つまり耐久力なのだが、これがユーキの才能の一つらしい。


 一番嬉しいのは、本人がピッチングやフィールディングなど、野球の練習を楽しんでいることだ。

 ただ長打力もあるユーキだが、変化球のミートに弱い。

 あとそれとも関係しているのだが、けっこう三振が多い。

 もっともピッチングとカバー関連を教えるだけで、とりあえず年は越えそうである。




 年明けには、プロ入りメンバーは各球団の寮に入ることになる。

 孝司は神奈川、哲平は愛知である。


 実は微妙な、在京球団にはないメリットが、他の球団の、特に若手から一軍入りしようという選手にはある。

 埼玉は別にしても、他の球団は二軍の寮と、一軍の本拠地球場と離れているのである。

 千葉の寮は埼玉、大京の寮も埼玉、巨神の寮は神奈川と、若くして一軍に入ると、出勤に時間がかかるのだ。

 そうでなくても在京球団の、特に東京の二球団は住居に金がかかる。

 それに比べると神奈川も中京も、寮からでも一軍へはそれなりに近い。

 まあとりあえずは、さすがに一年目はほとんど二軍生活となるのであろうが。


 神奈川は、はっきり言って雰囲気が良かった。

 一軍が結束力が高いのは有名であるが、二軍の新入団選手にも、なんとなく共通するものがある。

 それはおそらく、あの上杉勝也と一緒にプレイが出来るということが大きいのだろう。


(今年は野手を多めに取ってるんだよな)

 孝司の感想どおり、神奈川はこのオフの戦力を、得点力強化に重点を置いている。

 上杉という絶対的なエースに、玉縄、大滝という二桁勝利する若手がいて、絶対的なストッパーになりつつある峠がいる。

 あまり重視はしていなかったが、このチームの二番手投手は、その峠である。

 一年目から開幕から中盤までローテに入り、そこで故障離脱。

 二年目は主にリリーフとして活躍。それが三年目も続く。

 四年目にはセットアッパーからクローザーも務めて、一気に花開いた。

 まだ上杉と同じ年で、今年23歳になる。


 峠は上杉と同じく、もう今年で高卒五年目なのに、寮に暮らしている。

 まあ下手に一人暮らしをしても、生活環境を整えるのが面倒ではあるのだろう。

 ストイックなところは、上杉に似ているかもしれない。


 今年の神奈川の目玉は、なんと言っても大卒スラッガーの西園であろう。

 関西の大学で、四年生になって覚醒したこのスラッガーは、確かに孝司の目から見ても、パワーヒッターとして優れている。

 飛ばすという点でははるかに大介の方が上だが、あれはもう大介という種族なので比較してはいけない。

 合同自主トレでも、自分のトレーニングには筋力アップを最重視している。

 なんでも話したところ、大学二年目まではミートを心がけていたのだが、ようやく三年目からはパワーアップに目覚め、リーグ戦で飛ばしまくったそうだ。

 彼のおかげで春秋のリーグを制覇し、秋は神宮大会まで行った。


 野手重視と言っても、ピッチャーも取らないわけにはいかない。

 同期四人のピッチャーのうち、二人は高卒残りは社会人と大卒であるが、孝司の目から見る限り、才能を感じるのは二人。

 即戦力を期待される大卒の方がむしろ、伸び代は残っていそうである。

 あと高卒の片方は、早々に怪我をしそうだ。


 キャッチャーは今年は孝司一人だが、毎年一人は取っている。

 なんと言っても正捕手の尾田の後継者がほしいのだ。

 尾田は来年には2000本安打を達成しそうな、おそらくは日本一のキャッチャーである。

 ポジションの奪い合いというのは確かに同じチームでもあるが、尾田ほどの選手になると、引退後のことも考えて、後継者の育成にはある程度協力的になるのだ。

 解説者なりコーチなりになるにしても、現役選手との関係性はよくしておかないといけない。

 そもそも尾田は20代前半で正捕手になって以来、完全に頭一つ抜けた存在であったので、あまり競争という意識もなかったのだろうが。

 なかなか、孝司の道は険しそうだ。




 中京は、はっきり言って雰囲気が悪かった。

 ただ、哲平にとって嫌いなタイプの雰囲気ではない。

 チームは三年連続で最下位と低迷しているが、そういうチームにおいては若手の起用が積極的にされる。

 ベテランとしても故障明けから、若手の台頭など許さない。

 そんなチーム内競争が激しいチームなのだ。


 最下位のチームとしては、やはり即戦力を多めに取るという印象があるのだが、今年の10人の指名のうち、育成二名は高卒、そしてドラフト内には哲平の他に一名が高卒である。

 ピッチャーと野手の違いもあって、哲平は割りと早く、四位指名の野原と仲良くなった。

 球速は145km程度であるが、体格からまだ上限はたっぷりあると思われての指名である。

 津軽極星出身の彼は、二年生の時に甲子園に出た。ただ哲平との面識はない。


 そして、やはり育成との間には壁がある。

 哲平から見ても、片方は見込みがなさそうだ。

 安い育成とは言っても、それなりに金はかかるだろうに。

 何人かは取らないといけないというノルマでもあるのだろうか。


 数年前に比べると、育成の環境はかなりよくなってきている。

 それでも育成から一軍の主力になった選手など、タイタンズとコンコルズを除いてはほとんどいない。

 あと、ライガースも山田の活躍は目立っているが、基本的に育成からの活躍は少ない。

 フェニックスも、割と育成出身者は多いように見えるが、これにはカラクリがある。

 独立リーグや地方大学などの、明らかに実績は残しているが知名度は少ない選手と、外国人を育成に落として、もう一度支配下登録しているのだ。

 

 そもそも育成契約の選手というのは、その名の通り育成しないと使えない選手なのである。

 だが選手の育成には、金がかかる。

 正確には育成スタッフに金がかかるのだ。

 育成選手自体に払う金はそうそう多くはないが、スタッフを揃えるのは大変だ。

 そういった巨大資本があるのは、セでは巨神、パでは福岡となるのである。

 もっとも資本力では大きなライガースなどで、なぜ育成があまり成功しなかったのか……。


 それは次の群雄伝で多分書くよ!(宣伝)


 フェニックスは、新人で取った育成選手の育成には成功しているとは言えない球団だ。

 高卒でそんなところに入ってくるよりは、大学を目指したり社会人を目指したり、はたまたクラブチームの方が環境というかチャンスは多いとさえ思えるのだが、なぜ育成で入ってくるのか。

 哲平は考えが足りない、の一言で済ませるのだが、色々と複雑な事情はあるのである。

 育成であっても野球で給料がもらえる以上、プロに進むしかなかったという者もいる。

 高卒社会人というのは、最近ではさらに難しくなっているらしい。




 道は分かたれた。

 この先は、己一人の力で進むしかない。

 二人のプロ野球選手は、荒野の先の栄光を目指す。

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