第99話 無関係の因縁
センバツの日々が過ぎていく。
大会二日目は白富東以外にも、甲子園常連校同士の試合が多い。
聖稜と横浜学一、蝦夷農産と日奥第三である。
思えば蝦夷農産も、いつの間にか常連になっていたチームだ。
なぜ強くなったのか特集されたりしたが、北海道の試される大地で、基礎的な体力が向上しているらしい。
あとセンバツに限って言えば、まだ寒い三月下旬でも、北海道の民は平気で動き回れるからだとか。
横浜学一と、蝦夷農産が勝ち残った。
もしも勝ち残ったらベスト4で対決する相手かもしれないが、まずは次の対戦相手の分析に忙しい秦野と国立である。
名徳を倒した仙台育成は、二年生エースがなかなか厄介そうなピッチャーである。
もちろん名門なだけに、他の守備、セットプレイ、チームバッティングなども高水準だ。
秦野と国立の意見は一致している。
秋の時点でのデータからすると、明倫館を倒すのが一番難しい。
元々チーム力が高い上に、エースとなった品川が、かなり大きな制圧力を持っている。
それに打線に全く穴がない。あくまで秋の大会の結果だが、ピッチャーまで含めて三割近い打率を誇っている。
一回戦も主に下位打線で点を取って、疲れてきたところを上位打線でとどめを刺した。
私立の本気に、シニアとの連繋。
基本的に近隣の選手しかスカウトもしないそうだが、それでもレベルの高い選手を揃えている。
噂によると島根や鳥取の隠れた逸材をスカウトするため、あのあたりは人材不毛の大地になっているのだとか。
もっとも明倫館は基本が地元組で揃えているので、スカウト組は最後のピースを揃えたにすぎないのではと思う。
「そういえば噂によると、仙台育成とは確執があるとか」
「ああ、それか」
確執と言うよりは、一方的に恨まれているだけだが。
「淳が元々は仙台育成に行くはずだったんですよ。それをぶっちぎってうちにきただけで」
「……名門の私立ではなく、ですか。確か養子なんでしたよね?」
国立も当然ながら、概要は聞いている。
私立の人材の確保方法。
自分の現役の時も、三里の時も、そういったものとは無縁であった。
だが強豪私立の本気というのは、まず選手を集める時点で違う。
大阪光陰はまさに全国各地から選手を集めているし、帝都一なども関東圏の他に東北や北海道、あとは関西圏にまでスカウトを派遣している。
もちろん甲子園に行くのが目的なのだろうが、プロ野球予備校となっているとも言える。
そんなわけだからピッチャー一人を使い潰すことがやかましく言われだし、よりピッチャーの枚数を集めようとしてくる。
高校野球の学校格差は開くばかりだ。
それでも白富東のように、完全にスカウトなしで、奇跡のようなチームが誕生することもあるのだが。
大会三日目。
桜島が21世紀枠で出場した都立高を、大人気ない打撃で完全粉砕したりもした。
いくらなんでも21点は取りすぎだと思う。
一応21世紀枠は、守備力が優れたチームが選ばれやすいのだが、ホームランを打たれまくっては意味がない。
あと特筆すべきは、優勝候補筆頭の帝都一が、順調に勝ち進んでいる。
大会四日目。
地元兵庫と地元大阪の代表が登場し、一番熱気にもあふれたであろう一回戦。
両校ともに勝ち進み、面目をほどこす。
あとは埼玉の浦和秀学が、やはり大人気なく21世紀枠を撃破していた。
大会五日目。
東名大相模原を瑞雲が破り、やや意外な展開。
事前のデータからは東名大相模原が圧倒的に有利だったのだが、やはり一冬を置いた春のセンバツは、事前予想通りにはいかないか。
青森明星の快速ピッチャーが話題になったり、桐野がまた渋く点を重ねて二回戦に進出している。
そして大会六日目。
一回戦最後の試合と、二回戦の二試合が行われる。
二回戦の最初の試合は、明倫館が立生館に勝利した。
これで白富東が仙台育成に勝てば、ベスト8で明倫館と当たる。
この試合、先発はユーキである。
対する仙台育成は、一回戦に続いてエースの先発である。
名徳相手に完投はしているが、中四日が空いている。
おおよそ回復していると思っていい。
主力のいなくなった白富東相手に、二番手ピッチャーを使ってきてもよかったろうに。
仙台育成のエース黒川の持ち球は、カーブとスプリット、そしてチェンジアップ。
緩急の使えるパワーピッチャーということで、普通に打ちにくいレベルである。
球速のMAXは一試合に何度か出る150kmで、やや抑え目のストレートとスプリットの見分けがつきにくく、変化の大きなカーブと、緩急差を活かすチェンジアップが厄介だ。
先攻の白富東は、先頭打者の大石が、いつもの通りに三振した。
その試合の初打席は凡退するのがデフォの大石であるが、もう少しなんとかならないものだろうか。
とりあえず厄介なのは、半速球とスプリットの見極め、そして半速球とチェンジアップの見極めだ。
最後もスプリットを空振りしていたし。
先頭打者は自分の方がいいのではないかと考える宮武が、バッターボックスに入る。
大石が前にいる時はチームバッティングに徹する宮武だが、ランナーがいないとなるとまず球種を見極め、出塁することがポイントとなる。
(まあ確かに、ヤマを張らないと打てないかな)
ストレートとスプリット、ストレートとチェンジアップの区別が付きにくい。
緩急のためのカーブは、それほど脅威ではないだろう。
そう思いながらツーストライクからもファールで粘っていたが、最後にはストレートで三振に取られた。
「ストレート主体だな。追い詰めてからのギアを上げたストレート、お前なら打てるだろ」
「了解」
このチームの良心は本当に宮武だな、と思ってバッターボックスに入る悟である。
さあ、快速のエースとの対決だ。
白富東において、一番厄介なバッターが悟だということは明らかである。
高打率、高長打率、俊足、選球眼。
一回戦でもホームランを打っていて、既にプロの注目度も高い。
白富東には小さな強打者を育成するプログラムでもあるのかと思われてりもするが、さすがにそんなものはない。
ただ、小さなバッターでもミート力を高めて、そこからホームランにすることは出来る。
ホームランの打ちそこないがヒットと考えるバッターと、ヒットの延長にホームランがあると考えるバッターがいる。
大介は前者で、悟は後者だ。
それでも甲子園の歴代トップ10に入るホームラン数を残しているが、それはチームが強くないと、そもそも甲子園には来れないので、あまり参考にならない。
だがこのセンバツの時点で、公式戦だけで30本以上のホームランは打っている。
四大会しか出てないのに、30本のホームランを打っている大介はバグであるが、悟も一年の夏からスタメンで中軸に入っている。
ホームランの記録には興味ないが、チームのためにはしっかりと打っていきたい。
仙台育成としても、最大限に注意するバッターなことは間違いない。
しかしツーアウトランナーなしから、初回で歩かせるわけにはいかない。
そう思って、追い込んでからのストレートを打たれた。
悟としては、ほんのわずかなバットコントロールが上手くいかず、フェンス直撃のツーベースで終わった。
あと50cmほどであったのだが。
大介と違って悟のホームランは、フライ性の打球である。
最近は大介も、フライ性の打球を左に打ってホームランにしていることが多いが。
ツーアウトながらランナーは出したものの、点には結びつかない。
ツーアウトランナー二塁というのは、二塁ランナーが自動的にスタートを切れるので、単打でも帰ってこれる可能性が高いのだが。
宇垣の打ち上げてしまったのもストレートで、思ったよりも伸びてくる。
だが外野までは飛ばせる。
一点の勝負にはならないようである。
冬の間に一番成長したのは、間違いなくユーキである。
フィールディングにマウンド捌き、そして投げ込みによるペース配分など。
もちろんピッチャーとしての最も単純な、投げるボールの威力も増している。
基本的にはツーシームとカットボールの二種類であったのだが、本格的にチェンジアップを使うようになった。
大きく変化する球としては、スライダーがなかなか合うようである。
もっともこちらはコントロールがつきにくく、見せ球として使うのが有効になりそうだ。
センバツを最後まで戦うには、ユーキを投げさせない程度に投げさせないといけない。
全く経験を積ませないのも問題であるが、ここで全ての情報を開示してしまうと、決勝までは勝ち進めない。
ピッチャーとしての奥行きが、まだないのだ。
(一巡までは投げさせて、山村、文哲とつないでいくか)
単に球速だけなら悟もけっこう速いが、軟投派ならば花沢を使っても面白いかもしれない。
ムービング系のボールを打たせて、三つとも内野ゴロ。
上山のリードが上手く、一回の裏は三者凡退で凌げた。
今度は二回の白富東の攻撃であるが、上山の後からだと攻撃力が足りない。
上山は打率もあって長打もそれなりに打てるのだが、その後が弱い。
この打席も先頭打者として、ボールを見極めながら出塁。
相手のエース黒川は、それなりにいいピッチャーであるのだが、エースとしての力は弱いと感じる。
先頭打者を出してしまうエース。
秦野としては、そこに隙があるように思える。
(次は塩崎か)
とりあえず待球策を指示する秦野である。
仙台育成の、弱点と言っていいものの一つは、二番手以下のピッチャーの弱いところだろう。
県大会の序盤では使えるピッチャーがいるが、甲子園ではさすがに出してこない。
勝ち進めたとしても、ベスト8まで。
そうは判断するのだが、逆に言えばベスト8まではどうにかなりそうなのだ。
相手の球数を増やすというのは、地味な作業である。
それに成果が出ても、誰の功績かが分かりにくい。
それでも秦野は、下位打線には待球策をさせる。
幸いランナーが出たので、バントの構えでピッチャーの体力を削っていくことも出来る。
バントのしにくいコースや、はたまた外してくるため、自然の球数が増えてくる。
結果的にはセカンドゴロになったが、進塁打には出来た。
そして七番は石黒である。
この石黒と次の平野は、打率はそれほどよくもないし、長打力もそれほどではない。
だがバントは上手いし、特に石黒はカットしていくのが上手い。
試合を決定的に動かすのが後半だ。
今は撒き餌として、ピッチャーの体力を削っていく。
夏よりは消耗が少ない春のセンバツだが、それでも普通に、投げたらピッチャーは消耗するのだ。
特にこうやって、粘られていけば。
進塁打を打った石黒であるが、ツーアウトランナー三塁から、八番の平野はそれを活かせず。
スリーアウトチェンジである。
仙台育成は強振してくる。
こちらが使えるピッチャーが三人いるのを知っているので、下手に継投などさせずに、積極的に攻略してやろうというつもりなのだろう。
だがそうやって早打ちになってくれることは、白富東にとっては幸いである。
ユーキは純粋な体力には優れているのだが、ピッチャーという精神も消耗する役割では、まだまだ集中力の持続性が足りない。
なのでテンポよく投げさせて、体力も精神力も消耗させない。
秋の大会から冬を越えて、一番成長したのはユーキを除けば上山かもしれない。
白富東の正捕手として、主に回す三人のピッチャーを上手くリードする。
文哲には精密に、山村にはご機嫌を損じないように、ユーキにはとにかく投げて来いという姿勢。
それがあるからこそ、どうにか弱くなった投手陣でも、秋も勝ち進めたし、この甲子園でも通用している。
六回を終わって、2-0とスコアは白富東がリードしている。
エラーから進めたバッターをつないだ一点と、スクイズを決めた一点だ。
なかなか綺麗にヒットばかりで一点というのは取れない。
粘り強く点を取ることは、采配の当たりではある。
ユーキの調子も良かったが、球数が増え始めた。
ここで秦野は準備させていた山村を、七回から投入することにする。右の後に左。
よくある継投のパターンではあるが、効果的だからこそ多用されるのだ。
七回の表が終わってその裏、山村はムラっ気もなく、三人をしとめた。
粘り強く投げさせたのが、試合を分けた。
先頭打者としてようやくヒットで出た大石を、宮武は二番に送る。
そしてバッターは三番の悟。
ここで仙台育成は、悟を敬遠した。
確かにもう一点入れば、かなり苦しくなる状況ではあったろう。
しかし宇垣も、伊達に四番に座っているわけではない。
甘く入った高めの球は、スピードだけはあった。
しかし目を慣らしていた宇垣の打球は、センターオーバー。
一気に二人が帰って、これで四点差となる。
これで勝てるか。
一応文哲も準備しているが、山村で最後まで行きたい。
文哲もまた、それほど体力抜群というわけではないのだ。
仙台育成も九回には、山村を捉えた。
しかし一気に四点とはさすがに難しく、一点を取られる間に着実にアウトを重ねていく。
結局は4-1のスコアで、二回戦も突破したのである。
これで次の対戦相手は明倫館。
それに勝てばなんとか、去年と同じベスト4進出は決まる。
もっとも秦野は、ここが一番苦しいのではないかと思っている。
明倫館も強豪と呼ばれて久しく、そろそろ優勝してもおかしくない。
大阪光陰はいなくても、理聖舎はいるのだが、帝都一と同じ反対の山にいる。
それでなくともセンバツでここまで進めば、弱いチームなど残っていない。
ピッチャーと打線を、上手く機能させなければいけない。
秦野と国立の、頭を痛める時間がやってきた。
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